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改識機関 ダルネフ  作者: Z4n
ロンデル
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第5話 降り積もった澱

 アキナとタリマは、建造物や地面で残飯を啄む鳥達の影が不気味に伸びる暗がりの道を歩く。

 帰路に着く道中で度々野太い喧騒や甲高く鈍い金属音が響く。驚いた鳥達が慌てて餌を残し飛び立つ。いかにもゴロツキがのさばるいわくつきの街道にアキナは、緊張感が高まる。


「こ、この街って一応治安維持部隊みたいなのがいるんじゃなかったっけ?」


「はぁ……ここをどこだと思ってやがる。スラムの杜撰な治安管理が当てになるわけないだろ。賄賂や証拠隠滅なんて常套手段だし、警備の巡回班も現行犯で余程の重大事件じゃない限り関与してこない。こんなもの日常茶飯事だぜ」


 呆れたようにアキナに話すその語りぶりには、若干の諦観が含まれているように見える。


「お前も余計なことに首を突っ込むなよ」


「う、うん。分かったよ」


 二人は、それ以降会話が続かないまま家の前まで到着する。


 タリマは、手荒に懐から鍵を取り出すと開錠して中に入る。

 先刻見た通りの殺風景な部屋にアキナは遠慮がちに足を踏み入れる。


「お邪魔しまーす」


 アキナが音を立てないようにそっと扉を閉めると、先に席に座っているタリマに席に着くよう顎で促される。


「座れよ」


 タリマの手には、既に袋はなく既に人目のつかない場所に保管したものと思われる。代わりに右手の人差し指に軟膏を掬っていて、それを膝の傷口に馴染むように塗っている。どうやら創傷に染みるようでタリマは、少しくぐもった声を漏らす。

 遠慮がちに席についたアキナは、傷口に処置を施しているタリマに話しかける。


「外でも思ってたけど、君たちがそこまでして頑張る理由はなんなの?いや……君たちだけではない。スラムの外にいる人たちだってこの街に入ることを夢見て頑張ってるみたいだけど、カルネスト組の庇護下にあることと引き換えに失うものもそこに至るまでの努力も釣り合ってないように思えないんだよね」


「ファノから聞いてねぇのか?」


「うん」


「そんなことも知らず、よくこの街に居座り続けようと思ったな」


 タリマは、そんなことも知らないのか嘲笑を一つ挟むとその理由を語る。


「じゃあ、この街の成り立ちは聞いたか?」


「それは聞いたよ。元々平民が住まう地下街が疫病で貴族達に支援も得られず閉鎖されたって」


「そうだ。別に俺たちは、当事者じゃねぇから言い伝えでしかないが一つ確かなことがある。それは貴族達からの冷遇だ」


 タリマは、話しながら傷口に軟膏を塗り終えると器用に包帯を巻いていく。


「俺たちが住むこのスラムの向こうには、悠々自適と惰眠を貪る貴族どもが巣食ってやがる。当然貧民街からの立ち入りも許されず、向こうでの政策や法律もこっちでは適応外だ。そんな無法地帯に貴族や商人が立ち寄るわけもなく、スラムの経済は圧迫され皆が困窮に陥っている」


 タリマの話はこのスラムの様子を見れば一目瞭然だった。一般的な社会の様子とはかけ離れた世界。本来の街に訪れたことのあるアキナは殊更にそれを実感していた。


「そんな状況で俺たちの拠り所は、今やカルネスト組だけだ。あくまでマフィアだが最低限の治安維持、衛生管理、経済活動と商売の補助やこの街限定での条例も施行してくれる」


「まるで為政者のようなことをするね」


「手段は悪辣極まりねぇがな。麻薬の密売、裏稼業への斡旋、賭博営業にそれに従属した高利貸し、誘拐に果ては殺人まで噂されてる。まぁ、組織の資金繰りが真っ当な仕事だけで成り立つとは到底思えないしな。裏社会らしく非合法とされるものにも平気で手を出す連中だ」


「ここまでの話だと、やっぱりこの街に住むメリットとデメリットが釣り合ってない気がするね」


「順序よく説明してやってんだろ?早とちりすんな。話は最後まで聞きやがれ」


 タリマに毒づかれファノは、口を固く閉じる。水を刺されて自分のペースを崩されることが余程嫌いな性格らしいとアキナは脳内にインプットする。


「組織がここまで居住者に支援する目的はなんだと思う?」


 唐突に振られた質問にアキナは視線を上にずらして思案する。


 この街の有り様から決して慈善で組織を運営しているとは考えられない。かと言ってあの口ぶりからして、この街の頂点に立って牛耳るなんてことそのものが、目的ではないだろうし……


 そこでアキナは、この街のシステムについて思い返す。


 ファノの話では、この街は弱肉強食。組織の中心ほどその権力は絶大で外にいる人達はなんの力も持たない浮浪人。まるで弱者を篩いにかけて見込みのある強者にだけ恩恵を施すような街の仕組み……ということは勢力の拡大……?


 アキナは考えたことを端的にまとめてタリマに語る。


「この街を貴族街の勢力に匹敵するまで成長させることとか?そうすれば貴族もスラムのことを無視できなくなるし、組織の有用性を示せば上手く援助を取り付けられるかも?」


 自信がなく、疑問形の答え方になってしまったがタリマはフンと鼻を鳴らし思いの外驚いた様子を見せていた。


「バカな奴だと思っていたが、頭は回るみたいだな。だがその回答では半分正解半分は不正解だぜ」


「じゃあ答えは?」


「有用性に孕まれる危険性もまた貴族達にとって厄介な存在になるだろ。特に自分たちだけで築いた安寧な生活を、自分たちが迫害し続けてきた薄汚い貧民街の住人で構成されたマフィアの手に染まるのを嫌うだろうさ。だから貴族達と図るのは調和ではなく、徹底した主従関係だ」


 タリマは、患部に包帯を巻き終えると余った包帯を机の上に置く。そしてアキナの目を正面から真っ直ぐ見据えた。


「つまり下剋上」


 アキナはあまりの衝撃に目を見開く。だが、マフィアのやり口だ。一応の納得はできた。同時に現実的な視点から本当にそんなことが可能なのかと疑問が浮かぶ。


「カルネスト組は、こんな面倒な独自の階級制度を導入して何がしたいか。何故長年人材発掘に力を注いできたか。何故勢力の増強を企ててるのか。答えは簡単だ。テロだよ。貴族街に反旗を翻す気でいるんだ」


「本当にそんなことができるっていうの?」


「野蛮なアイツらが成功率なんて勘定に入れるわけがないだろうが。貴族から見捨てられてから現在に至るまで澱のように沈殿し続けた憎悪を晴らしたいだろうさ。つっても、お前にゃその辺のことは分からんか」


 タリマは呆れ混じりに気怠そうに頬杖をつく。


「とは言え、客観的に考えればどうなんだろうな。組織の実態は知れないし、貴族どもの戦力も侮ることはできない」


「そんなあやふやな……」


「みんなプロパガンダにハマっちまったんだよ。下剋上が成功すれば、どん底の身分から一転貴族に成り上がれるってな。地位も名誉も金も娯楽も今までなかったものが一気に手に入る。これが5日前に出版されたものだ」


 そう言ってタリマは棚から新聞紙をアキナに投げ渡す。

 アキナはそれを片手で受け止め新聞紙を開くと、最初に目に飛び込んだのはデカデカと書かれた『会議にて新制度導入か!?我々の命運は如何に』という見出しであった。内容を事細かに読み込むとどうやら政府が奴隷制度の改変についての法律に関する会議を行うらしい。


「この奴隷制度が可決されたら真っ先に貧民街の住人を狙うはずだ。こんな事態カルネスト組が黙っていられるわけがない。スラムだけでなく外にまで噂を広がってる。だから最近みんな出世に躍起になってるのさ」


 カルネスト組という組織の求心力。それは、スラムに齎した数々の実績だけでなく、自分たちの地位がひっくり返るなんていう天変地異じみた欲望が渦を巻き皆が吸い寄せられているからであった。


 でも会議の日程は今月って全然時間ないじゃん。仮にカルネスト組に入ったって間に合うの?クーデターの方針や編成も既に決まってそうだけど……


「動きが速いってか?組織が肥大化すればするほど貴族どもは目の上のたんこぶを切除しにかかるだろ?だから貴族の耳に入る前に迅速に作戦を実行する必要がある」


「でも新聞なんて発行して……貴族街からのスパイとか監察とかいるかもしれないのに」


「情報の統制に自信があることの表れなのか……それよりスラムのみんなの士気を高めることを優先したのかもな」


 さて、とタリマは話に一区切りつけて指を組み掌を胸部から外側に向けてノビをする。


「ここまで聞いてどうだ?この街の実態が何たるか理解できたか?」


「うん。態々ありがとね」


 まさかタリマがここまで懇切丁寧に説明してくれるとは思わなかったアキナは、少し裏があるのではと勘繰ってしまう。


「ハッキリ言うがお前とあのもう一人の奴……名前も聞いちゃねぇが全くもって信用ならん」


 それは向こうが隠す気もなかったから気づいていたが、ここまで堂々と言われると少し面食らってしまう。


「ならどうして?」


「ファノ……俺たちのリーダーがそう決めたからだ。だが、俺は認めちゃいねぇ。お前がこの話を聞き、怖気づいて逃げるなら止めはしない。ファノには、自主的に手を引いたと上手く伝えるつもりだ」


 それだと困るんだ。なんとか足掛かりを見つけて情報を集めないといけない。たとえこんな場所であっても。


「悪いけど、私には私の目的がある。信じてはもらえないだろうけど、君たちを害することはないから協力させてほしいんだ」


「俺たちは4人チームだ。人手不足に悩まされ、かと言って周りに信用できる者もいない。ファノは、敢えてこのスラムとは無縁の第三者であるお前達を仲間に引き込んだ。俺にとっては随分な賭けだがアイツは勘がいいからな……」


 タリマは、ファノの決断を信頼している。だから間接的ではあるが、アキナのことも邪険に扱うつもりはないようだ。


「協力するってんなら好きにすればいいが、絶対に俺たちを失望させるなよ」


「勿論。元々そういう話だったからね」


 ファノが屈託のない笑みで応じると、タリマは話は終わりだと言わんばかりに席を立つ。


 ───このスラム。思ったより複雑な歴史のを背負っている。貴族とカルネスト組の対立。スラムだけでなく街全体の階層構造に根差した怨恨。彼らの過酷な境遇を考えれば奴隷だった私たちと似たようなところを感じる。


 アキナは新聞記事に視線を落とす。


 奴隷制度の改変……具体的には、この領地の経済の根幹を支える新たな息吹となる新事業に着手すべく人的資源の取り扱いについて見直しを行うとあるけど、これが奴隷制度の改正に繋がるのか……ん?新事業に奴隷制度……?


「え……いや、そんな……まさか……!」


 アキナは血眼になって新聞記事を読み込む。ほぼ確信に近い感覚。目を通すにつれ今まで疑問に思っていたこと全てが噛み合っていく。

 そして、最後に新聞の端に記されたある文字を見たアキナは、あまりの驚きに口の端を震わせる。


「タリマ……これが出版されたのは本当に5日前なんだよね?」


 机の向こうで軽食用のパンを取り出しているタリマに話しかける。


「ああ」


 何かおかしなものでも見ているかのようなアキナの様子に、訝しむタリマ。そんなことはつゆも気にせずアキナは、戸惑いと困惑を隠さずにいた。


 じゃ、じゃあ私……私たちがいるここって───



 少年とファノは、スラムの外れまでやってきていた。ここまでの道中で二組のファノに恨みを持った大人に遭遇した。最初の時と同じ手順で仲間を一人だけ残した後、仲間の居場所を聞き出しているが……進捗はまずまずであった。


「私の仲間を見てない?」


「知らねぇな。俺たちも今まさに探してんだからな」


「本当に?」


「ああ。もしかしたら他の恨みを持った奴に先を越されちまったか。今頃袋叩きにあってるかもな!」


 これで三組目の尋問になるが二組目の大人の回答と同様に、知らないの一点張りであった。

 今回も成果が得られないと分かったファノは、鼻息を一つついて落胆する。


「じゃあもういいよ」

 

「ぐぇ……」


 ファノの手によってカエルも潰したような声をあげて男は事切れた。


「今回もダメか」


「でも面識のある大人との遭遇率も上がってるし、アンタの仲間を探してる大人達の証言も鑑みればこの辺で目標を見失った可能性は高そうだね」


「そうだね……うまいこと隠れてくれてたらいいんだけど」


 その願いを胸に仲間の捜索を続けること十分余り。ファノは、複数の足跡を発見する。ぬかるんだ地面の足跡の輪郭が隆起していおかげで発見は容易であった。


「この踏み荒らされた足跡……よく見ると大人達の足跡に混ざって小さなものがある」


 そう言ってファノは地面にしゃがみ、足跡をより目を凝らして観察する。


「それも多分二人一緒にいたんだ」


 二人がその足跡を道標に辿っていくと、足跡は草むらの向こうへと消えていってしまった。足跡が雑草に隠れてしまい追跡が困難になってしまうと思った矢先、草原の向こうで人の影が見えた。


 二人が、しゃがんで草むらに隠れながらその人影に近づくと5人程の大人が何かと対峙するように立っているのが視認できた。そしてその人影の向こうに見える人物は、二人の子供。

 少年は、十中八九当たってるだろうと予想しながらもファノに聞く。


「あれがアンタの仲間?」


「うん。間違いない」

 

 二人の子供は、一人は気弱そうな少年。そしてもう一人は凛々しい顔つきの少女というペアであった。その様子を見ると二人とも息も絶え絶えで、立っていられるのがやっとといった消耗状態に見える。外見に目立った外傷はないことから長時間疾走したことによる酸欠が原因だろうかと少年は推測した。


「ハァハァ……しつこいよ。アンタ達」


「ふざけるな!俺たちに窃盗を仕掛けて無事に逃げ切れると思うなよ!」


 その怒りの猛々しさは、まさに怒髪天をつくというように燃え上がる炎が幻視されてしまうほどの迫力であった。実際、ファノ達がやってきたことを考えれば大人側は被害者として、正常な反応をしている。激昂した大人達に気圧された気弱な少年は、足を小刻みに震わせながら少女の背中の後ろに隠れる。


「リーノ……僕たちの体力限界だし、これやばいよ……ピンチだよ……!」


 リーノと呼ばれた少女は、追い詰められてパニックになった少年のやつれた声を聞いて呼吸を整えるように深呼吸し、半歩足を肩幅に引いて勇敢にも木の棒を片手に構えを取る。


「私がいるから大丈夫。アトルは下がってて!」


「な、なんだ……!やろうってんのか!?」


 先ほどの威勢に反して明らかに狼狽する大人。その様子に少年が不思議がっていると一人の大人がリーノに向かって飛び出した。

 

「この畜生が!」


 その声には、怒りが含まれているのは明らかだがその裏腹にその叫びには何処か悲痛さが混じっているようだった。


「ハァ!」


 リーノは、躱すつもりもなく真っ向から迎え撃つ。拳と気の棒が一才の加減なくぶつかり合う。当然痛みに悶えるのは生身の大人の方だった。反作用で折れた木の枝が拳に与えられた衝撃の甚大さを物語っている。

 リーノは、その折れた木の枝を大人の顔面に投げつけると怯んだ大人の腹部に向かって突進をした。額から血を流しながら大人は敢えなく吹っ飛ばされ仰向けになって倒れる。

 戦略も技術もかなぐり捨てた野蛮な戦い方は、獣を想起させ見るものを本能的に恐怖させる。その証左に大人達は、リーノに睨みつけられただけで腰が引けてしまっている。


「今の私が疲れてると踏んだのか知らないけど、ひ弱なアンタらじゃ、相手にもならないよ」


「な、何を言う!」


 まだ反抗する気があるのかと、面倒くさがったリーノは先程のした大人の腹部を踏みつける。


「実力差が分からないか?アンタ達の相手をしてる暇はないんだよ。こうなりたくなければさっさと失せろ!」


「こ、この……!覚えてろ!」


 リーノの圧力に負けた大人達は、逃げ腰のまま後ろに一歩下がると、捨て台詞を吐き捨てストッパーが決壊したように一気に走り去っていった。


「ハァハァ……」


 大人達が見えなくなったのを見届けたリーノは、膝から崩れ落ちるように地面に両手をつく。体力の限界を悟られないように騙し騙し無理して強気の姿勢を見せていたが、大人達がいなくなった瞬間遂に耐えられなくなってしまったようだ。


「リーノ!」


 リーノの体調を心配してアトルが肩を持つように駆けつける。


「私のことはいい……アトル」


 勝負はリーノの勝利という形で決したと言うのに、リーノの表情には余裕はなかった。いや、先ほどより焦燥が溢れ出している。


「これを持って逃げろ。アイツが……来る前に!」


 アイツとは何者なのか。その答えを示すように大柄な影が、陽を遮りリーノの頭上に覆い被さった。

 

 

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