4話
赴任初日に女神の加護を受けた。これはすぐさま教会に報告され、神殿に報告された。女神に迎えられた、とあり、神殿からはアッシュ(とボスール)は何があってもそこから動かさないように、と指示があった。――それがいけなかった、と今ならボスールは心から思える。何故なら、元々信仰心からやる気に満ちていたアッシュは、加護を受け、さらに教会の上位組織である神殿から「力を尽くせ」との命を受けてしまったために手を付けれないほどやる気を出してしまったのだ。結果、ボスールは神殿の命令を無視して訪れた民間人をアッシュの暴走から守るために、ひいては教会と神殿を風評被害から守るために奮迅している。
「アッシュさん、聖書を全て諳んじられるあなたにこんなことを言うのは『聖人に説教』というものかもしれませんが、冷静に、落ち着いて、しっかりと、思い出してください。聖騎士は、確かに神の敵に対し剣を振るいます。ですが、ここに訪れるのは精々物分かりの悪い民間人程度です。完全に殺すつもりでハルバードを振り回すのはや・り・す・ぎ・です」
膝を突き合わせ、必死な形相でボスールはアッシュの行動の破天荒さを説こうとしていた。だが、肝心のアッシュはきりっとした顔のまま地面を拳で叩く。振動にボスールの体が少しばかり浮いた。
「分かってないぞボスール。あいつらは神殿や教会が広く伝えている禁止令を破り、愚かにも森の女神ボワの神託を無視し、この近辺の住民たちの生活を脅かしている。神の敵と言わずにどうするんだ」
「たっ、対象の行動が間違ってない所が辛いところですが……それでもそんな真似をしていたら評判を落とす一方ですよ。ただでさえ――あ、と」
流れで言ってしまいそうになった言葉に気付きボスールは慌てて自分の口を押さえる。確実に何を言おうとしていたか伝わってしまったアッシュだが、別段怒りを露わにすることなく、彼が口に仕掛けた言葉を自ら引き継いだ。
「ただでさえ、女神の加護が中途半端だから、な」
神々の加護が与えられる際、まず人にはその神を主張する色の光が降り注ぐ。その後、加護を与えた神が人間の前に姿を現し言葉をかける降臨が行われるのだ。だが、アッシュにはそれがなかった。加護の光が落ちた後降臨を待ち一晩座って待ち続けたのだが、その予兆すらなかった。
加護が与えられたというのは気のせいだったか、という思いすらあったが、一応教会にその旨を報告したところ、やってきた神殿の高位神官は間違いなく加護が与えられていると断言した。つまり人間の常識からすると、アッシュの加護は中途半端な状態なのだ。そのことに、神官の護衛を兼ねてやってきていた元よりアッシュを知る教会の口さがない者たちは「半端者だからだ」と囁いていた。だが
「だがそんなことは関係ねぇ。女神がお困りである以上、神に仕える者としてやることはひとつだけだ」
降臨がなかったのがどういう理由によるものかはまるで分らないが、とにかくアッシュのやることは変わらない。完全な加護がなくとも――もっと言ってしまえば、神殿や教会の命令がなくとも、神の領域が穢されている現状を放置など出来はしないのだから。
「そもそも――」
語調を少し落とし、アッシュは胸の前で握りしめた自身の拳に視線を落とした。
「俺は元より半端者だ。ただでさえ神々の慈悲を正しく現せない身だ。だから女神もこの程度で十分と判断されたのかもしれない。――それでも、この大役、しくじるわけにはいかないんだ」
神々へ捧げる祈りの深さを祈力と呼び、その返礼として与えられる奇跡を神力と呼び、奇跡を形にする術を神聖術と呼ぶ。祈力深く神力を現す素質を持つ者のみが神官になることが出来るのだが、この点がアッシュの異質な点なのだ。アッシュは祈力の深さは神殿ですら目を見張るものなのだが、奇跡としての神力は発現出来ていない。では何故神官になれたかというと、ひとえにこの身体能力のおかげだ。術の形を取れなかった神力は他の追随を許さぬほどの身体能力として形を取り、これを野放しにすることは出来ぬというのが始まりだった。
そのことに腐ることはないが、一方で自身を「半端者」と断じることをアッシュはやめられないでいる。元々は別の聖騎士たちが言い出した呼び名だが、耳に入れてしまったアッシュは当たり前のようにそれを受け入れてしまった。神々に関することだと、彼は極端に自信の評価を下げてしまう。そのことを知るボスールは、今回泉の女神の加護が与えられたことがアッシュにとって人が思う以上に大きいことを理解していた。
「――そうですね」
地面についていた両手と両膝を上げ、ボスールはしっかりと立ち上がり、励ますような笑顔をアッシュに向ける。
「よしっ、頑張りましょうアッシュさん! この役割を果たせば、きっと女神もお喜びになりますよ。俺も精一杯やらせていただきます!」
「――ああ。それじゃあ」
ぐっと拳を握りしめやる気を見せるボスール。そんな後輩にふっと微笑み、アッシュは泉に向き直った。途端にその筋肉質な背中からこれまで以上のプレッシャーが与えられ、ボスールは自身の失言にようやく気付く。この男は、やる気にさせすぎてはいけないのに。
ぐるぐると肩を回しながら泉に近付くアッシュ。地面に差していた巨大な相棒の隣に立つと、それを軽々引き抜き片手で器用に回しだした。格好をつけているわけではない。続く動作を効果的にするためだ。そう
「耐久魔物狩りじゃああああああああ!!」
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
懐から出された大量の魔物寄せの粉は、振り回されるハルバードの風圧でボスールの悲鳴と共に広い範囲に広がっていく。