9 謎と情報
最初に話し始めたのは、シーズリー男爵だった。
「二重の結界を突破することはできます。
外に、魔術師の共犯がいればいいのです。
魔術師は、一般人と比べて魔力量が10倍ほどもあると言われています。結界の上を行ったり来たりすることなど造作もないこと。
まず庭の結界を『飛行』で普通に乗り越え、そのまま窓の外に向かいます。
そこには内通者である使用人が、聖剣を盗んで待っています。前もって通信の魔道具を用意して、受け渡しのタイミングをはかっておきます。
そして、窓越しに聖剣を受け渡します。上げ下げ窓なら、開けても結界には引っかかりません。聖剣も、鍵を挿すように水平に渡せば、結界の反応する最小断面積を下回るでしょう。
そして聖剣を受け取った魔術師は、再び空から『飛行』で逃げた。窓は元通りに内通者が閉めて鍵をかける。
いかがですか?」
「おお……」
「なかなか説得力がある」
「いやいや」
同意のざわつきの中、果敢にリーガッタ伯爵が突っ込んだ。
「確かに。確かに結界の部分は筋が通っております。
しかし聖剣の箱の鍵の問題は大きい。いかにして箱の鍵を開けたのか、そこがクリアできないことには納得は出来ません」
「すいませんシーズリー男爵、リーガッタ伯爵。残念ながらその可能性はありません。
まず、聖剣は屋敷の結界に必ず引っかかるんです。刀身はともかく鍔が通り抜けられません。
それに聖剣が盗まれたのは、家中の鎧戸を閉めた後から翌朝の開ける前までの時間帯です。
上げ下げ窓にも全て鎧戸がありますので、窓越しのやり取りは出来ないんです」
「そういうことは早く言わんか!」
「すいません」
オヴィトリン侯爵に怒られた。
「そうですか。残念」
シーズリーが言うが、さほど残念そうでもない。
続いて、出席者の1人である年配の学者が発言する。
「しかし、聖剣を分解できるなら結界を通したり、こっそり運んだりできそうですな。鍔を刀身と柄から取り外し、小さくまとめる。いかがですか?」
「分解はできません。この聖剣は、刀身と柄が一体化した構造なんです。また全ての聖剣は、刃や柄などのパーツを分解することはできません。それも破壊不能属性の一部であるようです」
「なるほど……」
学者の説も不発。
今度は、若い貴族の1人が声を上げた。
「……それなら、聖剣が前もって偽物とすり替えられていたというのはどうです?
それなら分解して、屋敷内に隠すこともできる」
「それもないと思います。
まず、我が家の聖剣は黄金を使い、装飾に技巧の限りを尽くした品です。僕らも見破れないほどの模造は難しい。
それがクリアできたとしても、最後に聖剣を確認したのは盗まれた日の午後。詐欺師が逃げた後です。
盗まれるほんの数時間前まで、本物は厳重に保管されておりました」
「だが、それがすでに偽物だったとしたら?」
食い下がってきた。
「確認というのは、本物かどうかの確認も兼ねていました。
聖剣の箱の向かい側に、頑丈なテーブルとハンマーを置いてありまして。
そのテーブルに聖剣を置いて、ハンマーでガンガン叩くんです。
剣は、金箔に貝片と貴石を散りばめた繊細な細工が施されています。偽物なら、そんなことをすれば粉々です。
その時も、父がハンマーで何度も打ちましたが、びくともしませんでした。間違いなく破壊不能属性を持つ本物です」
「なんとまあ……物凄い確認方法だな……」
「チャリティーパーティーの際は、出席者にもハンマーで叩いてもらう予定だったんです。破壊不能属性を実際に体験してもらう趣向でした」
新しい仮説が出ることもなく、沈黙が落ちた。
沈黙を断ち切ったのはシーズリーだった。
「屋敷の中に、鎧戸のない窓はありますか?」
「えーと……ああ、1階の警備員の部屋兼詰所だけは、窓に鎧戸がありませんね。外を見張るための窓ですから。
あとは、全て鎧戸がついています」
「なるほど。
聖剣盗難が発見されて、すぐに警察が来たのでしたね。屋敷の中をくまなく捜索したものと思いますが、聖剣を確認してから盗難が発覚するまでの間に、何か屋敷からなくなっていたり、逆に普段ない物が持ち込まれていたりということはありましたか?」
「さ、さあ、そこまでは……」
「そういう細かな情報もあればいいのですが」
話しているうちに、先ほど料理をサーブしたメイドが、今度はワゴンに何かの書類や冊子をいくつか載せてやって来た。テーブルを拭き、なめらかな動きで書類を並べていく。
「奥様からでございます。取り扱いにはお気をつけ下さい」
「ふうん、何だろうね?」
オスビエル男爵が無造作に手に取り、綴じられた書類をぱらぱらめくる。
「え〜っと、関係者供述調書? これは鑑識資料に……ああ聖剣盗難の捜査資料かぁ」
「なんでそんなのが公爵家にあるんですか!? おかしいでしょ!?」
腹の底から声が出てしまった。全力で突っ込む。
他のメンバーも、公爵家相手にその是非を問うこともできずに固まっている。
「フリザーリュ公爵家はコネも権勢もあるからねぇ」
「ありすぎでしょ! 僕らも知らされてない情報てんこ盛りじゃないですか絶対!」
「奥様が『どうせ聖剣盗難事件の話題になるでしょうから、議論のために情報を用意しておきましょう』と申しまして、知らない方がいい手段によって入手いたしました。
すぐに返却いたしますので、くれぐれも内密に」
「ですよねえ!!」
無表情中年メイドは物騒な言葉を残して去っていった。
どんな手段なのか。いや知らない方がいいんだった。
「失せ物などの記述はどこですか?」
「いやもっと恐れ慄きましょうよ!?」
シーズリー男爵がマイペースに過ぎる。
「私が見ましょう。役所勤めですから、書類を調べることに慣れております」
「お願いします」
オスビエル以外の全員を置き去りにして、クリフォスとシーズリーは書類を調べ始めた。
「遺留品やなくなった物の記述……ありました。
増えた物はありませんが、地下の倉庫に置いてある、執事や警備員に支給するお仕着せの手袋が1対なくなっているようです。
ただいつから紛失していたのかは不明で、事件との関連も分かりません」
「なるほど。
では水回りに異状は? 洗い場が濡れていたとか」
「水、ですか?」
しばし、ぱらぱらと書類をめくるクリフォス。
「料理人が朝になって気づきましたが、厨房の汲み置きの水が減り、流しが濡れていたとあります。
家の者に聞いても、誰も使った覚えはないとのこと」
「なるほど」
シーズリーが微笑んだ。
「屋敷内に『飛行』の魔道具はありますか?」
「使用人が上の階の窓掃除に使うのを見たことがあります。地下の倉庫に置いてあるんじゃないかな」
コジュリーが答えると、書類をめくっていたクリフォスが言葉を添えた。
「他には警備員が装備として『飛行』の魔道具を与えられています」
「ああ、そう言えばそうだ。使うところを見たことがないから忘れていました」
「警備員がですか?」
「2階や3階から外の不審者を発見した、あるいはその逆といった時に、いちいち階段を上り下りせずとも窓から直行できます」
「魔術師なら、呪文に目標地点を織り込むことでスムーズに移動できますが、魔道具となるとなかなか扱いが難しい。しかも集中が必要なので、使用中は他の魔道具が使えません。プロの魔術師でも魔術の併用は至難の業です」
「ああ、そうですね。分かります」
思わずコジュリーも同意した。
男の子なら誰しも、この魔道具で一度は空を飛んでみたいものだろう。彼もご多分に洩れず、子供の頃にこっそり拝借して使ったことがある。
ところが、とんでもなく難しくて危険だった。
まず思い通りの方向に飛ばない。この魔道具は短い棒状で、行きたい方向に向けるとそっちに飛ぶのだが、ちょっと手が揺れただけであらぬ方向へ移動する。空中で静止もできるのだが、その切り替えも慣れないと難しい。
しかも、魔力の消費が激しい。照明の魔道具などは一度魔力をこめれば一定時間光り続けるが、こちらは浮いているだけでジリジリと魔力が減っていく。ちょっと気を抜いても魔術の効力が切れて落下。
結局空中を迷走した挙句、集中が切れるか、どこかにぶつかるか(ゆっくりとしか飛べないのが救いだ)、魔力を使い切るかして落下する羽目になるのである。少年コジュリーはお尻をしたたか地面にぶつける程度で済んだが、高所から落ちていたら洒落にならないところだった。
「とはいえ、浮き上がって窓から出て、地面に降りるくらいならできますよね。僕も子供の頃使いましたが、『飛行』の移動速度は歩く程度でしたから」
シーズリーはうなずき、さらに質問を続ける。
「では次に、鍵についてです。
コレクション室には鍵がかかるのでしたね。ハーグンシェ卿、他はどこに鍵のかかる部屋があって、どなたがその鍵をお持ちですか?」
さらに話を振られた。
「えーと、玄関と裏口の扉はもちろん、地下の食糧庫や倉庫、コレクション室といったところに鍵がかかります。ああ、あとは家人や魔術師の個室、召使いの部屋……客室もですね。
両親と執事は全ての鍵を持っています。警備員は、3階が家族専用の居住エリアとなっていますが、そこ以外の鍵のかかる部屋の鍵ですね。それを警備詰所で1つずつ持っています。
あとの者は、自分の部屋の鍵だけ持っていますね」
「なんだ、ならば犯人は執事ではないか。コレクション室の鍵を開けられるのだからな。
執事ならば子爵のそば近くに仕えておる。巾着錠の鍵をくすねて代わりに偽の鍵を持たせ、その隙に合鍵を作る。その後鍵を返す。
そうやって箱を開け、聖剣を盗んだのだ」
オヴィトリン侯爵が意気揚々と自説を披露しはじめた。
「それは僕らも思ったんですけど、色々無理があります。
まず、父は本当に鍵を手放しませんでした。風呂も寝る時も。
もし何とかすり替えたとしても、あの錠は術式との複合型なので、合鍵を作るのは数日かかるんです。
それに対して、父は毎日のように箱を開けて、聖剣を確認していました。時間的に合鍵を作るのは不可能です。
それと、聖剣の箱の巾着錠以外の鍵は結構旧式なので、プロの泥棒なら専用の道具で開けられるそうです。
鍵を持っているから犯人に違いない……とは言い切れません」
「む、むむう……しかし……」
やり込められて口ごもるオヴィトリン。
「その問題はひとまず置くしかないようですね。
では盗難現場、コレクション室の状況ですが……。
クリフォス卿、そちらはどのように書いてありますか?」
シーズリーの言葉に、クリフォスが別の冊子を取って手早くページをめくった。
「聖剣盗難事件発生の前に、偽スレイマンとその部下2名による貴金属類の窃盗と逃走がありましたね。
その際にコレクション室にも鑑識作業を行いましたが、その時との差異がいくつかあります。
まず、ハーグンシェ卿もおっしゃいましたが、部屋に入って右手の天井近くの壁、およそ1エンゲット半の高さに所々煤を払った跡があります。形状からして、手で何度も擦った模様。高さはほぼ同じで、そのまま奥の、聖剣を安置していた飾り棚のあたりまで続いていました」
「飾り棚に煤の跡はありましたか? それと照明のスイッチ、それに部屋の扉の内と外、両方のノブもです」
照明器具から天井や壁を伝うように扉の横まで術式を書き、触れて魔力を流すだけで明かりを明滅させるスイッチが一般的である。
「いずれにも煤の跡はありません。
ただこの部屋は数日間掃除していなかったのですが、飾り棚の埃が一部払い落とされています」
「なるほど。面白いですね」
面白いか?
コジュリーは訝しんだ。
「それにしても、これはどういう状況だ? 犯人はどうやって聖剣を盗んだんだ?」
「前もって合鍵を作っていたのでは?
聖剣を収めた箱の錠前の鍵はともかく、他の鍵は一時的に盗んで複製を作れるのではないか」
「子爵に執事、警備員か」
「聖剣の箱の錠前はどうする。子爵から一時的に鍵を盗んで、複製を作ったとしか思えん」
「子爵を装って、錠の会社に合鍵を注文できないだろうか」
「そのためには確認のために、錠なり鍵なりの現物を持っていく必要があるんじゃないか? クリフォス卿、そのあたりは捜査資料には載っていないだろうか」
「ありました。錠前の会社に問い合わせたところ、そのような注文はなかったそうです」
一同も口々に持論を述べたりそれに反論したりを始めた。
「オスビエル男爵」
給仕の1人が、銀盆を持ってオスビエルの傍らに歩み寄った。そのままうやうやしく腰をかがめ、盆の上の手紙とペーパーナイフを差し出す。
「うん? ご苦労」
オスビエルは優雅な手つきで銀のペーパーナイフで封を切り、中の便箋を取り出した。手紙を読み進めるにつれて、面白そうに片眉が上がる。
「男爵、何か急用でも?」
「いやいや大丈夫だよハーグンシェ卿、気にせず話を進めて下さい」
「そうですか……皆さん」
コジュリーは声を張って皆の注目を集めた。
「侯爵の説はいったん置いておくとしても、残念ながらわが子爵家に内通者がいるのは確実でしょう。
全体として、あまりにも手際が良い。屋敷と、それを囲む柵の結界の存在は一般的かもしれませんが、家の間取りに部屋の中の聖剣の位置、それを収めた鉄の箱の存在、その鍵の種類まであらかじめ知っていたふしがあります。
内部犯、少なくとも屋敷内の情報を漏らした者がいる。取り調べの様子からして、警察はそう考えているようです。
その者が直接盗んだのか、それとも情報提供にとどまったのかは分かりませんが……。
これについて、皆様はいかがお考えでしょうか?」
投稿予定日3日前になって、「毛抜形太刀は柄と刀身が一体化した構造」という記述を発見してしまいました。
大慌てで「分解したら窓から出せるんじゃね?」の部分を改稿しました。
でも柄と一体化してるなら、武器としては使いにくいのかなあ……。斬った時の衝撃がもろに柄に伝わるわけですから。まあ勇者もネタのつもりで作ったサブウエポンだからいいのか。
ちなみにこの世界の『聖剣・金地螺鈿毛抜形太刀』は勇者カリテュオンのイメージで再現されているため、細部はオリジナルと違うものとお考え下さいm(_ _)m