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8 事件と謎

「つまり、盗人が入ったのだな? 皆が寝静まった夜中あたりに侵入、聖剣を強奪していったと」


 オヴィトリン侯爵の言う通り、大雑把に言えばそうなのだろう。


「はい。しかし犯行の手口がさっぱり分からないのです。

 なにしろ詐欺師騒動のあった日ですから、屋敷の施錠は厳重に行っていました。

 聖剣を運び込んでからは、警備員が交代で夜中も巡回しています。

 聖剣を収めた鉄の箱、それに施した巾着錠(パドロック)の鍵を持っているのは父だけです。合鍵もありません。

 もちろん事件があったと思われる時間帯、警察官が帰ってから次の日の明け方までずっと父が持っておりました。

 コレクション室は鍵がかかっていました。鉄の箱にも最新式の巾着錠(パドロック)がかかっていて、それは父の鍵で開きました。革のケースもありました。

 なのに。中の聖剣だけが消えていたんです」


 意味が分かるにつれて、どよめきが起きた。


「何? 部屋も聖剣の箱も鍵がかかったままなのに、中の聖剣だけが消えていた?」


 目を剥いて、オヴィトリン侯爵が聞き返す。


「そういうことです」

「しかも、最後に聖剣の確認をしてから盗難に気づくまでずっと、外の鉄柵と屋敷に設置してある2つの結界、どちらにも反応はなかったんだね?

 君の婚約者を送った時を除いては」


 オスビエル男爵が、好奇心に満ちた声で尋ねた。


「おっしゃる通りです。

 父が盗難に気づいたのは夜明け頃で、召使いたちも仕事を始めておりませんでした。

 ですから、それまで召使いを含めて誰も外に出ていなかったのです。出れば警報が鳴りますから」


 コジュリーは腹に力をこめた。これから言うことは、警察に散々疑われたことだ。


「あと、夜に警察が帰った後で僕の婚約者を家まで送った時ですが。これは声を大にして言いますが、婚約者は剣なんて長い物を持っていませんでした。

 それと、僕と婚約者がグルになって聖剣を持ち出した説もあるんです。

 でも、父が聖剣をしまってから彼女を送るまでずっと、僕も婚約者も誰かしらと一緒にいたんです。召使いや家族と。

 そんな機会はないし、鍵のかかった箱から聖剣を取り出す手段もないと主張します」

「なるほど分かりました。

 ところで、屋敷中の扉や窓は、全て鍵がかかっていたのですね。鎧戸はどうですか?」


 シーズリー男爵が、眠そうな瞳をコジュリーに向けた。


「はい。詐欺師騒ぎがあった時には、屋敷中の鎧戸を全て閉めておりました。それから事件が発覚するまでの間、どこの扉も窓も開けられておりません。警報は一度も鳴りませんでした。

 扉も鎧戸も、全て外に付いていて外開きですから、開ければ警報が鳴ります」

「外に出せないのなら、聖剣はまだ屋敷の中にあるのではありませんか? 犯人がどこかに隠しているのでは?」


 リーガッタ伯爵が片眼鏡をきらりと光らせた。


「警察もそう言いまして、屋敷をバラバラに切り刻む勢いで捜索しました。発見できませんでした」

「これはこれは……何とも不可解極まる事件ではありませんか」


 リーガッタが眉間にシワを寄せる。


「警備員室には、聖剣の移送の際に警察から貸与された通信具がありました。

 それを使って裏の警察署に通報し、そこからは大騒ぎです。

 即座に大量の警察官がやって来ました。一部は家の中を賊がいないか改めて捜索しましたが、ほとんどの警察官は屋敷の周囲、タウンハウスの集まるエリア全体の捜索を開始しました」

「そう、その時は大変な騒ぎになっていたそうですな。別宅の召使いから聞きました」

「ああ、リーガッタ伯爵の別宅は我が家の斜め向かいですからね。お騒がせしました」


 そう、リーガッタ家とハーグンシェ家はご近所なのである。伯爵のタウンハウスと言っても親戚や友人を泊めるための別邸であり、普段は家を維持管理する召使いのみが住んでいる。伯爵一家は王都の別のエリアにもっと広い邸宅を構えている。財力が違う。

 

「それからは伯爵のおっしゃる通り。

 警察は総出で周辺に手がかりがないか、目撃者がいないかを捜したのですが、何しろ何時ごろ盗まれたのかも分かりません。

 目撃者がいないことを考えれば深夜だったのでしょうが、その時は鎧戸も鍵もかかっています。

 それにその夜は新月で、しかも曇っていたため星明かりもありませんでした。ですから外は街灯が点いていても全体的に暗く、見通しが悪かったようです。通りがかった人がいて犯人を見ていても、良く分からなかったかもしれません。そういうことも捜索に不利だったと思います。

 全体の流れとしてはこのようなものです」


 しばし皆は黙って情報を反芻していた。

 シーズリー男爵がぼんやりした顔で、


「聞けば聞くほど不思議な状況ですね。

 聖剣が盗まれた部屋について、具体的に教えて下さいませんか。

 情報がなければ議論のしようもありません」


 独り言のように言った。


「ああ、そうですよね。繰り返すこともありますが、説明いたします。

 まず1階のコレクション室ですが、部屋の扉はかかっていました。鍵は巡回中の警備員と執事、両親が持っています。

 鉄の箱も閉まっており、巾着錠(パドロック)がかけられていました。その中の革のケースには鍵はありませんから、それは普通に開けられます。

 錠の鍵は1つしかなく、それは父が肌身離さず持っていました。もちろん事件発生直後にも父が持っていたことは確認されています。

 他の陳列物や棚に荒らされた形跡はありませんでしたが、入って右側の壁の天井に近い位置に、何ヶ所か手で擦ったような跡があったそうです」

「よくそのような跡があると分かりましたね」

「昔は暖炉を使っておりましたから、その煤が天井や壁、特に上部に堆積していたんです。それが払われて、壁に掛けた展示品や棚の上に落ちていました。昼間見た時は、絶対にそのようなものはありませんでした。

 お恥ずかしい話ですが、窓がなくて暗い上、壁紙が落ち着いた色合いなので、長年煤に気づかなかったんです」


 少し顔を赤らめながら弁解する。

 ちなみに今は、貴族や富豪の家なら暖炉に魔道具を設置して室温調節をしている。


「指紋や足跡といった痕跡は、残っていましたか?」

「クリフォス卿、なんで指紋とかマニアックな知識をご存じなんですか……? 僕も事件が起きるまで、指紋なんて知らなかったんですけど」


 コジュリーが若干引く。


「貴族の嗜みです」

「貴族の嗜みじゃ仕方ありませんね」


 今初めて聞いたけど。


「指紋とは何だね?」


 案の定知らなかった一同に、指紋とは何か説明した。

 俺たちは指紋とか嗜んでいないんだが? 


「家族や使用人以外の指紋は発見されなかったと聞いています。

 手で擦ったような壁や、煤のついた棚などにも指紋はなかったので、手袋を着けて犯行に及んだのは間違いないそうです。

 足跡についても、元々木の床で跡はつきにくいですし、家族やら偽賢者やらが何度も歩き回っていますから、何も分かりませんでした」

「職業的犯罪者であれば、指紋の知識もあるでしょうから不思議ではありません」


 クリフォス卿が1人納得し、横でシーズリーは考えにふけっている。多分考えにふけっていると思うが、単にぼーっとしているのかもしれない。


「魔術師は総じて魔力の動きに敏感です。

 魔術師たちは、屋敷でおかしな魔力の動きなどに気づきませんでしたか?」


 ぼーっとしていなかった。シーズリーが質問してきた。


「まず、僕の婚約者でもある女性魔術師ですが、さっきも申しました通り、就寝時間中は屋敷におりませんでした。

 また男性魔術師ですが、彼は屋敷に住み込みです。ただ眠りの深い性質(たち)だそうで、就寝中に少々の魔力が放たれても目覚めなかっただろうとのことです。

 不自然な魔力、つまり侵入者の魔術使用を感じたりはしませんでした」

「そう都合の良いことはありませんか……」


 表情が乏しいながらも、ちょっと残念そうである。


「夜は警備員が巡回しているとおっしゃいましたね。

 具体的に、何人がどのように巡回するのですか」


 今度はクリフォスが尋ねる。


「今は警備員は4人おりまして、夜10時から2時の前半と2時から6時までの後半で、1人ずつ持ち回りで屋敷の中を一周します。つまり、一晩で2人夜勤を行うわけです。

 ただ何時間もずっと歩き回るわけではなく、基本的に1階の詰所で起きていて、1時間ごとに巡回に出ます」


 触発されたのか、周囲の貴族や知識人たちがざわつき始めた。


「巡回の隙をついて、屋敷を動き回ることはできそうだな」

「犯人は外部の人間だと思いますか?」

「内部犯だとしたら、聖剣をどうやって外に出したのか、どこにあるのかという問題が起こる。外部犯ではないか」

「鎧戸が閉められる時に警報が鳴るが、それは無視される。このタイミングでこっそり入ってどこかへ隠れ、夜中に聖剣を盗んで朝まで待機、また鎧戸や扉が開けられる時に逃げるというのはどうだ」


 コジュリーも、その議論にはうなずいた。

 部分的には納得できるものもある。

 が、しかし。


「まず犯人は、鉄柵の結界を反応させずに侵入したことになります。

 それから、詐欺師騒ぎで警察が屋敷の捜索を行った時、すでに屋敷中の鎧戸は閉められていました。その後の早朝に再び警察がやってくるまで、鎧戸は閉められたまま、誰も出入りできませんでした。そのまま警察の現場検証と屋敷の捜索が始まりましたから、隠れ続けることもできません。

 さらに犯人は鍵のかかったコレクション室に入り、新型の巾着錠(パドロック)を外して聖剣を奪い、再び屋敷と鉄柵の結界をやり過ごして逃げたわけです。

 一体どうやったのでしょうか」

 

 難題である。

 皆、考え込んでしまった。

・リーガッタ伯爵が片眼鏡をキラリ

 アニメなんかで眼鏡キャラがよくやりますよね。

 ここぞというところで、メガネをギラリと光らせて迫力を出したり、いい感じにレンズ全体で光を反射させて目の表情を読ませなかったり。

 どうかすると、本人は微動だにしていないのに眼鏡だけ光る。光源の方が絶妙なタイミングで動いている。

 多分そういうスキルがあるんだと思う。

 リーガッタさんはモノクル伯爵なので、当然そのスキルを習得しています。

 クリフォス卿は爵位を持ってませんが、銀髪オールバック眼鏡枠として(狭い枠だ)スキル習得済み。

 彼は今、眼鏡のレンズ全体を地味に光らせてメカクレ状態になり、モブ演出に入っています。

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後書きが光ってますね! とっても限定がすぎる銀髪オールバック眼鏡枠(笑) コジュリーくんが、「イケメン濃度」なんて単語を持ち出すぐらいに美形なはずのクリフォス氏……全力でモブ演出してるんですねっ! 謎…
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