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7 逃走と盗難

「事件のあった日は、夕方から色々なことが起こりました──本当は、盗難は夜間のいずれかの時間なのですが、便宜的に前日の昼間と同じ日とします」


 コジュリーは言いながら、正面のシーズリー男爵とクリフォス卿、右横に座るオスビエル男爵、そして周囲のギャラリーを見回した。

 一同がうなずくのを確認してから、話を続ける。


「まず事件の5日前に、聖剣をタウンハウスに移動させました。


 3日前に、賢者スレイマンと自称する人物……まあ仮にスレイマン氏と呼びますが……がタウンハウスにやって来て、逗留を始めます。


 2日前と1日前は、特に動きはありません。スレイマン氏は聖剣のために警備用術式を描いています。しかし家の者は、彼の素性に対して疑問を持ち始めます。


 盗難当日。この日は兄が仕事で、夜まで外出しておりました。僕は父と共に家におりましたので、大体のことは見聞きしております。

 まず、お茶の時間が終わってから夕方、スレイマン氏が『ちょっと書店に参ります。夕食の時間には帰りますので』と言って、自分の従僕2人を連れて出かけました。

 ところが午後7時を過ぎ、夕食の時間が近くなってもスレイマン氏と従僕たちは帰って来ませんでした。

 これはいよいよ怪しいとなって、まず父は召使いに警備員の1人をつけて、王都の大きな書店に行かせます。

 それから執事に命じて裏の警察署に行かせました。スレイマン氏が本物の賢者様かどうか、ということを相談しにです。

 しばらくして執事が帰って来ます。部下を2人連れた私服の警察官も一緒です。

 警察官によると、我が家に逗留しているスレイマン氏は詐欺師である可能性が高いとのこと。事情聴取をするために、彼の帰宅を待ちます。

 そのあたりで賢者を探しにやった召使いと警備員が帰って来ました。やはりと言うべきか、スレイマン氏は見当たらなかったと言うのです。書店の者に聞いても、そのような人物は現れなかったとのこと。

 そこで召使いは下がらせて、父と僕、その警備員1人と警察官たちと共に、スレイマン氏を泊めた客室を見ました。が、そこは見事にもぬけの殻。着替えのたぐいも、来訪時に携えていたトランクもありません。

 父の許可を得て、私服の警察官の指示の元で部下が部屋の捜索を始めます。


『これは逃亡をはかったようですな。やはり問題の詐欺師である可能性が高い』


と言った警察官に、警備員が申しました。


『あの客人は、犯罪者だったのでしょうか?』


 それに父が答えます。


『ああ、説明していなかったか。お前たちには高位貴族の縁者と言ってあったが、実は賢者スレイマンという話だったのだ。だがそれも事実ではなかった。詐欺師であったのだ』

『ならば、聖剣は無事でしょうか? 確認すべきでは?』


 ……しばしの沈黙ののち、僕たちは猛ダッシュでコレクション室に向かいました。

 幸い部屋は鍵がかかったままです。中も荒らされた様子はなく、聖剣を納めた箱もありました。箱の錠もかかっています。

 念の為に父が常に持っている鍵で箱を開け、中の聖剣を確認しました。もちろん無事でした。まあ全員、とりあえずはほっとしましたね。

 それで、とりあえず元通りにコレクション室に鍵をかけ、ここは一旦封鎖しておこうという話になりました。


『幸いというべきか、この部屋には警備術式があるようですな。この部屋に窓はなく、唯一の出入り口である扉は鍵がかかります。これだけ備えがあれば安全でしょう。警報は……2つですか。完成したばかりでまだ起動させていない? なら2つの警報に魔力をこめておいて下さい。

 それからそこの君──というのは、行動を共にしていた警備員ですが──、他の警備員をここに来させなさい。そのままこちらへは戻らずに、そのまま警備室に控えて普段通りに警報に注意してくれ』 


 と私服の警察官が申しまして、警備室に行かせます。

 この部屋の床の術式に対応した警報は2つ。1つは他の警報同様吊り下げた鐘で、警備員の部屋にあるのですが、もう1つは指輪型で、父が常時嵌めています。これも鐘と同じく、術式が反応すれば振動する仕掛けです。

 何しろ聖剣を保管してある部屋の、しかも賢者スレイマンがこしらえた術式の魔道具ですからね。自分も持っておきたかったわけです。まあ後者については、偽者であることが分かったのですが」


 ワインを一口飲んで、口を湿らせる。


「それから……そうそう、そういう話をしている間に、警備室に詰めていた警備員3人が来ます。さらに騒ぎを聞きつけて来た母と侍女、魔術師2人も。えーっと、この時コレクション室の隣の広間に、両親と僕、執事、母の侍女、警備員3人、魔術師2人と警察官3人がつめかけていたわけです。廊下からは、他にも野次馬と化した他の召使いたちも覗き込んでいましたが、執事が仕事に戻るよう命じて遠ざけました。


『子爵家の皆様におかれましては繰り返しになりますが』


 と前置きし、逗留していた客人が消えたこと、世間を騒がせている詐欺師の可能性が高く、正体がバレたと見て逃げ出したのであろうことを説明、さらに何か手掛かりがないか、他に異状がないか屋敷全体を捜索させて欲しいと要請しました。

 と、そこで、タウンハウスに常駐している──つまり僕の婚約者でない方の──男性魔術師が、遠慮がちに発言しました。


『しばしお待ちください。……このコレクション室の術式は偽賢者が構築したものです。確かに完成しているように見え、また魔力をこめることもできるのですが、実際には機能しておりません。失敗作です。侵入したところで警報は発動しないのです』


 ……せっかく賢者スレイマン様に作成していただいた術式が、製作者は偽者な上に術式は失敗作。もう僕としては驚愕するやら情けないやらでしたが、仮にも貴族たる者が、使用人たちや警察の方の前でうろたえる訳にはまいりません。精々平静を装っておりました。父子爵も落ち着いたものでしたが、内心は僕と似たり寄ったりだったでしょう。

 私服警官も確認します。


『なんですと? これは問題の詐欺師が作成したのですか?』


 女性魔術師、まあ僕の婚約者なんですが、その時は仕事中だったので僕のことは無視して、警察官に説明します。


『はい、その通りでございます。こちらの同僚が──と言いながら男性魔術師を示しました──偽賢者が術式に聖剣を盗むような仕掛けを仕込んでいるかもしれないと思いつきまして、警察の方が来られる前に確認いたしましたの。

 どうやら、単純に式の構成を何ヶ所か間違えている様子。

 あの偽賢者。話術は巧みでしたが、魔術知識は二流半といったところですわね』

『うむ、その通り。あの偽物にはまんまとしてやられたものだ』


 父も初耳なのに、さも知っていた風でうなずきました。当主の威厳を示すのも大変ですね……。


『術式は当てにはならぬが害にもならぬ、差し当たって部屋の鍵を掛けておけば問題あるまい。

 あれは消して、新たに我が家の魔術師たちに描き直してもらう。それまでは他の者は部屋に入ることあいならん。

 無論、警察においてはその限りではありませんぞ。この部屋も他の場所も、存分に検分なさるが良い』


 ということで警察の捜索がひと通り行われました。

 この辺りで兄が帰宅したので事情を説明。

 銀の食器などがなくなっているのが分かったのも、この時でしたね。


『偽賢者は、この家の間取りを把握しております。いずれまた窃盗に入るやも知れません。

 屋敷を覆う結界がある上に裏手は警察署、そうそう大胆な真似はせぬとも思いますが、念の為に警備は怠らぬようになさって下さい』


 警察の者たちが引き上げた時には、もうすっかり夜も遅くなっていました。

 僕の婚約者である女性魔術師も、その後僕が馬車で家まで送りました。

 それからは、家族も色々あってくたびれておりましたので、食事を摂って今日のところは休むことにしました。夜の11時頃には、家族は3階それぞれの私室に引き上げました。召使いたちも片付けなどを終えたら就寝したようです。


 事件に気づいたのは、翌日の早朝です。

 父は偽賢者騒ぎがあったせいで、警備をどう強化するか、聖剣の展示場所を変更するべきかなど、色々考えこんでおりました。

 それが気になって、夜も明けやらぬうちに起き、コレクション室に行きました」


 コジュリーの父である子爵は、完璧主義だ。素早くそつのない仕事ぶりに繋がっているので美点ではあるのだが、一方で問題が未解決だと必要以上に気に病む側面がある。

 だから、夜明け前の暗いうちにコレクション室に向かったのだ。


「そして、念の為に鍵を開けて箱の中身を確認したところ、中にあったはずの聖剣が消えていたのです」

 

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