12 犯人とその根拠
「はい? 今なんとおっしゃいました、シーズリー男爵?」
「『困りましたね』」
「いやその次です」
「『それは分かっているからいいのです』」
「それですよ! 犯人がどうやって聖剣を盗んだのか、お分かりになったんですか!?」
身を乗り出すコジュリーを、シーズリー男爵はいつもの眠そうな目で見た。
「勿論です」
「いや、そんな当然のように言われましても……。今までの仮説のように、どこか穴があるのでは?」
いささか疑わしそうに、リーガッタ伯爵が尋ねた。
「確かに、このような方法があるというだけですが、おおむね正解であろうと思います」
「そ、それは大層な自信ですな」
「お話しください! 一体誰が、どうやって!?」
「落ち着いてください、ハーグンシェ卿。順番に説明します」
シーズリーは軽く息を吸い、周りにも聞こえるように、存外よく通る声で話し始めた。
「さて、どこから始めるべきでしょうか。
そうですね。警察の調書に書かれていながら、結界や鍵の問題に紛れて話題にならなかった、あの問題からにいたしましょう。
煤のことです。
それは聖剣の置かれていた部屋、そこに残されていた壁の煤を払った跡です。痕跡からして、犯人は手で天井近くの壁を拭くように擦ったとされます。
しかし、屋敷の天井というのはかなり高い。普通に手を伸ばしても、到底届くものではありません。
では、どのようにして、そんな高いところに手で触れることができたのでしょう?」
言って、シーズリーが周囲を見回した。
みな、固唾を飲んで彼を注視している。
「『飛行』ですか。
犯人は、子爵家の警備を知悉している様子です。
前もって『飛行』の魔術なり魔道具なりを準備していたのではありませんか」
クリフォス卿が答え、シーズリーがうなずいた。
「はい。『飛行』を発動させていた際に壁に手をついた。脚立などを持ち出すより、よほど自然な経緯でしょう。『どのようにして』の答えは出ました。
では次に『何故』です。
壁に手を触れたことはさておき、何の理由があって、聖剣のある部屋で、わざわざ犯人は宙に浮く必要があったのでしょう?」
「それは……床に偽賢者の書いた警備術式があったから……ですか?」
自信なげにつぶやいたコジュリーに、生徒を褒める教師のように、シーズリーは微笑んでうなずいた。
「はい、私もそう思います。
犯人は、コレクション室の床に警備術式が書かれていることを知っていました。床の上に乗ると、警報が反応してしまいます。だから『飛行』で空中に浮いた」
「いや、お待ちください」
リーガッタが割り込む。
「別に警報対策とは限らないではありませんか? 単に、足跡を残さないためかもしれません」
「屋敷は木の床で、元々足跡が残りにくいものです。雨が降って靴が濡れるなど、跡の残る条件だったわけでもない。
足跡を残したくないからといって、まさか『飛行』のような扱いの難しい魔術で、屋敷中を飛び回るわけにはまいりません。靴を脱いで足首から先を袋にでも包んで歩いた方が、確実だし楽です」
あっさりいなされた。
そこにコジュリーが疑問を述べる。
「ですが、あの術式は失敗作でした。あの上を歩いても、警報は反応しないと魔術師たちは言っていたんですよ?」
シーズリーが大きくうなずく。
「そう。まさにそこが肝要なのです。犯人はわざわざ『飛行』を使用しました。壁の高い位置の手の跡、それが証拠です。それは、床の術式が失敗作であることを知らなかったからに他なりません。
すなわち。
犯人は、その部屋の床に警備術式があることを知っていた。
しかし、その術式が機能しないことを知らなかった。
この2つの条件を満たす者、それが犯人なのです」
理路整然とした説明に、どよめきがおきた。
「それは誰なのだ……そのような者がおったか?」
オヴィトリン侯爵がつぶやくように尋ねる。
「おりました。
この警備術式は、偽スレイマンの登場によって急遽作られたもの。存在を知る者は限られています。子爵家のご家族。執事。2人の魔術師。4人の警備員。
他の使用人は、客人の素性は知らされず、まして彼がコレクション室に術式を書いていることなど知らなかった。部屋は鍵がかけられており、使用人は掃除などで立ち入ることもありませんでした。よって術式の存在そのものを知り得ない。
次に、警備術式の欠陥を知らなかった者は誰か。
その話が出たのは、賢者スレイマンと称する者が詐欺師と分かって警察官がやって来た時です。彼がコレクション室の警備術式を起動させるよううながした時、男性魔術師がその欠陥を指摘したのです。
この時、その場にいた人物。
一般の使用人は、みな下がるよう申しつけられました。残ったのは子爵家のご家族全員。それと執事、魔術師2人、警備員が3人。
そう、警備員3人です。残る1人は警備詰所で待機しなければいけませんから。
では、この詰所にいた警備員の行動をおさらいしておきましょうか。
まずスレイマン氏が失踪した後、召使いと共に書店に彼を捜しに行きます。帰ってくると警察官が来ており、そのままハーグンシェ卿や警察官と共に屋敷の中を調べました。聖剣の無事を確認したのもこのタイミングです。
それから子爵に、状況説明のために他の警備員を呼ぶよう命じられました。彼は詰所に行き、入れ替わりに1人で詰所で警備を行います。コレクション室の術式が役に立たないと分かったのは、この後です。
この者だけが、コレクション室の床の術式の存在を知り、かつ失敗作であることを知りませんでした。
そしてその夜、午前2時までの巡回を行った、この警備員。
彼こそが、聖剣を盗んだ実行犯なのです」
沈黙。
「えっ、しかし彼は──」
「何という──」
「すぐ警察に──」
「どうして──」
皆が興奮した表情で、一斉に喋りはじめた。
再びオスビエル男爵が両手を打ち鳴らす。
「はいはい、皆さんお静かに〜!
まだ説明は終わってませんよ〜!
そうでしょう、シーズリー男爵?」
「はい。どのようにして彼が聖剣を盗んだか、その解明がありますから」
そこでクリフォス卿が片手を挙げ、発言を求める。
「恐れ入りますが、その前にお聞きしたいことがあります。
警備員たちは職務上、当然ながら情報共有に努めるはずです。
『コレクション室の術式は発動しない』と聞かされれば、後でその場にいなかった詰所の警備員にも報告するのではありませんか?」
「そう言われれば……」
感心したようにうなずくリーガッタ伯爵。
シーズリーもうなずく。
「確かにその通りです。しかし思い出してください。
その説明を受けた時、子爵は当主の威厳を示すべく平静を装っておられました。その上、さもご存じであったかのような返事をなさった。
これで、詰所から呼び出された警備員たちは、子爵も、ずっと子爵に付き従っていた警備員も、術式のことはすでに知っていたものと思い込んだのです。
その後部屋には鍵をかけられ、巡回の際も中に入らないよう命じられました。このこともあって、床の術式のことは特に申し送りする必要もなくなった……と、私は想像します。
このあたりは、後で警備員たち本人に確認すればいい話ですが」
「…………なるほど。納得いたしました」
「なんと……そこまでお考えとは……」
打てば響くような答え。
クリフォスは無表情だったが、わずかに目を見開いてシーズリーを見ている。
リーガッタは、もはや驚愕を隠さない眼差しだった。
「もう1つの根拠としましては、この警備員だけが、聖剣を盗む手段を持ち合わせていたからです。
それでは、その方法について説明いたしましょう」