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龍の墓場

その一報を聞き、古龍リューンは驚いた。


数百年前から親交のある同胞が、手練れの冒険者の奇襲を受け、不覚にも大怪我を負って飛べなくなり、哀れにも洞窟の中で臥せているらしい。


リューンは怪我に効くという薬草をかき集め、見舞いに行った。


「お前が、こんな怪我を負うとはな」


久しぶりに顔を合わせ、お互いに齢を重ねたものだと笑い合ったが、事態は深刻だった。


同胞は洞窟の中で痛々しくも横たわり、死を待つばかりだった。龍は自己回復能力に長けているが、それ以上に怪我が深刻だったのだ。その上、状態異常を何種類もかけられており、何もしなければ、いくら龍とはいえ、あと数日で死んでいたかもしれない。


リューンは甲斐甲斐しく同胞の世話をした。その甲斐あって、同胞は羽ばたきが出来るほどに回復していった。


「その薬は良く効くぞ。あとはしっかり食べて寝れば治るだろう」

「……今回ばかりは本当に死ぬかと思ったよ。ありがとう」

「困った時はお互い様さ」


リューンは元気を取り戻した同胞を見て、安心して洞窟から飛び立った。しかし、その翼には力強さがなく、何度も休憩を取りながら巣に戻った。


「……私も、そろそろだな」


もうその時が近づいている。


その前に、最後の挨拶をしなければ、と律儀で真面目なリューンは考えた。リューンは長く生きた。むしろ、長く生きすぎたと言ってもいい。

リューンには妻と、沢山の子供達がいた。しかし、妻には先立たれ、子供達の中にも、既に死んでしまった者は多い。


その中には、とりわけ可愛がっていた息子も含まれていた。彼は血の気が多かったため、縄張りを荒らす人間に戦いを挑み、破れてしまった。

その鱗や牙は装備品となって生まれ変わり、息子を討伐した人間の子孫に受け継がれているらしい。


息子の死の知らせを受け、「親より先に逝くやつがあるか……!」と嘆き悲しんだが、彼は古龍の直系の子孫として、常に誇り高くあった。


そんな息子を、リューンは誰よりも愛していた。


「お前の父親は、立派な男だったんだぞ」


だからこそ、その息子の子を代わりに育て、慈しんだ。


最後の力を振り絞り、リューンは各地に散った子供達に別れを告げた。


子供達がいたから、リューンはここまで生きることが出来た。子供達は、リューンにとって希望そのものだった。子供達は、リューンに生きる力をくれたのだと、思っていた。


父、母、妻、そして息子。


今まで何匹も同胞を見送ってきた。


ようやく、リューンが見送られる立場になったのだ。


「この鱗も肉も自然に還る……。素晴らしいことだな」


最後に人を乗せて空を飛んだのは、どのくらい前だったろうか。相棒の人間を背に乗せ、敵を蹴散らし、縦横無尽に戦場を駆け回った時のことを思い出した。

それは、ほんの少し前のことのように思えたが、既に1000年以上月日が経っていた。


リューンが相棒と呼んだ人間は、勇者カインだった。


友でもあり、良きライバルでもあった。夢を語らい、それを果たす事なくカインは死んでしまったが。勇者の癖に、虫の一匹も倒せないような甘ちゃんだった。

魔王と相打ちになって死んだ馬鹿だが、不思議と嫌いではなかった。カインは太陽のように明るい性格で、周囲を自然と笑顔にさせた。


勇者と共に過ごした月日は数年に過ぎないが、リューンにとっては大事な思い出だった。


死に場所に選んだのも、勇者と魔王が死んだ場所だった。


「リューン……!」


……懐かしい声が聞こえてきた。衰弱しすぎて、ついに幻聴が聞こえるようになったのかと、リューンは思った。



「リューン、僕だよ! カインだ!」

「カイン? 私を迎えに来てくれたのか……?」

「もう待ちくたびれたよ! さぁ、冒険の旅に出よう、リューン! ……うわー、可愛いな。これリューンの幼体? 」


勇者カインはリューンを抱き上げて、抱きしめた。

それは幻覚にしてはやけにリアルな質感だった。


「勇者カインで間違いないか?」

「うん、そうだよ! 1000年ぶりだね! いやーこんなに龍の寿命が長いなんて想定外だったよ。リューンが長生きしたのは嬉しいけど、次の転生先では魔物が強くなっちゃってて大変らしいよ?」

「待ってないで、さっさと行ってればよかったではないか」

「そんな寂しいこと言わないでよ。僕はどうしてもリューンと一緒に行って、また胸が躍るような冒険がしたいんだ!」


カインの言葉が、リューンの琴線に触れた。魔王を倒した時、リューンに喜びはなかった。それよりも、カインを失ったことによる喪失感のほうが大きかった。


(魔王を討伐したら、世界を見て回りたいって言ってたじゃないか。……もっと一緒に旅をしたかった)


カインと共に過ごした時間は、あまりにも短すぎた。カインの代わりに世界を見て回ろうかと思ったが、カインの居ない冒険など、考えられなかった。


だからこそ故郷に戻って妻を迎え、子供の成長を生き甲斐にしたのだった。


「それにしても1000年だ。さすがに待ちすぎだろう」


だが、それでも1000年は長すぎる。さっさと転生していれば、もっと多くの冒険が出来たはずだ。それもカイン1人ならともかく、かつての仲間も巻き込んで待っていたとなれば猶更だ。


「懐かしい面々だな」

「俺たちの名前、覚えているか?」

「無論だ。左からリタ、ザウス、レオ……はて、お前の名前は何だっけかな。かつての仲間の名前も忘れるだなんて、私も耄碌したものだな」

「おいおい!? おいらだけ忘れたって言うのか!? そりゃないぜ!!」

「ジャック、冗談だ」

「冗談きついぜ~……!!」


よく見ると、仲間達の後方に背の高い、黒い服を着た男が佇んでいた。その雰囲気から、只者ではなさそうだった。だが顔を俯け、どうにも居づらそうだ。


どこかで見覚えがあるような気がしたが、リューンは思い出せなかった。


「カイン。あれは、誰だ?」

「モーリーだよ」

「モーリー? ……魔王と同じ名前だな」

「リューンを待っている間に、魔王とも仲良くなったんだよ! これが凄い、いい奴なんだ!」

「魔王? 今、魔王って言ったのか……?」


カインの死因となった男ではないか。


「……1人で待っているのは寂しいから、一緒に待ってくれって言われたんだよ」

「な! いいやつだろ~……!」


どうやら1000年の間に友情が芽生えたようだ。


カインは笑顔で魔王と肩を組んだ。……若干魔王は引き気味だが、勇者カインの手を振り払うことはなかった。


「いいのか? 魔物を倒すことになると思うが」

「……俺は魔王だから、魔王城から外に出たことがなかったんだ。……自由に出歩くことのできるお前たちが羨ましかった。魔物は倒すことになるかもしれないが、腕比べと考えれば、悪くはない。お前こそ、俺が嫌ではないのか?」

「かつての敵が、味方になるのは良くある話だ。私だって、人間はそれほど好きではない。カインとも敵対したことがある」


リューンは魔王に手を差し伸べ、握手をした。


「じゃぁ行こうか、みんな」

「あぁ、今度はすぐ死ぬなよ。迎えに行ったら死んでいたなんていったら、はっ倒すからな」

「……わかってるよ!」


そして、魔王を仲間に加えた勇者パーティは、新たな冒険を求めて転生していった。


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