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6 賢者と聖剣

「賢者様は食事や雑談の折に触れ、父に学院への投資を勧めてこられたのです」

「「投資?」」


 ギャラリーから疑問の声が飛ぶ。


「はい。

『新たな勇者様の誕生をきっかけに、わが学院でも基金を創設しようと考えております。賢者基金とでもしましょうか。

 貴族や平民の資産家から投資を募ります。一部を学生の奨学金とし、残りを運用して出資者にも還元いたします。

 また私は社交界に出ることになりますが、そこで出資者の領地の産物や商品を紹介いたします。良い宣伝になることでしょう。

 ついては勇者の末裔たるハーグンシェ子爵にも、出資者としてご参加いただきたい』

 ……とまあ、このような話でした」


 一部の聞き手は感心したようにうなずいているが、大半は渋面だったり半笑いだったりと、微妙な顔をしている。


「いやあ、それはちょっと怪しいなあ〜」


 オスビエル男爵が、ピンクの髪をがしがしと掻きながら言う。


「な、何だと!? 怪しいとはどういうことかね」

「だってそうでしょう、侯爵」


 彼は振り返って、何故だか怒って顔を赤くするオヴィトリン侯爵の方に顔を向けた。


「奨学金のための基金なら既に学院にはある。大学の基金なのに投機要素が強い。資金の運用の手段が曖昧だ。

 それよりも何よりも、何で賢者様がちまちま貴族の家を一軒一軒回って営業してるんですか? そんな計画があるなら、まず世界各国の王族なり大臣級の貴族なり、もっと大金を動かせるレベルの人物に会えばいい。実際に出資するかどうかはともかく、誰でも面会して話を聞いてくれますよ。

 何せ学院は、世界最高の魔術研究と教育の場として莫大な利益を生んでいます。そして彼はその創始者であり、今や封神の英雄なんですからね!」

「何だと? つまり何を言いたいんだね君は!?」


 立ち上がって叫ぶ侯爵に対して、


「詐欺ですよ」


 ばっさりとオスビエルが断定した。


「よくある話ですよねぇ。いい儲け話があるんです。本当は秘密ですが、あなたを見込んでお話しいたします。少数の人間で利益を分配しますから、他の人には内緒ですよ……ハーグンシェ卿、その賢者様は、そんな事もおっしゃいませんでしたか?」

「は、はい、その通りです。スレイマン様と言えば、碩学(せきがく)の徒であり高潔な加護持ちの隠者、そういうイメージでしたから。家族も皆おかしいなと」

「確かに賢者スレイマンは学者だが、学院の理事長なのだぞ!? 資金繰りや営業活動もするだろう!?」


 さらに声を荒らげる侯爵に、横に座っているリーガッタ伯爵が不思議そうに声をかける。


「しかし侯爵、先ほどオスビエル男爵もおっしゃった通り、貴族の家を一軒ずつ回るというのは……侯爵、何故そのように動揺を……ま、まさか……?」

「うちの屋敷にも来たのだよ! 賢者スレイマンが! 出資の話に乗って彼に金を出したんだ!!」

「「えっ」」


 まさかの出資者登場。


「卿の言う通りの、禿頭(とくとう)の小柄な老人だ。同じ人物だよ!」

「そ、そうなんですか……。

 確かに、僕たちは他の貴族の紹介があればその人を信用します。そうやって油断させて、彼は貴族から貴族へと紹介させ、渡り歩いていたのでしょう」

「「なるほど……」」


 思わぬ繋がりに、皆が2人を交互に見る。

 オヴィトリンは、もはや顎肉と言わず全身をぷるぷるさせている。

 

「だがまだ偽者と決まったわけではない。本物のスレイマンが出資を募っている可能性があるだろう!?」

「いや……それがですね……」

 

 コジュリーは若干引きながら話を続けた。


「怪しいということで、執事に家の裏手にある警察署に相談に行かせたんです。

 そうすると、最近同様の手口の詐欺が多発しているとのこと。小柄で禿頭の60歳くらいの老人が、スレイマンと名乗って学院への出資を募っていると。実際に魔術師でもあるし、信じて出資したものの後は音沙汰なし。

 警察が以前賢者の学院に問い合わせたところ、『当学院の理事長であるスレイマンとは似ても似つかない容姿である』と回答があったそうです」

「あ〜、詐欺師で決まりだなそれ」

「な、なっ……!」


 立ち上がっていたオヴィトリンが、ドサッと椅子に座り込んだ。赤かった顔が青ざめている。そのまま倒れるんじゃないかと、コジュリーは心配になった。


「少し横になりますか? 何、大丈夫?」

「君、気付け薬とブランデーを!」


 近くの席の貴族が様子を見たり、隣のリーガッタ伯爵が給仕に言いつけたりと、しばし介抱に時間が費やされた。

 幸い興奮しただけで、大事にはならなかった。


「いや、大事ない。すまぬ、あれがまさか詐欺だったとはショックで……」

「後ほど警察に被害届を出すことをお勧めいたします。

 勇者と英雄による邪神再封印。あの出来事以降、それに関連した詐欺というものが、大陸中に広がっているそうです」


 クリフォス卿が眼鏡の位置をくいっと直しながら説明を始めた。


「例えば賢者を騙る者が、学院や神殿への寄付を募ると言って金銭を騙し取る賢者詐欺」

「「賢者詐欺」」

「あるいは勇者の係累と称する者が、勇者に会わせてやるからと言って多額の紹介料を要求する勇者詐欺ですとか」

「「勇者詐欺」」


 すごいフレーズだ。皆が口々に繰り返す。

 思わずコジュリーも呟いた。


「知りませんでした。クリフォス卿、お詳しいですね……」

「役所に勤めておりますので。うちの部署にも注意喚起が回っているのです」

「なるほど。犯罪者というのは、どんな話題でも犯罪の種にするものなのですね」


 シーズリー男爵が、驚愕している一同を尻目にのんびりと言った。悠長というか鈍感というか。

 だけど詐欺の被害者が身近にいたとは、衝撃だ。というかオヴィトリン侯爵、人のことを散々どう責任を取るつもりだとか警備はどうなっていたんだとか文句を言っておきながら、自分も詐欺に遭っているじゃないか。

 コジュリーは心優しい常識人だから言わないが。


「で、では、賢者様は実は亡くなっているという可能性が、再浮上したということですか?」


 リーガッタ伯爵が、少し上擦った声で言う。


「そ、それはどうなんでしょう……? あ、そうだ。

 シーズリー男爵は、最近まで賢者の学院に籍を置いていらしたんですよね? 何か情報をお持ちではありませんか?」


 コジュリーに言われても困る。

 苦し紛れにシーズリーに尋ねてみた。


「賢者様は長い間、半隠居状態でした。その動向は、元々周知されていませんでしたから何とも……。

 ええ、きっと彼はご無事ですよ。いずれ、何事もなくお元気な姿を見せて下さるに違いありません……」


 彼は視線を落とし、左手の結婚指輪を眺めながら答えた。言葉に反して声も表情も沈痛なものだ。


「それでハーグンシェ卿、その自称スレイマンはどうなりました?」


 が、すぐに顔を上げて、コジュリーの出した話題を断ち切った。もう元の穏やかな顔と口調だった。

 

「あ、はい。そう、皆で賢者様のことを怪しんで、警察に相談したところまででした。

 そうして詐欺の恐れが大であると、執事が警察官を数人連れて当家に戻って来たところ。

 自称賢者様とその従者たちが姿を消していたのです。

 もう少し正確に言うと、執事が家を出てすぐ、ちょっと外出すると言って出かけ、それきり帰って来なかったのです。

 後で分かりましたが、銀の食器やら置物やらがいくつか盗まれていました」

「なるほど、怪しまれていると見て、逐電したのですね。そして行き掛けの駄賃として、物を盗んでいったと」


 紅茶片手に、のんびりとシーズリーが見解を述べる。


「そういうことだろうと、警察官も言っておりました。その時は、賢者がいなくなったこと、彼が偽物であろうことことしか分かりませんでしたが。

 聖剣が盗まれたのは、この日の夜のことでした」


 オスビエル男爵がわくわくした表情で、肘掛け椅子から身を乗り出した。


「ほうほう、ついに聖剣盗難ですか!」

「それはつまり、偽賢者が聖剣を盗んで逃亡したということですかな」


 リーガッタ伯爵も背筋を伸ばす。


「私たちもそう思ったのですが、それには不自然な点が多々あるのです。

 その日の出来事を、順にお話しした方がいいでしょう」

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