第12話 任務
「動きが鈍いぞ!やり直し!」
工作部隊としての一貫でアルハ達は、遮蔽物から迅速に移動を行う隠密行動や素早く目標人物を包囲するための連携などのシミュレーションを行わされていた。
自分たちと一時的に組むことになった精鋭部隊が模擬訓練用の木製の大盾を構えて先行して突撃する。そこから扇状に遊撃部隊も四方八方に展開して隙を伺うように待機する。
ファノが精鋭部隊の隊員から背中越しにGOのハンドサインを貰うと、巻藁の背後に機敏に回り込み人間の首にあたる部分を腕で締め上げる。
ミシミシと巻藁が軋みを上げる。やがて10秒程で『やめ!』と合図が入るとファノは、締め上げた腕の力をゆっくり抜き、遮蔽物に待機している者も皆緊張を解く。
「今のはいい動きだ。どれだけ虚をつき、スムーズに展開ができるかが制圧の肝だ」
自分たちと行動をともにしている第二精鋭部隊のリーダーが満足げに頷く。
「今の動きを忘れるな。一旦休憩にする。次は対人戦だ」
「はい!」
集団行動による演習を終えた彼らは、再度休憩時間に入る。
「フゥ。疲れた」
「お疲れさん。後どんだけ続くのかね。早いとこ帰りてェな」
「タリマはなんか余裕ありそうに見えるけど?」
両手と臀部を地面について足を伸ばし天を仰ぐファノをタリマが腰を曲げて覗き込む。彼の表情は健やかで汗も流していない。あるいは自分と比較して相対的にそう見えてしまうだけなのか。
「そんなことねぇよ。さっきの基礎トレーニングが地獄だった分、今回は静止してる場面も多かったし楽に感じただけだ」
ファノがふと横目に合同訓練への参加に、選抜されなかった新米達を見る。
主体性に任せるや帰ってもらって構わないとまで言い渡された彼らだが、悔しさや矜持、集団意識からか誰1人帰宅することなくめげずにトレーニングを続けている。鉄棒で懸垂してたり木刀で素振りしてたり独自に鍛えている者もいる。
「彼らも頑張ってるね。僕たちもすぐ追い越されちゃうかも」
「バカ言うなよ。あんな過度にトレーニングしたって体壊すだけだ。短期間でも自分を追い込み続けたら強くなれるなんて思い上がりもいいところだぜ」
タリマが小馬鹿にするように鼻で笑った。そこにファノが擁護するわけではないが、彼女なりの推論を述べる。
「彼らもわかってるはず。今日という日を教訓にしたくて無理やりにでも精神に刻み込もうとしてるんじゃない?鍛錬というより修行に近しい意味で」
「俺は継続に勝るものはないと思うがね。まぁ、あの大人達のことなんて知ったことじゃねぇか」
タリマは、そう言えばと話題を転換する。
「リーノ達は、どこいったんだ?」
「あそこでアルハやアキナと訓練用の武器を鑑賞してるよ」
アトルが指を指す先には、剣や弓矢、槍、斧など豊富な武器が樽の中に収容された場所がある。確かにアルハ達はそこで多種多様な武器を取っ替え引っ替えしながら握り心地や重心などを実際に触って体感しているのが見える。
「今は火器の時代だろ?あんな原始的な武器が何の役に立つっていうんだ?」
「この組に拳銃の類がどれほどあるかは知らないけど、雑兵や最前線に立つ人達全員にまで行き渡るほど充実はしてないはずだから。得物の心得があるだけ損はしないよ」
「にしたって見てるだけじゃねぇか……思えば、このスラムで生きてて組の連中以外で拳銃なんて持ってる奴目にしたことないな。物騒な代物が一般市場で流通してるとも思えねぇし、表沙汰に出ないように水面下で取引でもしてるのか……?」
タリマが詮索してるところに休憩の終了の合図が入る。
「休憩終わり!それぞれのグループでペアを作って組み手しろ。新参者共は見学だ。まずは見て動きを学べ」
「はい!」
休憩から急いで戻った精鋭部隊の組員達が早速立ち合いを始める。
相手を一方的に殴る蹴るなど嬲るような野蛮な喧嘩ではなく、間合いをしっかり管理して相手の打つ手を先読みする精巧な技術の結晶とも見てとれた。
「カルネスト組独自の技術なのか?それともどっかの流派の教えを輸入したのか?」
「さぁな?でも、そんなことより俺たちも教えてもらえたりするのかな?」
興味深そうに立ち合いを眺める新米達。口々に感想を言い合う彼らはどこか興奮気味でもあった。
投げ技、締め技、関節技と言った相手を拘束したり無力化したりする技術や、それを受け流したり受け身を取ったりする側の技術も惚れ惚れするような熟練度であった。
体術もさることながら長時間模擬訓練を続ける体力や、数えきれない研鑽を積んできたのであろう鋭くも目で追えぬほどの速さの殴打や蹴り技も目を見張るものがあった。
こうして休止を挟みながら小一時間ほどで訓練は終了した。解散を告げられ各自休息を取るようにと皆が立ち去っていく。
見学を終えた者は、冷めやらぬ熱を胸に自分が精鋭部隊の組員のような達人級の手捌きを習得する未来を夢想するのであった。
こうして午前は訓練。午後は休憩がてら暇を潰すこと3日が過ぎる。時は白雲の霞む朝。訓練の集合前の準備時間だ。
「憂鬱だ……」
武闘派の多い仲間達の中で体を動かすことを不得手としているタリマが嘆くように呟く。
「何だい?もしかして上官が怖くてビビってるのかな?」
机の向こうでアルハとアキナ、物静かな女を挟んでポーカーに興じている青年の煽りにタリマは、瞼をピクッと痙攣させる。しかし決してそれをおくびにもださず、ここで怒ってしまってはアイツの思う壺だと努めて冷静に振る舞う。
「今までお前が俺の何を見てきたか知らねぇが、節穴の目の持ち主は能の足りなさを稚拙な想像で補ってるみたいだな」
「小難しい言葉を並べ立てて誤魔化してるつもりかよ」
「おいおい、子供でも分かるちんけな論法だぜ。図星を突かれたら言い返せず、逃げ出すことしかできないバカなお前でも分かりやすく言ってやる。俺よりよっぽどガキっぽいっつってんだよ。お間抜けさん」
「おやおや、説明ご苦労。分かりやすかったよ。賢さアピールに余念がないな」
白熱する2人の言い争い。互いの譲れぬプライドに賭けて、言い負けるわけにはいかないという謎のオーラが幻視されてしまうほどだ。
「不毛」
隊服に着替えたファノが2人の喧嘩を傍目に見ながら一言で切り捨てる。他の者の目から見てもやはり幼稚な言い争いに聞こえていることは間違いない。
ディーラーである物静かな女がコミュニティカードを一枚オープンする。
青年は、喧嘩をしながらも自分の手札と共通手札を見てニヤッと薄笑いを浮かべる。
自信満々にチップを摘み自身の前に出そうとしたその時だった。
「失礼する」
扉がガチャっと開かれ今まで見たことのない人物が現れた。皆が動きを止め一斉に現れた男の方を見る。
「ブロッサム隊長の補佐官を務めるヴァリナーゼと言う者だ」
縁の丸い眼鏡をかけてどことなく知的なイメージが印象的な男だ。落ち着いた所作で部屋に入ると扉を閉める。
「念のため確認するがここが第二独立遊撃部隊で間違いないな?」
「そうっす」
青年が代表して答えるとヴァリナーゼは、ゆっくりと頷く。
「司令部がお前達に任務を命じられた」
その言葉に皆が固唾を飲むと同時に、入団からこんなにも早く任務が下るとは思ってもおらず困惑する。それにタイミングも突然さもあまりに不可解であった。
「内容は卸売業者の護衛だ。商業地域の物流センターの支店である11番倉庫まで向かい、そこからスラムまでの運送を無事に遂行すること。護衛の手段は問わないが、機密性の高い積荷が積載されている。盗賊や敵対組織に情報が知れ渡らぬよう細心の注意を払え。積荷が奪われるなど以ての外だ」
重大かつ失敗すれば取り返しのつかないような任務。青年はなぜそのような重要度の高い仕事を、自分たちが担うことになったのか疑問に思う。
「任務の請け合いに異存はないっすけど、そんな重大な仕事をどうして自分らが?」
「……もっともな疑問だな。答えない理由もないか」
ほんの少し説明をためらう様子を見せたが、包み隠さず話すことにしたようだ。皆がその言葉に傾聴する。
「搬送ルートを予測させない為、ルートの分岐や11番倉庫以外にも足掛かりを増やしブラフを張るなど複雑化している。当然ブラフだと気付かされない為に多くの部隊から護衛を組み込まなくてはならない。そこで白羽の矢が立ち今回の任務に抜擢されたのが遊撃部隊の隊員達だ。公平を期すため、他の遊撃部隊にも同様の伝達をし、どの部隊が本命であるかも不透明にする。自分たちの担当が本命かブラフかに関わらず決して手は抜かず任務に当たることだ」
筋は通っているが、どこかきな臭さを嗅ぎ分け皆が半信半疑の表情を浮かべている。
それを見たヴァリナーゼは、接待をするほどでもないが期待に満ちた声色で皆を激励する。
「特にこの第二部隊は、全員が精鋭部隊の訓練についていけるほどの有望株だと皆が口を揃えて太鼓判を押していた。まさかそこらの有象無象に重要な任務を嘱託するわけにもいくまい。この作戦行動には諸君らの力が必要不可欠と判断してのもの。組織の一員として頼まれてくれるな?」
その煽てつつも自分達が真っ当に組織の一員として評価されており、切に期待を込められた言葉に青年の使命感は強まっていく。
「任せてください!そこまで待望されているのに断ってしまったら、遊撃部隊の名折れっすからね。やってみせますよ」
青年の独断での返事となってしまったが、誰も異論は挟まない。なにか裏があると感じながら理由もなく断る選択はないと考えていた。
「結構結構……殊勝なことだ。では、直ぐに準備に取り掛かってくれ。使いの者が事務所の門の前にいるから出立は早めにしてくれ。僕は、他の有力班に説明しにいく必要があるのでな。では、健闘を祈るぞ」
ヴァリナーゼは、こちらを一瞥した後退出した。
「早くも仕事が回ってきたな。それだけ私達が信頼されてるってことだと思っていいのか?」
ファノは、腕を組み釈然としない様子でいる。しかしこの先の任務に向けて皆に余計な心配事を背負わせたくないとリーノの言葉に頷いた。
「うん。早くも功績を上げるチャンスがきた。頑張ろう」
アルハ達一行は、早足にスラムの門へと赴く。そこには、白い布を被せた荷台を詰んだ馬車とその側に控える御者の姿があった。
御者がこちらの姿に気づくと、柔和な笑みと仕草で声をかけてきた。
「護衛の任を預かった方々ですね。皆さんお揃いのようで。本日はよろしくお願いします」
御者は腹に手を当てて軽く一礼をすると、一歩退いて荷台の方に手を差し向ける。
「行きの護衛は不要ですので、こちらの荷台にどうぞ。目的地に着くまでどうぞ寛いでください。と言っても狭苦しくて息が詰まるかもしれませんが、そこはご了承願います」
御者が馬車の後方から荷台の布を手の甲で払い押し留めてくれているので、皆遠慮なく荷台に入っていく。
木材で構築された荷台の中身は、何一つ物が置かれていない殺風景で足を踏み入れると床の板が頼りなく軋む音が鳴る。
荷台の向こうから御者台に跨ったであろう御者から声が聞こえる。
「何か御用入りの際は、声をおかけください。目的地まで最短で向かいますので、荷台が多少揺れることがあるかと思います。腰を痛めないようにご注意ください。では、出発します」
鞭が馬の躯体を叩きつける乾いた音と、それに続く馬の嘶きが出発を知らせる。
微量の加速による慣性により、体がのけ反ることで皆スラムの門を抜けたことを実感する。
「ふわぁ……こっから暇だな……」
リーノが胡座をかいて心底退屈そうに欠伸をする。
「初の任務だし、僕は緊張でそれどころじゃないかな」
「フッフフ」
一定の周期で訪れる振動に身を任せ、馬車に揺られる中青年が待ってましたと言わんばかりに不敵に笑い始める。
「皆がそう言うと思って持ってきてあげたのだよ。このトランプを」
青年は懐からトランプを見せつけるように取り出す。
「暇つぶしにもなるし緊張も和らぐ。ちょうどいいだろ?」
「わざわざ持ってきたのかよ?どうせお前がやりたいだけだろうが」
「確かにそれもある。でもあってよかっただろ?隊員の面倒を見れる俺って素敵」
ほら、やるぞと返事も了承も待たず皆の前に時計回りにカードを配っていく。皆は無理やり参加させられたことに難色を示すことなくカードを受け取り手札を見る。
「この人数だしババ抜きでいいな?」
「参加するとは言ってねぇのに。まぁ、いいぜ。どうせなら勝ち抜けで最後まで残ったやつが罰ゲームにした方が面白そうだ」
「おお、いいとも。タリマくんも偶にはいいこと言うね。こう言うのには緊迫感がある方が盛り上がるからな」
一行のババをなすり付け合う暇つぶしは、存外にも白熱し目的地の倉庫に到着するまで時間を忘れるほど没頭することになる。
「皆さん。水を差すようで悪いですけどもう間も無くで着きますよ」
リーノとアトルの一騎打ち。最後のクイーンが誰に残るのか緊張が走る中御者から声がかかる。あまりの皆の気迫に騎乗している御者にもその熱気が伝わっていたらしい。
「ほら!リーノ、時間ないよ」
「ムム……」
2人合わせて手札のカードは3枚。互いにクイーンを押し付け合い先にペアを揃えた方が敗北を回避できる最終局面。当事者である2人が固唾を飲み慎重に相手の反応を伺う。及び腰で様子見ばかりしているリーノにアトルが急かした。
「ええい!ままだ」
時間に迫られたリーノは、手札のどちらかに指をかけてもアトルはポーカーフェイスを貫くので半ば自棄にカードを引き抜く。
「ダメかぁ……」
リーノの引いたカードは、クイーン。あれだけの長考の末二分の一を外すものだから一同は揃って項垂れる。
「何回目のやりとりだよ。全然終わらないぞ」
青年が呆れたように野次を飛ばす。
青年のいう通り2人の駆け引きだけで、実に試合時間の大半を要しておりこの一進一退の攻防も皆、最早見飽きていた。
「もう着くから、試合は一旦中断にして切り替えよう」
ファノが提案したところで馬車がゆっくり減速して停車する。
リーノとアトルも決着を先延ばしになったことに安堵してトランプを片付ける。
青年が一足先に荷台から出る。天井が低く立ち上がることのできない肩身の狭い空間から解放された青年は、息を漏らしながら両手を天に向け姿勢を仰け反らす。
「くぁ〜。やっと着いたか。後は、例のブツを受け取って護送するだけだな」
「皆さん。お疲れ様です。受領には少々時間がかかると思うので手を貸してくださると助かります」
アルハ達の目の前には、壁面や天井に波打つような凹凸のある鉄板を貼り付けた倉庫がある。延床面積1000坪ない程度の一般的にはやや狭い敷地である。
しかし倉庫の外見よりも皆の視線は、夥しい程の血の海とその中心に横たわり佇む作業員達の姿に釘付けになっていた。
「な!一体何が!?」
あまりに予想外で突拍子のない展開に御者が思わず震えた声で叫びを上げる。
青年がそのもの言わぬ作業員に近づいてその手首に触れる。一縷の希望もない念のための確認。腹部を切り裂かれた穿通性のある刺傷からの大量出血。見ての通りの結果であった。さしもの飄々とした青年も神妙な顔つきである。
「脈なしだ。間違いなく死んでる。この様子だと他の業務員も同じだな」
青空を彷彿とさせる水色の作業着を自身の血液で紅に染め上げている。特に患部は、ドス黒く浸透して抉れた臓器が見え隠れしている。殺傷沙汰を遥かに超越した事件を前に御者は、その非情さと恐怖に震え上がる。
「な、なぜこんな……賊に襲われたのでしょうか?」
突き刺し、切り裂き、叩き割り。美意識も計画性も感じられない只々残虐で乱雑な殺害方法。その殺傷の手口からも粗野な人物であることが裏付けられているようだ。
「賊だとしたら狙いは倉庫内の保管品か」
タリマの推測にリーノが反応する。
「待ってくれよ。じゃあ、目当ての物も盗られてしまっているかも知れないじゃないか。そしたら私らの任務は失敗ってことになるのか?」
「その場合今到着したばかりの俺たちに落ち度はない。多少の有情はあると思うが……」
倉庫の内部が気に掛かり、入り口に目を向けたアキナがその側に向かう。
確かに強固な鉄製の門扉に幾重にも斬撃が刻まれ無理やりこじ開けられた痕跡がある。閂の錠前が強引に真っ二つにされ虚しく地面に転がっている。
「かなり凶暴な相手みたい」
嵐が吹き抜けた後の惨状のように門扉に佇む傷跡は、相手の凶器の鋭利さと頑丈さを物語っている。
その時倉庫内から物音が聞こえた。防音性が高いのかここまで近づかなければ聞こえなかった程の連続した不規則な金属音。中に生存者がいて今尚交戦している可能性があると考える。
「この音は……中の生存してる作業員達が抵抗してる?」
アキナに近寄ってきた仲間達にも同様に甲高い音が耳に入っている。
「と言うことは、まだ中の荷物は奪われてないかもしれない……」
つまり任務遂行のため死地に自ら飛び込む必要性が浮上してしまったということ。初任務でいきなり修羅場を潜らないといけないのかとアトルは震えを誤魔化すために苦笑いを浮かべる。
「報告に戻った方が良いのでしょうか?相手は凶器を携えているようですし、この場に立ち尽くして気づかれては我々も一網打尽にされてしまいます」
「撤収するにも状況整理をしないと報告のしようがねぇ。もう少し現場を探ってみないと」
今にも立ち去りたがる怯えた御者にタリマが論理的に諭す。
アキナが両開きの扉の片方を音を立てないようにゆっくりそしてほんの少しだけ開き、隙間から中の様子を覗く。
入り口の扉は二段構えになっているようで、今覗いている一枚目と違い二枚目の扉は奥に押すと開く開き戸である。また二枚目の扉までの通路は狭く距離は短い。一種の防犯対策が垣間見えるが賊の猛攻により二枚目の扉も破られたみたいだ。二枚目の扉も同様に鍵が破壊され半開きの状態にある。
倉庫内では作業員達が入り口付近に机や椅子、陳列棚を入り口の扉を囲うように端点を壁面と接するように半円状に固めて即席のバリケードを作っている。
忙しなく動き回る作業員が応戦している相手は、丈夫そうな平織の綿布の服を着こなし両肩から前後のズボンの口へと吊り下げたサスペンダーを身につけた賊である。武器として手斧を使用しており、簡易のバリケードに向けて一心不乱に振り回している。
一撃で致命傷を与える手段を持つを賊は果敢に攻め込みまた、作業員達は恐れ慄きながらも侵入を許し商品を略奪されまいと勇気を振り絞って対抗している。しかし突破されるのは、時間の問題だろう。明らかに防衛側の持てる抵抗手段が乏しく、貧相である。
「あの出立ちは……バム団ですか」
姿勢を低くして覗くアキナの上から同じく中の様子を覗いた御者が賊についての心当たりを示す反応をする。
「バム団って?」
アキナの問いに御者が深刻な雰囲気を醸しながら答える。
「スラムの入場資格を持たないまたは、剥奪された浮浪者達が結成したならず者のための集団です。追い剥ぎや脅迫、窃盗などを繰り返し生計を立てている彼らですが……まさかこの倉庫を標的にするとは」
「そのバム団はカルネスト組の敵対勢力であるってこと?」
「そうですね。彼らの境遇からしても組に恨みを抱いている者も多い。実際スラムから離れた場所で組織に関係のある者に被害も出ています。ですがこの倉庫は表向きは都市部の大手商業組合の管轄です。カルネスト組との関わりは精々スパイを数人派遣した程度。そして私も公的な立場では都市部とのパイプを持つ一商人にすぎない。カルネスト組との関連が勘付かれる要素は少ないはずなんです」
「だったら偶然賊がここを襲ったとか……いや、この時期にピンポイントでこの倉庫を標的にしたのはデキすぎかな?」
アトルの考えに答えを見出せないまま数秒の沈黙が続く。
「よし。決めた」
その静寂を破り青年が決意を込めた声を上げる。
「倉庫内の業務員の援護をするぞ」
「な!?」
御者が声を顰めながら反発を帯びた反応をする。
「何を驚くのさ。悩んでいたって答えは見つからない。だったら賊に直接尋問するしかないだろ?」
「き、危険です。私は身の危険を晒してまでそこまでする必要はないと思います。必要な情報だけ報告すればカルネスト組が対処してくれるでしょう。組織も前途有望なあなた方を無くすのは惜しいと考えるはずです。早まることはありませんよ」
「事態は刻一刻を争うんだろ?スラムに戻ってる間にここが壊滅して果たせたはずの任務をこなせなかったらそれこそ目も当てられない。ここは早急に手を打つべきだ。それに初任務で賊からの倉庫の防衛なんて手柄を挙げたら俺たちの評価も鰻登りだ」
「ですが……!」
「それに勘違いしてもらっちゃ困るな。決して無謀ではない。俺たちならな」
自信と確信に満ちた大胆不敵な発言。青年の意思は賊達を前にしても揺るがなかった。そしてその発言は、傲慢でも過剰な自意識でもなく、今までの訓練から見出せた歴とした実力に基づく判断だった。
「俺たちって言うのは……?」
「また勝手に決めたことを怒ってるのか?タリマ。言っておくが……」
タリマは青年の話を遮るように首を横に振る。
「そうじゃない。勝機のある戦いから、逃げ出す事ほど愚かな事はないって言うのはお前と同じ意見だ。武装集団に対しての不利は、俺たちが奴らの意識の外にいると言う事の有利で覆る。目の前のバリアを突破する事に集中している奴らに奇襲を仕掛けて早期に片をつける。そう言う腹づもりなんだろ?」
「物分かりがいいじゃあないか。なら何が不満なんだい?」
「不満ってわけじゃねえが、会って間もない頃は俺たちのことをガキ扱いしてたのに、この短い期間で戦力の頭数としてカウントしてくれるとはって……様変わりしたものだと思っただけだ」
「伊達に賭け事をやってきたわけじゃない。表情の動きや心情の微細な変化まで観察眼はそこそこあると自負している。君達の人となりは十分把握しているのさ。例えば君は自信家で激情型な反面常に冷静で周りを良く見ているとかね。あの地獄の訓練も共に乗り越えてきたんだ。実力は言わずもがなだろ?」
「……」
予想外にまともな返答で質問をしたタリマは少し意外に思う。普段飄々として相手を揶揄う癖のある奴だと思っていたが、今思えばそれも相手の反応を伺い性格を知るための戦略だったのかもしれないと、不本意ながら一本取られた気持ちになってしまう。
「そう言うことだ。御者さん」
「……そこまで言うなら私からの苦言も烏滸がましいですかね。勝算はあるんですか?」
御者が当人の考えを尊重し自分が折れるも、やはり不安や緊張感からこのことを聞かずには居られなかった。しかし避難めいた反応はなりを顰めている。元々見くびっていたつもりはないが、青年の自信にただの向こう見ずではないという安心感を覚えつつも、もう一押し確証づける言葉を本人から聞きたいらしい。
それに気づいた青年が論理立てた戦略を冷静に共有する。
「正面と左右の制圧、そして外での待機要員をそれぞれ四組に振り分けよう。扉が邪魔でこの視野角では、左右の敵の位置が把握できないが居なかったら正面突破を狙う賊をバリケードも駆使して包囲し、逃げ場を無くして捕える」
「手ぶらだと分が悪そうだね。せめて相手の攻撃を受け止め切れるくらいの得物が欲しいんだけど……」
「そこは現地調達でなんとかするしかない。任せな。一番槍は俺が担う」
「……じゃあ任せる」
目立ちたがりで自身の手柄に貪欲だなとファノは、内心で呟く。しかし折角丁度良いところに危険な役目を自ら申し出たのだから、青年に特攻役を託す。
「相手は賊とは言え生活の困窮した一般人だ。武器を手に増長しているところ、武器を差し押さえ身柄を拘束することで鼻っ柱を折ってやればすぐに戦意を喪失するはずだ。タリマも言っていたがこれは短期決戦。最初の出だしが最重要になる。連携や制圧の流れは訓練通り……いいな?」
皆が引き締まった顔で頷く。
「では……いくぞ!ディアス隊!」
「!?いつの間にそんな部隊名が?」
そんな場合ではないと分かりながらもつい疑問を発してしまうアトル。
「俺がリーダーだから俺の名前を冠するのが普通だろ?」
自己顕示欲が強いのは分かっていたが、普段おちゃらけた彼が、柄にもなく突然リーダーシップを発揮し始めたのは、まさかこのためかとタリマが邪推するも本人は、白々しい顔で知らんぷりを貫く。状況が状況なので言い返す暇もなく会話が流される。
「もういいか?今度こそ突撃だ!」




