13 犯人と聖剣盗難
お茶を一口飲んで、シーズリー男爵は話を続けた。
「では、彼がどのようにして聖剣を盗んだかを紐解いていきましょう。
先ほど私は、この警備員を聖剣盗難の実行犯であると申しました。ですが他にも、この手口を考えた参謀や実行のフォローを行う者など、複数人からなるチームがあり、警備員はその末端の1人に過ぎなかったと思われます。
そしてその後ろには、彼らに資金を与えて盗みを命じた黒幕がおります。真の聖剣強奪犯は、この者だと言えるでしょう。
1ヶ月前、ハーグンシェ家は聖剣をタウンハウスで公開すると発表しました。普段は領地のどこにあるかも分からないほど厳重に秘蔵されている聖遺物です。黒幕はこれを千載一遇の好機とみて、この聖剣を奪おうとたくらみました。
オヴィトリン侯爵の数ある仮説の中で、唯一マシな──もとい、特に傾聴に値する発言がありましたね。
『犯人は、金も手間も惜しむまい』。
私も全く同感です。世界屈指の宝を盗むのですから、情報収集や必要な人員の調達など、様々な下準備が必要になります。黒幕は、個人かも組織かもしれませんが、それだけのコストを支払うことができました。ただの盗人ではありません。
警備員の1人を寝返らせたこともそうです。彼は脅迫か金品か、ともかく何らかの利益と引き換えに、タウンハウスの情報を黒幕に流します。そして黒幕の走狗となって、聖剣を盗む機会を窺っていました。
さて、ある日の夕方、彼は書店に客人を捜すよう命じられます。
見つけられずに帰ってくると、執事が警察官数人を連れてきていました。命じられるまま、今度は子爵親子や警察官と共に、滞在していた客人の部屋を検めます。
彼らの説明によると、客人はスレイマンを名乗る詐欺師であったとのこと。これは大事件ですね。
ここで警備員は決断します。この機に乗じて、今夜聖剣を盗もうと。
唐突に見えますが、そこには理由がありました。
屋敷に犯罪者が来た。実害はなさそうですが、これ以降は警備が変更、さらに強化されることになるでしょう。そうなれば盗める機会はいつになるか、そもそも盗めるかどうかも分からなくなります。それに、後で述べますが、この日は盗みを成功させるいくつかの条件が揃っていたのです。
警備員は、最初の布石を打ちました。
『聖剣は無事でしょうか?』
こう言ったのです」
「えっ、そう言えば……。確かに、あの時警備員がそう言いました。あのことに、意味が?」
勢い込んで尋ねるコジュリーに、シーズリーは鷹揚に微笑んでみせた。
「ええ、子爵に聖剣の確認をさせることは、計画の必須条件でした。
詐欺師が聖剣を盗んだかもしれない。この示唆に、皆さんはコレクション室に駆けつけ、聖剣を収めた箱の鍵を開けます。そして本物かどうか、テーブルに置いてハンマーで打ちました。
テーブルは、箱から見て展示物の並んだ通路を挟んだ反対側にあります。つまりテーブルに置いた聖剣を見ている間、箱に背を向ける形になります。
繊細な黄金細工が打たれてもびくともしない様は、さぞかし見ものだったでしょう。子爵もハーグンシェ卿も、警察官も、聖剣に目が釘付けです。
その間、蓋の開いた箱と巾着錠には、誰も見向きもしませんでした。
警備員を除いては。
彼は、皆さんの邪魔にならないよう後ろに控えています。位置的に、箱のごく近くに移動しても不自然ではありません。
錠は、箱の蓋に引っ掛けたままなのか箱の近くに置いていたのか、ともかく放置されていました。
彼は、それをあらかじめ用意していた別の巾着錠とすり替えたのです。
犯人一味は前もって、同じ会社の、同じか酷似したデザインの錠を購入して警備員に渡していました。子爵家の方たちは聖剣の真贋は注目なさっても、錠にはそれほどの注意を払わなかったのではありませんか、ハーグンシェ卿?」
「そ、それは……確かに。
男爵のおっしゃる通り、巾着錠は開けたまま箱の蓋に引っ掛けていました。僕たちは、錠のことは気にもとめていませんでした。そこにあるのが当然だから……。
父は聖剣を収めると、蓋をして錠を掛けました。じゃあ、あれは……」
シーズリーがうなずいた。
「それはすり替えられたものだったのです。
巾着錠は、掛けるにあたっては鍵は必要ありません。こう、カチリと掛け金を本体に嵌め込めばいいだけですから。ですから子爵の鍵を使うことはなく、別のものであることが分かりませんでした。
これで、聖剣奪取の準備が1つ整いました」
全員が息を呑んで聞き入っていた。
「このような知恵や諸々の小道具は、あらかじめ共犯から授けられていました。
次の準備は、警報の魔道具です。
幸運にも、この実行犯である警備員は、同僚を呼びに行ってそのまま詰所にとどまるよう命じられました。1人ですから、心置きなく警報に細工できます。
細工する警報は、建物を包む結界に対応したものです。ついでに彼が慎重な性質なら、コレクション室の警報も。敷地全体を包む結界と、玄関に対応する結界の警報に手をつける必要はありません。
このために彼は、『防音』の魔道具、それもできるだけ小さなものも与えられていたのです。1人きりになれるという偶然がなければ、ハーグンシェ卿のおっしゃったように、鐘が揺れるのを見られるリスクを犯して『防音』をかけるだけにするか、揺れが目立たないように針金などで鐘を固定するかしたでしょう。
まず警報である鐘に、この魔道具を発動させて結びつけます。鐘の内側の舌部分にでも紐で結びつけておけば、外から見えません。
続いて、窓から手を出して、この警報を鳴らします。鳴らすといっても、『防音』の効果で音は聞こえませんし、鐘が揺れても見ているのは実行犯の警備員1人だけです。他の誰も気づきません。
魔道具にこめられた魔力を直接抜き取ることはできませんが、発動させて空にすることはできます。鐘の術式は魔力を多く蓄積できない、鎧戸の開け閉めで鳴るたびに、魔力を込め直しているという話でしたね。枯渇させるのに時間はかからないでしょう。
これで、これ以降は窓から何を出入りさせようとも警報が鳴ることはなくなります。そして魔力の満たされた『防音』の魔道具を中に隠すことで、鐘の魔力が空になっていることを糊塗できます」
「いや、でも、後で調べたら警報には魔力が充填されていたと」
「後になって充填し直したのです。ですが今は、順を追って説明しましょう。
この日は、盗むにあたって有利な条件がいくつかあると言いました。実行犯である警備員が、夜の巡回当番に当たっていたこともその1つです。
1人きりで、屋敷の住人が寝静まっている中を歩き回ることができるのですから、これほど盗みに適したタイミングもないでしょう。しかも彼は警備員として鍵束を持っていますから、コレクション室の扉を開けられます。
段取りはこうです。
まず、合鍵で扉を開けます。足を踏み入れると警報が鳴る──と思いこんでいます──から、部屋に入らずに入り口から手を伸ばし、壁のスイッチをつけます。ランタンも持っていますが、これから行う作業はランタンの明かりでは心許ない上に、両手を使います。ですからシャッターを下ろして暗くし、廊下に置いていたと考えます。
それから『飛行』の魔道具を発動させます。これは準備するまでもなく、子爵家から装備として与えられているので問題ありません。詰所の警報は魔力を空にして沈黙させられますが、子爵がお持ちの指輪型警報はどうにもできませんからね。大人しく、宙に浮いて床の術式をやり過ごすしかありません。
ちなみに『飛行』を維持しながら明かりの魔道具を操作することはまず不可能です。プロの魔術師でも、常に維持が必要なタイプの魔術と他の魔術との併用は難しいのですから。部屋の明かりをつけてから飛行したはずです。
さて、彼は飛行しながら聖剣を収めた箱に近づこうとします。が、彼には試練が待っていました。
部屋の中央には、展示物を並べた棚が置いてあるのです。しかもそれは人の背丈より高い。ちょっと高く浮いて真上を通過する、とはいきません。最奥の壁際に行くには、一度右か左に曲がって棚を迂回しなくてはならないのです。
しかし『飛行』の魔道具は操作性が悪く、細かな方向転換には向きません。どこかにぶつかって物音を立てたり、自分が落下して床の警備術式に触れる恐れが多分にあります。
そこで彼は、まず天井近くまで浮かびました。それから片手で壁に手をつきます。体勢を安定させ、もう片方の手で魔道具を操作して、手で壁を伝いながら注意深く移動します。そうして奥の壁一面に作りつけられた飾り棚に到達しました。
ああ、ここからは両手を使いますね。『飛行』の魔道具に常に触れて魔力を通す必要がありますから、このあたりで移動から静止状態に切り替えて、口に咥えるなどした方がいいですね。そこから両手で側板や棚板をつかんで身体を支えながら、鉄の箱まで下方向に移動します。
実はここに至るまでに他の問題が生じているのですが、それは後で触れるとして、先に巾着錠の問題に移りましょう。
彼は、すり替えた錠に対応する鍵を持っていました。それで鍵を開け、鉄の箱から聖剣を取り出します。
その後、とりあえず棚に聖剣を置き、すり替えた錠前を回収して蓋を閉め、本来の子爵家の錠を箱に戻して嵌めます。これで『箱に子爵だけが鍵を持つ錠がかかっているのに、中の聖剣が消えている』という状態になります」
サロンにはシーズリーの声だけが響く。
他には咳一つ聞こえない。
「帰りも、行きと同様に天井近くまで上がり、壁に手をつきながら移動します。聖剣という荷物が増えていますが、これは鞘に紐を通す金具が2箇所ついています。頑張って紐を通して身体に結びつければ、手はふさがりません。
このようにして、彼は聖剣を持ってコレクション室を出ることができました。無事成功──と言いたいところですが、あいにく彼には、思わぬ問題が待ち構えていたのです。
煤です。壁に手をついたせいで、彼の手袋に煤が付着していたのです」
次から次へと問題が降りかかる犯人。
『なんか本来の計画より難度バリ上がってる!!
アドリブで空中飛行させられてるし!
棚をつかんで降りたりよじ登ったり!
魔道具を口に咥えて両手で作業するからヨダレめっちゃ出る!
聖剣に紐を通して身体に結びつけるのって普段なら簡単だけど、床に落とせないし、時間がかかって魔力が切れたらゲームオーバーなのプレッシャーがすごい!
よしできた帰ろう……って、口から手に持ち替えた魔道具、自分のヨダレでベトベト(T ^ T)
ていうか手に煤がついてる〜!!
床に警備術式を書いたあの詐欺師、マジで許さん!!』
やることが多くて大変ですね(´ー`)←シーズリーさん