女騎士、35歳からの転職事情〜旅立ち編〜
まただ。
綺麗にお辞儀をする彼女を見て、私はそう思った。
「それでは、お世話になりました!」
「おめでとう!」
「たまには遊びに来てね〜!」
「困ったら頼っていいからね?」
また一人、騎士団を去る。
可愛らしい仕草で、セミロングの良く手入れされた金髪を震わせながら。
彼女が他の団員に礼を言ってまわる。
まるで小動物を連想させるその動きは、『騎士団』という肩書を提げていた様には見えない。
そうして挨拶をまわっている内に、私のところへ来たようだった。
「副団長!いろいろとお世話になりました!」
まぁ、確かに、かなり世話をした記憶がある。
言葉にはしないが。
少し笑顔を浮かべてやって、軽く頷く。
これぐらいの社交性は持ち合わせているさ。
「私は団を離れることになりましたが、気持ちはいつもこの騎士団と共にあります!」
嘘つけ。
早く結婚して辞めたいと言ってるのを古参団員はよく聞いてたんだぞ。
なんで私が庇わにゃならんのだ。
言葉を吐くときは周りに気を配れと、あれほど注意したのに改善しなかったな。
いつか思い知れ。
…言葉にはしないが。
笑顔のまま、頭をぽんぽんと撫でてやる。
いろいろ言いたい事はあるが、手のかかる子ほど可愛いと云うのもあながち間違いじゃない。
少し、淋しくはある。
「それに、…きっと、副団長にも素敵な人が現れますよ!」
「余計なお世話だ」
おっと。
私が生まれた国、カウワン王国は、ユーテス大陸の西側にある大国だ。
昔は戦乱が絶えなかったと聞く。
でも今は、最後の戦乱から百年以上戦火の音は聞こえない。
平和は緊張を殺す。
先代騎士団長の言葉だが、その通りだと思う。
そして先代、現騎士団長、私の三方がそれで問題ないと言う認識を共有している。
故に、私は異端なのだ。
後輩の寿退団を祝ってから数日。
私は仕事終わりに、日課の素振りをしていた。
静謐な夜の武道場が私は好きだ。
余計なことを考えないで済むから。
あるいはその習慣が、この騎士団の在り方に則さぬ理由なのか。
集中しきれない頭の片隅でそんな事を考えていると、後ろから声をかけられた。
「またこちらですか」
誰かは分かっている。
「団長」
「ほら」
そう言ってタオルを渡してくれた。
そんなに汗はかいてないが、気遣いは無下にはしない。
「ありがとうございます」
「良いのよ」
品のある話し方。
高貴な血筋という背景が故か。
公爵夫人たる立場がそうさせるのか。
身に纏う空気は、この武道場の空気に似ていた。
「…ねぇ、あなたは今の騎士団をどう思う?」
素振りをしていた鉄心入りの木剣を軽く拭いて棚に掛けた私に、彼女は視線を合わせずそう問いかけた。
彼女が言いたい事は何となく分かる。
言葉通りの意味ではないだろう。
私達の騎士団は、【白麗華たる騎士団】という名を冠している。
元は勇者オリヴィアをサポートするために、女性の志願者のみで構成された精強な騎士団だった。
騎士団足り得る騎士団。
しかしそれはもう今は昔。
平和な時代に、女性に男性と同じだけの教練を望むのは難しい。
こと、高貴な血筋が集まる我が騎士団では尚更。
今では、お見合いを嫌んだちょっとヤンチャな貴族子女が、結婚相手を見つける為の出会いの場、の様な集団としての側面も持つようになった。
一応騎士団として訓練もするので、形だけの要人警護も行う。
結果として、他国の高官や貴族に見初められて嫁いでいくものは少なくない。
私はそれでいいと思う。
時代に合わせた正しい形だ。
私の様に、青春から女としての咲き盛りを剣を振って過ごした子女など、時代錯誤も甚だしい。
私はそう理解しているけども、彼女からはそう見えなかったのだろう。
騎士団と私の方向性の違いに悩んでいるのではないか?
という問いかけのような気がする。
問題は無い。
私が武辺者の自覚がある故に。
「今のままで良いかと思います」
「でも…」
良い人だ。
齢35まで、着飾るのも最小限で、仕事に直向きな女性を心配しているだけなのだろう。
女性としての幸せを知り、しかしそれ以外の幸せの在り方を知らない人でもある。
価値観からして異なる。
勿論、違っているのは私の方だ。
彼女の在り方が、一般的な女性の在り方でもある。
言葉を尽くしたところで、理解してもらうのは難しいだろう。
それでは、と軽く会釈をして、私はその場を後にした。
ただ、そんな私にも、気の置けない間柄の友人は居る。
「はぁ、それ酷くね?」
「…団長がか?」
「お前がだよボケナス。」
「誰がボケナスか」
「いやぁ、それは流石にフォローできんわ」
横に座る2人の偉丈夫に、言葉でボコボコにされる私。
普通ならば不敬に当たる立場の違いがあるが、彼らは昔馴染みというか、同期のような存在なので、気にしたことはなかった。
昔から気兼ねするなと言っていたのもある。
この二人は【清廉なる黒曜の騎士団】所属の人間だ。
国内で魔獣の討伐をしたり、国外では武力組織の制圧等も任務として遂行したりする。
まぁ、カウワン王国の精鋭軍団、と思えば良い。
そうは見えんが。
…こいつら程度、剣を握れば一瞬でボコボコにしてやれるのにな。
軋むグラスに何かを感じたのか、二人して『ステイステイ』と馬をなだめるような態度に、また腹が立ってくる。
「いや、確かにあの公爵夫人、理解出来んもんかね」
「タイプが全然違うからなぁ」
「何がだ」
「お前が脳筋だってこと」
「あぁん?」
こいつ喧嘩を売ってるのか?
買うぞ?
「いや、脳筋は自覚あんだろ…そも、合コン部隊の副団長がバリバリの武闘派とか、ギャグでしかねぇよ」
「ぐぅ…っ」
正論は時に人を傷付けるんだぞ!
もっと人を労れ!
「思えば、前団長さんは解ってたんだろうな。じゃなきゃ若い美空の娘をよ、俺たちの遠征にぶち込まんだろ」
「あー、あれ放牧だったんだな、もしくは隔離か」
「お前ら外に出ろや」
そう言うも、二人は笑ってビールを呷った。
こういう関係が心地良い。
いや、武力組織の仲間内というのはどこも似たようなものだと思う。
私の今いる騎士団がちょっと武力組織と言い難いだけなんだが…
「しっかし、なんでお前さんは白女に入ったんだよ」
白女は【白麗華たる騎士団】の別称だが、蔑称として使われることもある。
言うに及ばず、騎士団としては繊細に過ぎるという話で、だ。
「いいかお前たち」
「「あ、はい」」
どうやら威圧が出てしまっているようで、二人の背筋が伸びているが気にしない。
私はそのまま続けた。
「私は、貴族の子女だぞ?」
「「はい」」
これでも父は伯爵なんだ。
つまり私は、伯爵令嬢なんだ。
わかるか?
伯・爵・令・嬢だぞ。
おい?
何で目を逸らす?
「貴族の子女は、白女に入るのが当たり前だ」
「「はい」」
「そもそも貴族令嬢が入れる騎士団って他に有るか?」
「「無いです」」
「じゃぁお前ら、私の性別なんだと思ってんだゴルァ」
「副団長」
「ゴリラ」
「表出んかいボケ」
…そんなこんなで夜は更けていく。
いつもの仕事、イベント…じゃなくて要人警護の行程表を作っていると、先日の友人二人とのやり取りを思い出した。
二人を軽くボコった後、締めのステーキを食いに行く道中で一人に言われた言葉が今でも頭に残っている。
『なんで辞めねぇの?』
本当にただの疑問という風で。
嫌味とか、心配とか、そういった不快なものもないただの疑問としての言葉だった。
言われた私の心の中で、一番に浮かんだ返答が『だよな』だった。
さすがにそれを口に出すことはしなかったが、何かを察したのか二人はそれ以降その話題を出すことはなかった。
得難い友人である。
既婚者なのがまた良い。
問題になり難いからな。
私は未婚の貴族子女だが…もう諦められているというか、信頼されていると解釈できなくもないか…?
いや、やめよう。
転職、か。
辞めて何をする?
隠居か?
病む気がするぞ。
体を動かすと言えば、やはり傭兵の類か?
戦うことは得意だ。先代団長にも、『やりたいと思うことを頑張るよりも、自分が得意な分野を伸ばしたほうが良い』と教えられたからな。鍛錬は欠かしていない。問題ないだろう。
ハンターとやらも悪くは無さそうだ。
冒険者というのもあるそうだな?
外の世界は広いからな。
あいつらの騎士団に付いて遠征した経験があるから分かる。
未開の地も多い。危険がそもそも身近にあるのだ。好んで近付く奴は……そう居ない。
そうだ。危険は遠ざけるのが普通なんだ。
私は?
私は…
普通じゃない。だから、行っていいんだ。
私なら、行ける。
危険だけど、広い世界に、
「副団長」
「…どうした?」
事務補佐の団員の子が、紅茶を淹れてくれたのかトレイに持ちなから此方へと歩いてきていた。
いい香りだ。
先ほどまでざわ空いていた心が、ゆっくり凪いでいく。
紅茶を持ってきてくれた団員に感謝を伝えると、彼女は笑顔で返しつつ、何気ない様子で尋ねてきた。
「副団長、楽しそうなお顔をされてましたけど、良いことでも有ったんですか?」
「…楽しそうに、見えたか?」
「ええ。それはもう」
「そうか」
何気ない一言。
『楽しそうに見えた』
その言葉が私の中でどう作用したのかは分からない。
それでも、確実に私の中の何かが変わった。
それは、きっと好ましいものだと、私は感じた。
私は先代騎士団長から多くのことを学んだ。
その内の『言葉』の1つ…
『感覚で感じた事は間違えない。いつでも間違えるのはその後の人の判断なんだよ』
直感を蔑ろにするな。
外の世界でも命を救われた教えだ。
自分の直感はそこそこ優秀なんだと気付いてから、私は自由になった。
戦いにおける定型で、という枕詞は付くが。
直感は世界を広げる。
だからこそ、私は今の私の直感を信じようと思う。
「これは…本気なの?」
「はい」
現騎士団長である公爵夫人が、滅多に見ない渋い顔をして私の渡した書類に目を落としている。
顎に手を当て、時折視線だけでこちらを伺う感じが妙に笑いを誘った。
まぁ笑わないが。
「どうしていきなり…」
「いきなり、では無いですよ」
団長が口の中で転がした呟きを拾うと、彼女は『え?』という体で顔を上げた。
目が合う。
最初は何か言いたげだったが
私の顔を見て自分の思い違いに気付いたのかも知れない。
「なにか、やりたい事が見つかったの?」
「やりたい事…かは分かりません。ただ、見たくなりました」
「見たく、…何をかしら?」
「今まで見たことのない世界、でしょうか」
「そう。そうね、貴方にはその手段があるもの」
徐々に穏やかな声色になっていく彼女に、私は真っ直ぐ視線を向けた。
心配してくれる相手に対し、最大限の誠意を。
その日、私は退団届を提出したのだった。
数日後、また友人たちとの飲み会の席。
彼らに事の次第を説明した。
「ーーーというわけでな」
「嘘だろ」
「判断が動物的過ぎる…」
「門出を祝え!」
あんまりな反応に、つい乙女心から手が出てしまったが、女の一撃など大したものではないだろう。
改めてビールを飲み干し、新しい一杯を注文する。
「いってぇ…」
「マジでゴリラだよ…」
「なんか言ったか?」
「「何も」」
誤魔化すように二人は言葉を続けた。
「団にはいつまで居るんだ?」
「今月一杯は引き継ぎでな。ただ、大した引き継ぎは無いから、主に挨拶回りになるだろうが…」
「そりゃぁな、はいさようなら、とはいかんだろ」
「近衛もいきなり過ぎてびっくりだろうに」
ん?なんで近衛騎士団がびっくりするんだ。
視線で疑問を示すと、呆れたという顔をされた。解せぬ。
「いや、本来の要人警護が出来る数少ない女騎士だぞ?」
「そうそう。しかも本人は特に不満も言わない社畜気質と来てたから…幻影狐に騙されたみてぇなツラしてんじゃねぇの?」
「それ見てみてぇ」
「誰が社畜だ、誰が」
ほのかに騎士団間の関係性が感じられる会話もあったが、二人に否定的な雰囲気が無いのに安堵した。
まあ、やはり友人には背中を押してもらいたいものだからな。
と、一人が思いついたように私に尋ねた。
「しっかし、なんで結婚とかの選択肢がビタ1クロムも出てこねぇの?」
「あぁ、そういえばそうだな」
後輩が寿退団する度に、その選択肢が思い浮かば無い訳じゃない。
でも年齢や相手がそもそも居ないという問題もあるし何より…
「私に婦人会に出ろと言うのかお前ら…」
「あぁ…」
「貴族婦人会かぁ、あったなぁ」
私が結婚するなら、平民は無理だ。
なぜなら私が出世しすぎてしまったから。
騎士団の副団長ともなれば、法衣伯爵の爵位を授与される。
幾つか殊勲もされている私だと、土地無しの伯爵とは言えそこそこ高位にあたる…正直な話、父を超えているのだ…
そんな私が結婚し家庭を持つなら、貴族としての付き合いが必須になってくる。
そして現れる【貴族婦人互助会】。
中身は『お茶会』なんだが…
貴族婦人がタダで茶をしばく訳が無い。
自慢話、陰口、勢力争い、デマ拡散と、情報戦の最前線みたいな場所なのである。
そこに35歳までマトモに社交をしてこなかった武辺者を放り込んだらどうなるか…
想像に難くない。
「結婚はないなぁ…」
「もったいねぇ」
「内の部隊にはモテてたぞ」
二人から雑音が聞こえるが気にしない。
そも、モテ無い訳じゃなかった。
縁談の申し込みもかなり有った。
私が断っていただけなんだ。
なんて罰当たりな奴だと思わなくも無い。
「で、何すんだよ。辞めて」
「だな。傭兵か?」
話を変えようと、二人が別の話題を振ってきた。
私自身も同意して乗っかる。
「いや、実は冒険者をしてみたい」
「それはまた」
「危険度がダンチだな」
そう。
未開拓領域や人が立ち入るのが難しい山岳地帯、そしてそのさらに奥にあるかも知れない未踏の古代遺跡。
それらの危険度は都市の外、国の外なんていうレベルとは段違いで高い。
故に冒険者は、熟達したレンジャーが信頼ある仲間と、支援するスポンサーに、数多くの最新魔導具と揃って初めて安全に探索できる。
例外は、圧倒的な戦闘能力と生存性を持った【到達者】と呼ばれるような存在位だ。
あれらは単機で未開地域の深層を歩ける。
「だがまぁ、お前なら大丈夫か。むしろ向こうの食物連鎖を荒らすなよ」
「野生に帰るだけだしな。頂点に立つんじゃねぇか?」
「………お前らは私をなんだと思ってるんだ」
「未確認生命体」
「新種のゴリラ」
「死ね」
拳に心地良い感触を味わいつつ、その内冒険譚を酒の席で語る自分を想像した。
自分がここまで想像力に溢れる人間だったというのを、最近知ったばかりだ。
決して悪くない。
今まで自分を押し込めていたのだと、今更自覚する。
自分は異端だ、だから仕方ない。
そんな言葉で押し込めていた自分は、友人や部下の何気ない一言で変わってしまった。
結局のところ、自分の気持ち次第なんだ。
気の持ちよう、とはよく聞くけど。
それがどんなモノなのか、己がそれを理解するのは、自分の身に起きて初めて成される。
いい経験だった。
広がった世界は、未だに触りすら見えない。
それでも、悪いものでないという期待がある。
まずはそれを確かめようか。
前略お父様
私は、35歳にして転職します。
旅立ち編・完
長編が好きで、長編のプロットばかり組んで最初の1話2話で挫折するを繰り返していたので、まずは短編で区切るような出し方をして、クロージングの練習のために書きました。
これの長編は難しいかもしれません。
短編を重ねて、執筆体力を養って行きたいと思います。