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2 勇者の子孫と一代男爵

 そこには青年貴族が2人座っていた。前の小テーブルにはワインと軽食。1人は黒髪でもう1人は銀髪。銀髪の方が周囲の出席者を見ては黒髪に耳打ちし、黒髪はそれにうなずいたり言葉少なに答えている。出席者の説明をしているのだろう。

 銀髪の人物の方は、何度かパーティーで会って面識があった。クリフォス卿といって、どこかの役所に勤めているらしい。オールバックに眼鏡の、鋭い顔立ちの美青年である。いかにも真面目で融通が効かなさそうな無表情だが、意外に遊びや色事の話も通じる。無表情とのギャップが逆に面白い人物だ。

 黒髪の青年貴族は知らない顔だった。23才のコジュリーよりいくつか年下。20になったかならないか。まだ成人したばかりの若さだ。

 この国では珍しい漆黒の髪を、後ろで束ねて下ろしている。仕立てたばかりの服。小柄で線の細い美青年だが、物静かな雰囲気で目立たない。端然と座っているさまは、公爵家の壁際に並べられた美術品の1つのように周囲に埋没していた。

 彼の目の前には、白ワインと海老のサラダと焼き小海老の皿がある。重度の海老好きか。

 オスビエル男爵が客の間をぬって近づいて行き、いつも通りの親しげな様子で黒髪の青年に話しかけた。


「よろしいでしょうか、シーズリー男爵? 紹介したい人物がいるのですが。

 こちらの若者はハーグンシェ子爵の次男であるコジュリー君です。彼も会員ではないが、僕の招待で来てもらいました。よしなにしてやって下さい。

 コジュリー君、こちらはシーズリー男爵でいらっしゃる。隣のクリフォス卿の紹介で来られたゲストで、今日で2回、いや3回目かな? 少し話をさせてもらったけど、いや実に大した知識だ。歴史に政治、神学。だいたい何でもござれの御仁だよ。

 銀髪の彼がクリフォス卿……ああ面識があるのか、じゃあ紹介は必要ないね」


 黒髪がカトラリーを置き、コジュリーに向き直った。


「シーズリーと申します。お目にかかれて光栄です、ハーグンシェ卿」

「コジュリー・ハーグンシェと申します。お目にかかれて光栄でございます。ええと、シーズリー……?」


 聞き覚えのない家名だ。特徴的な髪色からして、外国の貴族かもしれない。

 とはいえ、まさか貴族に向かって『あなたの家名を知りません』などとは言えない。失礼にならない程度に言葉をぼかし、聞き返した。


「私は元々、学院都市ソロモーニスで、賢者の学院に籍を置いておりました。ですが、色々あって一代男爵を拝命することになりまして。諸々の手続きや今後の社交の必要もあり、先日王都に来た次第です」


 なるほど、いわゆる『金で爵位を買った』というやつだ。それにしては若いし、最近まで学生であったそうだ。おそらく父親か祖父が富豪なのだろう。一代きりの男爵位を長く保持するために、成人したばかりの子や孫を男爵にするというテクニックがあるから、それを行使したに違いない。

 周囲にいた、聞くともなく聞いていた貴族たちから失笑が漏れた。

 コジュリーは笑わなかった。主に金銭による功績をもって叙爵されるシステムは、国家が定めたものだ。何の問題もないし、こういう新興貴族は侮れない政治的経済的影響力がある。だいたいハーグンシェ家にしたところで、開祖である勇者カリテュオンは元々平民の武器職人だったのだ。


「それではしばし失礼しますよ。他の出席者たちと情報交換しないといけないのでね。では後で!」


 言うと、オスビエル男爵はさっさとコジュリーから離れて、勇者談義にいそしむ一団に合流しに行ってしまった。


「ええと……オスビエル男爵とは?」

「前回のサロンで初めてお会いしました。少し話をしましたが、色々な方との交流に熱心な方ですね」

「本当に。彼ほど顔の広い人物を僕は知りません。

 噂では、平民の芸術家の卵から外国の王族に至るまで友人知人がいるとか。

 僕とは、父が美術品の購入の際にお世話になってからのお付き合いですけれども、ここにはわりと強引に連れてこられました」

「私も前回の会合で、あの方にまた来るように強く勧められまして」

「それはそれは」


 初対面同士で、苦笑を交わし合う。

 やはり元平民だが、富豪であったのだろう。(おご)るところはないが、人に(かしず)かれることに慣れた鷹揚さがある。

 表情に乏しいが、クリフォスの鉄壁の無表情と違って、のんびりぼんやりしているような穏やかさだ。受け答えはしっかりしているので、そう見える顔立ちなのだろう。

 コジュリーは、今度はクリフォスに目を向けた。


「お久しぶりです、クリフォス卿。シーズリー男爵とは?」

「男爵が王都にいらしてから知り合いました。こちらに不案内でいらっしゃるので、私があちらこちらへお誘いしているところです」

「なるほど。男爵、すでにご存じかもしれませんが、彼は恐るべき健啖家なんですよ。好物を残しておこうものならあっという間に奪われますから、お気をつけください」

 

 もちろん冗談だ、生粋の貴族である彼はそんなことはしない。それはシーズリーも分かっていて、面白そうに微笑んだ。


「それは大変だ。久しぶりの海老は死守しないといけませんね。ソロモーニスは内陸ですから、新鮮な魚介類にはなかなかありつけないのです」


 いや、貴族位を買えるくらい富豪なんだから取り寄せることはできるだろうに。目の前にあれば食べるけど、わざわざ取り寄せるほどには食にこだわりがないということか。

 ふと彼は、シーズリーの左手に目を止めた。赤瑪瑙の嵌まった同じデザインの指輪を、薬指と小指に着けている。


「それは結婚指輪ですか? でも、同じものを小指にも……?」

「はい。大切だった……いえ今も大切な人の、形見です」


 指輪に目を落とし、穏やかに訥々(とつとつ)と語った。その声と灰色の瞳には、今は亡き人への優しさがこもっている。

 コジュリーは動揺してしまった。

 彼にも婚約者がいる。自分は今は子爵の後継者である兄の下で補佐の真似事をしているが、一人前に働けるようになれば結婚する予定だ。

 婚約者も手に職をつけていて働いている。可愛くて時々辛辣で、普段はキリッとしているけれども2人きりになると甘えたり拗ねたり。控え目に言って最高だ。

 もしも彼女が亡くなって、形見の結婚指輪を自分が嵌めることがあったら……想像したくもない。耐えられない。


「ああ、シーズリー男爵。お悔やみを申し上げます。

 男爵、いつか是非領地にお越し下さい。遥かに山並みを望み、近くには小さくも美しい湖がございます。

 そこでそのお心を、奥様の思い出と共に遊ばせて下さい。きっと奥様もお喜びになることでしょう」


 不覚にもちょっと涙ぐみながら熱心に語った。

 貴族としては、感情的であることは良くないと言われるが仕方ない。だって自分よりも年下なのに、こんなことがあっていいものか。ああどうせ俺は貴族社会を生き抜けないお人好しだよ悪いか。

 言われたシーズリー男爵は目をぱちくりさせて彼を見ていたが、ふっと柔らかく微笑んだ。


「……ありがとうございます。その優しい言葉が、何よりも私の心を暖め慰めてくださいます。

 それに今は幸い、悲しくはありません。ああ、あの時一緒にあそこへ行った、あんなことがあった。思い出すだけで懐かしく嬉しい気持ちになれるのですから」


 どこか悟ったような優しい微笑みを見て、逆にまた泣きそうになった。

 いかん。自分が泣いてどうするんだ。何か他のことを考えて……あ、聖剣が盗まれたことを思い出してしまった。別の意味で涙が出てきそう。


「あ、すいません。今ちょっと家がゴタゴタしているものですから、少し疲れていまして……」


 ごにょごにょ言い訳しながら目をこすった。

 シーズリー男爵が首をかしげた。


「ゴタゴタ?」

「ハーグンシェ家は勇者の末裔で、聖剣を家宝にしておられます」


 横からクリフォス卿が小声で補足した。


「ああ。サロンで話題になっている、あの聖剣ですか?」

「そうなんです。2日前の夜に盗難に遭いまして……」

「それは大変でしたね。皆様はご無事でしたか?」


 聖剣よりも先に家人の心配をされたのは初めてだ。


「ええ、幸いにも。ですが家宝を失って、父は憔悴しております」

「そうですか、おいたわしい……。犯人が捕まれば良いのですが」


 かぶりを振りながらシーズリーが言う。


「ハーグンシェ卿。失礼ですが、その時の防犯体制はどのようなものだったのでしょうか?

 まだ犯人は捕まっていないとのこと。ならば今後も他の貴族の屋敷で、同様の窃盗が起こるかもしれません。

 それを防ぐためにも、良ければ当時の警備や犯行の手口などお聞きしたいのですが、いかがですか?」


 クリフォス卿が横から口を出し、


「そうですね。それに犯人を探し出すお役に立てずとも、お話をされることであなたの気持ちを落ち着けることができるでしょう」


 シーズリーも同意した。


「ええ、まあ、そうですね。どのみちみなさんへの説明は必要でしたし。

 それに賊がどうやって盗んだのか、見当もつきません。もし良ければ話を聞いて、何か思いついたことを教えていただければ幸いです」

「おっ、話してくれる気になったかい?」

 

 離れて話をしていたはずのオスビエル男爵が突然距離を詰めてきて、さっさとコジュリーの隣の椅子に腰かけた。その地獄耳と素早さには若干引く。

 コジュリーはテーブルについたメンバーを見回した。

 

 ここ、俺以外全員美男子でつらいんだけど……。


「みなさ〜ん!

 ハーグンシェ子爵令息のコジュリー君が、ついに聖剣盗難の話をしてくれるそうですよ! 謹聴、謹聴!」

「おお、やっとか」

「君、ちょっと椅子をこちらに並べてくれたまえ」

「かしこまりました」

「私には濃いお茶を」

「承りました」


 たちまち出席者全員がコジュリーたちを取り囲み、給仕たちが椅子を移動させてきた。

 コジュリーも、壁を背にするシーズリー男爵たちに向かい合っていたのを、ギャラリーが視界に入るように90度ほど椅子を動かした。

 シーズリーが給仕にお茶を所望する。話を聞くために酔いを醒ますつもりのようだ。


「あ、どうぞどうぞ。皆様もご一緒して薄めて下さい」


 この場のイケメン濃度を。

 

「「薄める?」」

「いえいえ何でもありません。皆様準備はよろしいですか?

 それでは。

 これは遡ること1ヶ月、新たな勇者が誕生したことに端を発します……」


 一同の注目を浴びながら、彼は話し始めた。



・シナリオの都合でこの世界にも漆が存在することになりましたので、漆黒というワードを解禁しました


・一代きりの男爵位を長く保持するために、成人したばかりの子や孫を男爵にするというテクニック

 現実にはないだろうと思いますが、私の異世界にはあるということでよろしくお願いします

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