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5 賢者と術式

「それでは、聖剣をタウンハウスに運び込んでからのことをお話ししましょう。

 まずは保管場所ですが、チャリティーパーティーで客人にお見せするために、1階の広間の隣のコレクション室に置くことにしました。その部屋は鍵がかかりますので」


 シーズリーが首をかしげた。


「コレクション室? 何のですか?」

「色々ですが、だいたいは武器です。古い時代の剣や盾、魔道具の武具や、当時の最新式ボウガンですとか。何代か前の当主のコレクションです。

 壁際だけでなく、部屋の真ん中にも人の背より高い展示の棚などが置いてあったりして、部屋はごちゃごちゃしています。聖剣の展示のためには多少配置を変える必要があり、どうするかを家族で考えていたところ。

 ある方のご紹介で、思わぬ客人が来られました」


 ちょっと溜めて、劇的効果を狙う。


「神より【不老】の加護を授かった賢者。

 世界初の魔術大学の創始者にして現理事長、スレイマン様です」

「「!!」」


 狙い通り、大きなどよめきが起きた。

 召使いたちでさえもが、コジュリーを二度見した。


 彼の言った通り、スレイマンとは400年近く前に、このマナアクシス王国に魔術大学を創設し、現代の魔術文明の基礎を作り上げた歴史上の偉人である。

 彼はその功績ゆえか、60歳頃に【不老】の加護を神から授かり、現在に至る。つまり300年以上加護を維持しているということで、強固な意志と高潔な人格を兼ね備えた人物であることは間違いない。

 とはいえ理事長の地位に就いてはいるものの、もう公の場に出ることはない半隠居状態。

 その外見や言動については世間には全く知られていないのが現状だった。


「賢者様だと!?」

「もう長い間、学院からは全く出ておられないという話だったが」

「邪神と相対してなおご存命であったか! なんと喜ばしい!」

「誰だそいつは」

「何とおっしゃいました、シーズリー男爵?」


 方向性の違う発言が聞こえた気がする。


「たいそう驚いたと言ったのです。

 それで、賢者様はどのような方だったのですか?

 やはり、魔術師のローブをお召しになったご老人ですか?」

「いえ、お忍びということで、貴族らしい落ち着いたジャケットにベストのレイヤード、スラックスといった服装でした。

 ご本人は小柄で禿頭、恰幅の良い(よわい)60ほどの、陽気なご老人でしたね」


 長年知られていなかったスレイマンの容姿が明らかになり、再び一同がどよめいた。


「おお、そのような方なのか」

「さすが賢者様、尊いことだ」

「全然似ていない」

「はい? シーズリー男爵?」

「いえ独り言です」


 また何か聞こえた。


「是非我が家にもお越しいただきたいものだが」

「ハーグンシェ卿、ご紹介いただけぬものか?」

「お口添えいただければ謝礼は何なりと」

「え、いや、そうおっしゃられましても」


 貴族たちが一斉に食いついてきて、あわあわしてしまう。

 ……残念ながら、こちらにも紹介できない事情があるのだが、聞いてくれる雰囲気ではない。

 そこへオスビエル男爵が、パンパンと大きく手を叩いた。

 

「はいはい皆さ〜ん! 今は盗難事件の経緯を聞いているんですよ〜! 

 賢者様への紹介を頼むのは、後にしましょうか!」


 たしなめられて、皆が正気に戻る。


「はっ、そう言えば」

「いかんいかん、また公爵夫人の勘気をこうむるところだったわい」

「残念ながら、皆様のご期待に添えることはできません。その理由はおいおいご説明することになりますが、まずは順を追っていきましょう。

 ……とある貴族からの紹介で、賢者スレイマン様が我がハーグンシェ家のタウンハウスを訪れたいと連絡が来た時は、僕たちも大いに驚愕し感激しました。もちろん2つ返事で承諾しましたよ。

 返事をした翌日の午後に、スレイマン様が我が家に来られました。従僕を2人連れただけで、身なりも上品ながら質素なたたずまいでいらっしゃいました。

 勿論お忍びであるので他言無用です。

 スレイマン様だと知っているのは子爵家の家族4人と執事、2人の魔術師だけです。他の使用人には客人とだけ説明しました。

 食事や歓談の際にも、会話の内容で身元が分からないように、使用人は下がらせた上で話をいたします。

 まずご挨拶申し上げ、大したことはありませんが家族と共に心尽くしのお茶会をいたしました。

 スレイマン様は朗らかな性格で話もお上手、お相手してこちらも大いに勉強になると感心させられたものです。

 ……ああ、皆様お聞きになりたそうですね。はい、僕たちも遠慮なく質問しましたから。復活した邪神と対峙し、いかに勝利したのか? 新たな勇者とはどのような方なのか? そして何故、こんな──と言っては何ですが、スレイマン様と何の接点もないハーグンシェ家に来られたのか? などなど。

 賢者スレイマン様は丁寧にお答え下さいました。

『残念ながら、聖域内で起こったことは口外できません。聖王国から緘口令(かんこうれい)を敷かれているのです。が、いずれ神殿から正式な発表があることでしょう。そうなれば、私の口からも詳しくお話できます。いやはや、大変だったとだけ申し上げておきますよ。

 新たな勇者様ですか。それは皆様興味深々でありましょう。はい、これも今は申せません。お披露目の日までのお楽しみですね。他の英雄たちについてもしかり。

 その勇者様ですが、現在勇者としての知識、礼儀作法、立ち振る舞いなどを鋭意勉強中のようです。いえ、邪神の再封印以降はお会いしておりませんので伝聞ですが。

 何しろ800年ぶりの勇者誕生ですから、神殿も手探り状態のようです。新たな祭日の制定、勇者誕生時の各儀式の確認と準備。長い間実行されませんでしたから、分からないことも多い。そんなこんなで時間がかかっている模様。

 しかし我々『封神の英雄』……気恥ずかしいですね、まあ私たちはやることがない。神殿のお披露目まで各自待機です。それならば、この間にわが国の王都を見て回ろうと思った次第です。

 私は300年も学院の中で隠遁生活を送ってまいりました。ですが、此度(こたび)の事件の後では、もうそれを続けることはできません。どうしても社交界に出ねばなりますまい。ですから今のうちに、外の世界を見、貴族の方々と交わっておこうと考えたのです』

 ……とまあ、このようなお答えでした」

 

「なるほど、そのような事情ですか」

「我々の推測は、概ね当たっていたようですな」


 聴衆は口々に感心したり納得の言葉を漏らす。


「賢者様からそのようなお話を聞き、また僕たちも、家宝の聖剣をお見せしたり勇者カリテュオンの逸話をお話ししたりと話は大いに弾みました。

 さて、うちのタウンハウスには現在魔術師が2人いるのですが、当然彼らも大いに興奮いたしました。どちらも賢者の学院で学んだ卒業生ですからね。

 彼らは使用人ですので直接賢者様に話しかける訳には参りませんが、是非魔術に関する見識をお聞きしたい、魔術を使ってみていただきたいなどと切望いたしまして。それは魔術師でない我々だって同じ気持ちです。

 そこでその日の夕食の際に父が、聖剣を展示する部屋に警備用の術式を設置してもらうよう、お願いしたのです」

「それはいい考えです。

 真偽のほどは定かではありませんが、賢者様は術式の構築の達人と言われていますからね」


 シーズリー男爵が言った。

 学院に通っていた割には、賢者の言動には興味が薄そうである。コジュリーの話を聴いてはいるようだが、紅茶のカップを手に、ぼんやりと周囲に視線をさまよわせていた。


「そうらしいですね。そのことは魔術師たちも熱心に語っていました。

 元々聖剣の展示のために、魔術的な警備を増やしておこうとは考えておりました。タウンハウスにも魔術師は1人常駐しておりましたが、さらに領地からもう1人連れてきたのもそのためです」

「ああ、それで魔術師が2人いるんですねぇ。なるほどなるほど。

 まぁ賢者様はお客様なんだから、本来は仕事を頼むのはおかしな話だけれど、聖剣のためとなれば断りにくいでしょうねえ」


 オスビエル男爵がうんうんとうなずいている。


「はい。最初は断られましたが、父が聖剣のためだと言って押し切りました。

 オスビエル男爵のおっしゃる通り、スレイマン様は客人ですので、滞在中に少しずつ術式を施していただく、ということで。と言っても、チャリティーパーティーの開催日までという期限はありますが。

 お忍びですので、家族と執事、それに魔術師2人以外にはそのことは言っていません。

 他の者には、客人はさる高位貴族の縁者であると説明し、警備術式については特に説明せず、部屋に入らないようにとだけ言いました」

「警備術式を敷設する部屋の大きさは?」


 シーズリー男爵が、またもマニアックな質問を飛ばしてきた。


「そうですね。それほど広くないので……扉から入って幅が3エンゲット、奥行きが4エンゲットくらいですかね。

 奥の壁の一面全体が、作り付けの飾り棚になっていまして、中央に聖剣を入れた鉄の箱を置ける大きなスペースがあります。

 普段は箱に鍵をかけ、展示の時は蓋を開けて見えるようにする予定でした。

 部屋の壁にはもちろん、中央にも背丈より高い陳列棚を並べていますので、術式はそこを除いた床一面に描いてもらい、誰かが床の上に乗ると、連動した魔道具が警報を出すようにしてもらいました」

「なるほど。ですが、その程度の広さで何日もかかりますか?」


 そこでクリフォス卿が口を挟んだ。


「かかると思います。うちの職場にも魔術師はおりますが、術式の構成を考えたり、正確な図形を専用の道具を使いながら描くのも手間がかかるそうです。部屋の床全体となると、それくらいの時間は必要です」

「なるほど分かりました」

 

 納得してもらえたようだ。


「そういうわけで、賢者様に少しずつ術式を描いていただいたのですが。

 描きかけの術式を見た魔術師たちから疑問の声が上がりました」

「「疑問?」」


 ざわざわ。


「はい。領地から連れてきた魔術師は、実は僕の婚約者なのです。最近彼女と婚約しまして」

「おや、おめでとうございます」

「これはおめでたい! せっかくだから後で何か贈らせてもらうよ!」


 話が逸れたが、とりあえず皆が口々にお祝いの言葉を述べる。

 ちなみに彼女は、いわゆる下級貴族の分家のさらに分家の……まあ要するに、結婚するか手に職をつけて自力で稼がないと経済的に立ちゆかない立場だ。だから魔術研究の最高学府である賢者の学院で学び、プロの魔術師として働いている。貴族男性ならままある話だが、女性としては珍しいパターンだった。


「まだ結婚は先なんですけど……こんな事件も起こってしまったことですし……。

 いやそれはそれとしまして、彼らの言うには。

 術式が大したことがない、それなりのクオリティだがプロの仕事としては普通だと。

 さっき申し上げた通り、2人は賢者の学院の卒業生です。賢者様自らが術式を施した鍵を見たことがあるのですが、それはもう精妙巧緻複雑怪奇であったそうです。

 それは学院内の一施設である、全寮制学校のロッカーでしたが、婚約者は『狂気的な緻密さと複雑さでもはや意味が分からない。何で生徒用ロッカーでここまでやるのか。賢者様は頭がどうかしている』と申しておりました」

「……それは賢者様を褒めているのですか?」


 胡乱(うろん)な目でシーズリー男爵が聞いてきた。


「賢者スレイマン様は、それはもうすごくて偉大な魔術師なのですよ?

 魔法威力はゴミだし大した研究実績もありませんが、術式構築とかそういう器用さだけは世界トップクラスなのですよ?

 その唯一の取り柄をけなしてしまったら、彼には他に何も残らないではありませんか」


 どさくさに紛れて、自分もけなしていないか?


「いえ、これは彼女独自の最大の賞賛なのです。実際はこの後、2人がかりで延々と賢者様の功績や術式構築の巧みさについて熱く語っています。長いので割愛しましたが」

「褒めているのですね。それなら許します」


 許された。というか許しが必要なのか。

 賢者との距離感が一瞬おかしかったが、実は熱心なファンなのか?


「えーと、それはそれとして。

 術式だけではなく、他にもおかしなことがありまして。賢者様に対する疑問が起こってきたのです」


やたら何かを匂わせてくるシーズリー男爵

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