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5話

 やる気に満ちたアッシュが魔物寄せの粉を大量にぶちまけてから約一時間。


「うおおおおおおおおっ」


 死にそうな叫びをあげながら、ボスールはアッシュが文字通り千切っては投げ千切っては投げしている魔物を浄化していく。魔物はアッシュの力で十分すぎるほど余裕に(たお)せるのだが、魔物の死骸をそのままにしたらまた別の魔物が生じてしまうので、斃した後は浄化が必須なのだ。


 アッシュが術を使えない以上、浄化はボスールの役目になるのだが、いかんせん、数が、多い。


「アッシュさああああんっ! これまだ続くんですかーーーー!?」


 悲鳴とも言っていい声がボスールから上がるが、泉の縁でハルバードを振り回し続けるアッシュはそちらを見ないままだ。


「魔物寄せの量的にそろそろ終わりのはずだ。踏ん張れボスール。限界ってのは超えるためにあるんだぞ」


「ご存じでしょうか俺の祈力と神力じゃ全力出すと30分そこらが限界だったんです!!」


 限界などとうの昔に超えている。ボスールの能力は間違いなくこの地に来る前の2倍にも3倍にも跳ね上がっていることだろう。何せこんなに長い時間力を使い続けたことはない。もはや祈りの文言を述べる余裕すらない。何度気を失いそうになったか分かったものではないが、ここで気を失ってしまったら次に目が覚めた瞬間ボスールの前に広がるのは山になった魔物の死体だ。山を崩していくより山になる前に片付けてしまった方が精神衛生的にマシなのだ。


「そうか! 流石だなボスール。お前ほど頼りになる男を俺は他に知らねぇ」


 対魔物で誰よりも頼りになる男は、臆面なくこういうことを言う。自分にはストイックだし、限界値が高すぎるので他人に求める要求も高すぎるのだが、だからこそ少しでも彼の要求に近い行動をとる相手を彼は手放しで褒めるのだ。打算なく、躊躇いなく、恥ずかしげもなく。


「ちくしょおお! やったりますよぉぉぉぉ!!」


 無茶振りも甚だしい男であるが、それでも憧れる相手なのだ。頼りになると言われては、やる気を出さないわけにはいかない。


 再びアッシュが斃してボスールが浄化しての流れ作業が始まる。だが、その作業は唐突に終わりを迎えた。何故か急に、魔物の出現が止まったのだ。


「え、あれ? 終わった? 魔物寄せの効果が切れた……? ――うおおおおおおっ、生き残ったぞ俺ーーーーー!!」


「下がってろボスール」


 両拳を高く振り上げ勝利の雄叫びを上げるボスールの前で、アッシュがハルバードを真剣に構え直す。「え」と声を漏らし、ボスールはぴしりと動きを止めた。嫌な予感が止まらない。


「アアアアアアッシュさん……つかぬことがお伺いしますがもしかして……まだ……?」


「ああ。()()()


 言下、泉から何かが飛来する。アッシュが僅かに避けるだけで躱したそれは奥にある木の幹にぶつかり、鋭くえぐれた穴を作った。ボスールがそちらに目を向けぞっと背筋を凍らせていると、泉から勢いよく跳ねるような大きな音が聞こえてくる。慌ててそちらを振り返ると同時に、金属同士がぶつかり合う高温が響き渡った。見れば、アッシュと魔物がそれぞれの得物で鍔迫り合いをしている。


「マーマン!? いや、海じゃないし、フォンスマンか?」


 アッシュと相対している魔物は薄めの青の体色に濃い青のヒレをした半魚人で、手には鈍色の重そうな三叉槍を持っている。大柄でアッシュよりも縦にも横にも大きく、鍔迫り合いをしているとアッシュを覆うように見えた。


 敵対するのがマーマンの亜種であることに気付くと、続けて先程の攻撃がマーマン系の攻撃動作のひとつである口に含んだ水を打ち出すというものだということも気付くことが出来る。威力のおかしさは、これまでの魔物同様、女神の領域を侵しているが故だろう。


「おらぁっ!」


 鍔迫り合いを先に払ったのはアッシュの方だ。一瞬力を抜いてわずかな距離を作ると地面を強く踏みしめ、そのまま勢いよく押し返した。予想外だったのか、フォンスマンは黄色い目を少し見開く。だがすぐに体勢を立て直して飛び退(すさ)り、泉の上に着地した。足で行動する水棲魔物は水の上を歩けることが多々あるが、やはりフォンスマンも同様のようだ。陸地と水上でアッシュとフォンスマンが睨み合う。


 最初に動いたのはフォンスマンだ。三叉槍の柄を水に突っ込むと、勢いよく振りぬいた。同時に巻き上げられた水は刃のような形を取りアッシュに襲い掛かる。素早く飛翔するそれらをアッシュは武器を回して蹴散らした。いくつか打ち漏らしたものもあったが、アッシュの服の端を切るだけで大きなダメージを与えることなく過ぎ去っていく。


 だがそれがアッシュの気を引いてしまった。何度か同じ攻防を繰り返した後、背後から大きく低い音が連続する。アッシュを通り過ぎた攻撃が、背後の木々を切り倒したのだ。ただ木が倒れただけなら気にしなかっただろう。だがこの森は女神の領域。祈りなく木が切り倒されるということは、森の女神に対する侮辱に等しい。思わず振り向いてしまったアッシュは、自身の失態に意識を揺るがせた。


 そしてその大きすぎる隙を、水の魔物は見逃さない。再び槍の柄を水の中に突っ込むと、二度、三度、四度……と何度も何度も同じ攻撃を繰り返す。今度はアッシュだけを狙わないで前面の広範囲に向けて水の刃を射出した。魔物の狙いに気付きながらも、アッシュはそれを見過ごすわけにはいかない。「てめぇ!」と怒りを叫びつつ目にもとまらぬ速さで刃を叩き落とし、直接には間に合わない場所には思い切りハルバードを振りぬき風圧で消し飛ばす。アッシュと魔物の間の地面はすっかり水たまりが出来てしまっていた。


 全ての水の刃を消したと同時にアッシュは魔物に向けても得物を振りぬこうとするが、察した魔物はまた同じことを繰り返す。埒が明かないが、パターンは読めてきた。戦闘センスの塊であるアッシュは徐々に魔物の攻撃速度に慣れてくる。次のタイミングで確実に。狙いすました視線で魔物を捉え続けていると、その瞬間は訪れた。息継ぎのように水を放つ動作が止まる。同時に、アッシュはそれまでよりも早くに動き最後の刃を叩き落とし、その水が地面の水たまりを大きくするより早くに強く地面を踏みしめた。


 鍛えに鍛え、神力が身体能力と変換されている上に、今は女神の加護すらついているアッシュの斬撃は、魔物の攻撃に引けを取らないレベルに()()。幸い陸から遠すぎないので、十分に切り裂けるだろう。泉に沈めるわけにはいかないので斃したら速攻で回収しなくては。そんなことを頭の片隅で考えていると、ハルバードを振りぬく直前、ギリギリで魔物が一度だけ三叉槍を振りぬいた。アッシュに向けてではない。アッシュから見て右手側、90度ほどの角度の場所に。それは完全に、アッシュではなく森を害するための行動。


「くそっ!」


 考える間もなくアッシュは飛び出す。この勢いで振りぬいては風圧ではなく斬撃になってしまう。それでは魔物の攻撃を止めても今度はアッシュの斬撃で森を傷つけてしまうことになる。そんなことが出来るはずがなかった。


 攻撃のための力を咄嗟に全て移動のためのそれに変えたことで、アッシュは目的の場所に辿り着く。だが、勢いのままに行動している状態ではさしものアッシュも自身の体を十分には扱えない。迫りくる水の凶刃を重量のある武器で防ぐには、あまりに自由が足りな過ぎた。結果、アッシュは自身の体でそれを受け止める。


 鎧の一部が横に裂かれ体の側面の肉がぱくりと口を開け、噴き出しながら血が踊った。常人であれば胴体が半分になっていてもおかしくないほどの攻撃であったことを考えると破格の被害だが、この状況では安堵などしていられない。


 フォンスマンは、笑った、とはっきり分かるように顔を歪ませ、三叉槍を高く掲げる。すると背後の水が瞬く間に盛り上がり、蛇のように身をくねらせた。泉の女神の領域故に今なお神聖さを含んでいるはずの水は、魔力によって穢され濁ったそれへと姿を変える。


 フォンスマンが指示を出すように三叉槍を振りぬけば、水は鋭い勢いでアッシュへと突撃した。あわや水で出来た蛇に飲み込まれんとしたその瞬間、それは唐突に出現した光の壁に阻まれる。


「アッシュさん大丈夫ですか!? 大丈夫ですね! 大丈夫だって信じてます! そいつに集中してください。森は俺が守ります!」


 強い声で叫んだのは、戦闘の場から少し下がった位置で両膝を、そして両腕を左右に広げた状態で地面についているボスールだ。滂沱たる汗を流し青ざめ息を切らせているのは、アッシュの前だけではなく泉を囲む木々の前に同じような光の壁を展開しているためだろう。これだけの範囲に守護の壁を張り巡らせるなど、尋常ではない集中と体力、そして祈りが必要だ。ほとんど祈力が尽きかけていたというのに、これだけのことをやってのけた。ボスールはまた、限界を超えて見せたのだ。


「――お前ほど頼りになる男はいないぞ、ボスール」


 今度こそ仕留める。ギラリと視線を閃かせ、アッシュは間髪入れずにハルバードを振りぬいた。空を裂いた音がすると、不可視の刃は次の攻撃に移ろうとしていたフォンスマンを胸から上と下に分割する。青い血を流しながら崩れていく体に向けてアッシュは目にも止まらぬ速さで投網を投げ、即座に引き水に着く前に死体を回収した。多少血が泉に落ちてしまったことは気に食わないが、なんとか目標は達成できたと言っていいだろう。


「終わったぞボスール! よくやった!」


 フォンスマンを投網に入れたまま地面に転がし、アッシュはフォンスマンが真っ二つになった瞬間から神力を収め地面に倒れ込んだボスールに早歩きで近付いた。駆け寄りたいところだが、流石に脇腹の痛みで走れない。


「お……おつかれ……さまでした……今、治療、しますんっ、で……!」


「今はまず回復しろ。その後は悪いがあいつの浄化を頼む。俺のキズは後でいい」


 ぜーはーしながら気遣ってくる後輩の背中をアッシュは可能な限り優しくさする。微妙に力加減を間違えていてボスールからしたら痛みがあるのだが、アッシュの気遣う心は伝わってきたので文句は言わない。


「じゃあ、せめて、傷口を洗うだけでも……んえ?」


 拠点にしているテントを震えた指で差そうと伸ばしたボスールは、自身に光が降り注いでいることに気が付いた。当然隣のアッシュも気付いて目を見張っている。これは、この地に来て最初の日にアッシュに降り注いだ光と同じもの。違うのは、その色が緑色ということだ。


「緑色の――って、森の女神の加護!? え? 俺に!?」


 起き上がりたいが体が全く動かず驚愕だけが躍り出た。すると、さらにアッシュの時と違うことが巻き起こる。


【森の守護、誠に大儀であった。そなたの献身を認め、我が加護をそなたに授けよう。今後も泉の奪還に奮起せよ、ボスール】


 空中に光と共に降臨したのは、紅葉色の髪に緑の双眸をした女性。森の女神ボワだ。


「めっ、めめめめっ、女神ボワ!? ご、ごか、ご加護賜り恐悦至極にございます。こっこのような無礼な姿勢で大変申し訳ございません!」


【献身の結果である故許す。敬意も祈りも、そなたの心より我に届いておる】


 倒れたままどうしても起き上がれず、ボスールは言葉通り大変に恐縮しながら必死に頭を地面にこすりつけた。女神はそれを悠然と受け止めると、祈りの姿勢でこうべを垂れて微動だにしないアッシュに視線を向ける。こそりと口元を笑みの形に歪めたのだが、視線が下がっている人間たちにそれを見る術はない。


【アッシュ。そなたの働きも見事であった。泉の女神は今はまだそなたの前に姿を現すことは出来ぬが、そなたの働きにいたく期待しておる。今後も励むがよい】


 自身に女神から言葉がかけられると思ってもいなかったアッシュは、こうべを垂れたまま目を見開き、再び強く瞼を閉じた。


「はっ! お言葉確かに。我が女神のためにも、この身を投じ必ずや女神の神域を取り戻してご覧に入れます」


 強い強い決意と誓いの言葉。ボワはくすりと笑ってからそのまま姿を消す。余韻すら消えた頃、アッシュとボスールは興奮した様子で顔を見合わせた。彼らにとっては、はじめての神との邂逅である。


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