11 謎と容疑者
「使用人たちの中で言えば、やはり魔術師が怪しいのではありませんか?」
リーガッタが口を開いた。
「魔術師なら、何らかの方法で結界を無効化できるでしょう?
その者は、前もって聖剣の箱やタウンハウスの鍵を複製しておくのです。そして聖剣を盗み出し、結界を通り抜けて逃げたと」
「いやそれ、僕の婚約者が犯人ってことじゃないですか!
2人いる魔術師の1人はずっと屋敷の中にいました。外に持ち出したとしたらそれはもう1人の、僕の婚約者ということになってしまいます! それは納得できませんよ」
さすがにカッとなって言い返した。
実際、コジュリーのちょっと辛辣だが素敵な婚約者は、事件の時は実家にいたのに関わらず、警察からわりと厳しい取り調べを受けているのだ。リーガッタと同じことを考えているに違いない。
リーガッタも、慌てて両手で彼の怒りを抑えるような仕草をした。
「いや、失礼の段はお詫びします。けして貴殿の婚約者を貶める意図はありません。
ですが事件の性質上、どうしても魔術師に疑いはかかります。『いかにして』を検討する過程で、婚約者の方を怪しむような発想が出てしまうことはご理解いただきたい」
申し訳なさそうに言う。
「まあ、それは分かりますが……あくまで仮定の話にして下さい」
「分かっています。
では、例えばですが、結界の術式を消したり書き換えたりは出来ませんか? 結界の外からでも内側からでも良い。
例えば柵に重ねてある結界、これは敷地の四隅に術式がある。外からこれを消して中に入り、出てから改めて術式を書き直す。どうですか?」
謝りはしたが、追求の手をゆるめない。
しかしこれにはシーズリー男爵が異を唱えた。
「それができるようでは、防犯の用をなしません。
間違いなく、術式の書き換えを防ぐ仕組みがあるはずです。
クリフォス卿、結界の仕様について捜査資料に何か記述はありますか?」
捜査資料検索装置と化したクリフォスが、聞かれる前に各種書類を漁っていた。
「ありました。
結界を構成する術式は、そのうちの1つでも書き換えないし消去されると、他の3箇所の術式が反応して警報が鳴る仕組みです。
もし術式を操作か消去するなら、警報が鳴るなかで作業をするか、全ての術式に1人ずつ魔術師がついて、通信具で連絡をとりながら全く同時に書き換える必要があります。
どちらにせよ現実的ではありません」
「魔力を抜いてはどうだ?」
今度はオヴィトリン侯爵がひらめいた。
「結界の術式は、当然ながら魔力を充填しておかなければ発動せん。だから前もって魔力を抜いておくのだ。そうすれば、人が出入りしようが警報の鳴ることはない」
「面白いお考えですが、一度充填された魔力を素早く抜き取ることはできません。
結界術式を発動させている間、込められた魔力は減っていきます。ですが大きく動く鐘はともかく、結界は鐘に情報を送るだけですから、完全に枯渇するには何時間もかかります。しかもその間、警報の鐘が鳴り続けます」
「そもそも、それは術式消去と同じことです。全ての結界術式を同時に魔力残量ゼロにしなければ、鐘の警報が鳴るはずです」
クリフォスとシーズリーのタッグに瞬殺された。
コジュリーはひらめいた。
「『防音』の魔術はどうですか? 『防音』の魔道具を鐘に仕掛けて、警報が鳴っても聞こえないようにしたんですよ」
「『防音』がかけられても、発動すれば警報の鐘は揺れます。それは見れば分かります」
クリフォスにあっさり否定された。
しかしコジュリーは諦めない。
「いや、夜中に警備員が寝ている時なら、揺れたって分からないですよね?『防音』さえ掛かっていれば。
2人いる夜勤のどちらかが犯人なんですよ。片方が仮眠をとっている隙に、巡回当番に当たっている方がこっそり仕掛けたんです」
「仮眠をとっている者が目を覚まして、鐘を見る可能性が否定できません。リスクがありませんか?」
今度はリーガッタが否定した。
この人、なんでオヴィトリン侯爵には優しくて俺には厳しいんだ? 何か俺に恨みがある?
「そんなこと、滅多に……」
「聖剣が持ち込まれてから、警備員たちは責任重大ということで若干ナーバスになっていたようです。皆、夜中に何度か目が覚めて鐘をチェックしていたとか。事件当夜もです」
生きた捜査資料検索装置ことクリフォスが、託宣のように告げた。
もはや当事者のコジュリーよりも詳しい。
「じゃあ無理なのか……。
無理というより、警備員の1人が犯人なら、鐘に細工しても、鐘が揺れるところを同僚に見られるリスクを考えるのかな……」
「やはり、聖剣は家の中にまだあるのではないか?
犯人は家の中の者であり、聖剣を盗んだ。だが屋内のどこかに隠しており、ほとぼりの冷めた頃に持ち出すのだ。これなら結界云々を考える必要はない」
「結界がどうにもならない以上、悪くない考えですな」
今度はオヴィトリンが思いつく。
リーガッタも支持した。
「さっきも申しましたが、警察も探しに探して見つかりませんでした」
「いや、実は警察も思いつかないような意表をつく場所に隠してあってだな」
「うちの魔術師2人も探知魔法を使ったんです。2人は聖剣を目で見て触ったこともありますから、探知の対象に聖剣を指定できます。ですが、屋敷にも裏庭にも地中にも、とにかくうちの敷地内に聖剣の反応はありませんでした。
いくら魔術師が容疑者だからって、2人とも犯人で2人とも嘘をついているってことはないでしょう?」
「まあ正直、その可能性もなくはないのですが……」
どこまでも魔術師犯人説を推してくるリーガッタ。
うちの可愛い婚約者ちゃんをどこまでも疑うようなら、その片眼鏡を奪ってレンズで集光してその口髭焼くぞ、とコジュリーは思った。
もちろん口には出さないし実行もしない。彼は心優しい常識人なのだ。
「分かった! 犯人は『転移』を使ったのだ!
屋敷内の共犯に転移陣を書かせ、屋敷の外と中で魔術を発動して転移する。そして聖剣を奪って再び転移。これなら結界は無視できる!」
オヴィトリンから、常識がどこかへ行った意見が飛び出した。
「えーっと、突っ込みどころ満載なんですけれど。
転移って、出発点と到着点に対応する術式を書いて、両方で同時に発動させないと移動できないじゃないですか。
まず『転移』の魔術を唱えられる魔術師は少ないですよ。いわゆる転移陣、転移の術式を書ける人はもっと少ない。1つの国に数人とかじゃないですか」
「じゃあその数人のうちの1人を連れてきたんだろう。
聖剣を盗むのだぞ? 犯人は金も手間も惜しむまい」
「そりゃ惜しまないでしょうけれども……」
犯人はどれほどの権力を持っている設定なんだ?
「屋敷に転移陣は残ってませんでしたけど。あと使用人は皆何年も勤めていて、『転移』を使える者はいないと断言できますけど」
「こんなこともあろうかと、犯人は何年も前に熟練の魔術師を使用人として潜り込ませていたのだ。そして事件の夜、こっそり転移陣を書いて盗人を呼び込み、送り出した後で陣を消す。ほら完璧だ」
「ええ……」
「流石に無理があるだろう」
ギャラリーもざわつく。
「僕も『転移』で移動したことはありますが、あれは莫大な魔力が使われます。しかも転移の瞬間、両方の魔術が共鳴して、物凄い魔力が吹き荒れます。あんなの使ったら、一般人でも気がついて目が覚めますよ」
「昼間の出来事で疲れて、皆熟睡していたんだ。眠り薬を盛られていたのかもしれん。
夜勤の警備員たちも眠らされていたが、咎められるのを恐れて起きていたと嘘をついているのだ」
オヴィトリンが粘ったが、
「屋敷の裏手は警察署です。必ず誰かが気づきますよ」
シーズリーの冷酷な突っ込みで終了した。
「じゃあ、これはどうだ。
警備員全員が犯人だった。そのうちの1人が主犯で残りが従犯か、あるいは全員が外部の犯罪者に買収されていたのだな。
このうちの誰かが聖剣を盗む。警報が鳴っても全員で無視する。
あとはシーズリー男爵の言う通り、盗んだ聖剣を外から『飛行』でやって来た魔術師に渡す。
警報の鐘は魔力が尽きるが、すぐに魔力を充填しておけばいい。どうだ!」
「全員犯人説ですか……一応結界の問題はクリアしておりますな。小生、そういう大掛かりな説は嫌いではありません」
「リーガッタ伯爵、好みの問題じゃないんですが……」
詐欺被害のダメージから立ち直ったのだろう。オヴィトリン侯爵が顎肉ぷるぷるを復活させながら熱く主張する。
そして彼のアドリブ能力が高い。突っ込みながらある意味感心するコジュリー。
正解である感じは全くしないが。
「警備員は4人もおります。それも王都にいた者と、領地にいた者が混在しています。聖剣を王都に持ち出すことが知られてからの短期間で、全員に接触して寝返らせるのは難しい。まして、1人でも買収されかけたことを主人に報告すればおしまいです。
多人数を買収するのは非現実的でしょう。相手の性格や経済状態などを調べた上で、せいぜい1人か2人に絞るのではないでしょうか」
クリフォスの冷静な発言に、聞いている者たちがうなずいた。
「では、『隷属』はどうだ。偽スレイマンが尋問でかけられたあの魔術だ。
買収ではなく『隷属』なら、誰も裏切れまい」
「……えーと」
コジュリーは隷属説の段取りを想像した。
まず『隷属』を使える魔術師をどうにかして調達する。宮廷魔術師レベルの高位魔術、しかも禁呪なので呪文構成は非公開。世界中でどれだけの人間が使えるのか知らないが、ごく少数のはずだ。
それから警備員たちがそれぞれ1人で外出したところを狙って人知れず誘拐する。『隷属』の効果範囲は接触である上に成功率が低いので、成功させるのに時間がかかるらしい。遠くからさっとかける訳にはいかない。
どこかに拉致して、『隷属』が無事成功したらリリースする。これを周囲に怪しまれない程度の短時間で済ませる。
以下、人数分繰り返し。
……無理だろう。
全員が同じことを考えたのか、一斉にかぶりを振っていた。
「『転移』説といい、大掛かりな魔術がお好きなのですね……小生、大胆な説は好きですが、流石にそれは推せません……」
リーガッタが残念そうに言った。出来ることなら推したそうだった。
あまりオヴィトリン侯爵を甘やかさないで欲しい。
「あのう、実はそれ、警察も考えたようでして。
王都の大神殿から神官長をわざわざお呼びしまして、僕たち関係者の精神が拘束されていないか調べられました。
家族も使用人も、全員『隷属』はかけられていませんでした」
「警察が本気でそんな説を検討したことに驚かされます。よほど手口が分からないのでしょう」
珍しく真顔でシーズリーが言った。何気なく、オヴィトリン説を『そんな説』呼ばわりしている。
確かに、警察がオヴィトリン侯爵と同じ説を出してしまうとは。警察が知ったらさぞかし屈辱を感じるだろう……コジュリーは思ったが、もちろん口には出さなかった。
繰り返すが、彼は心優しい常識人なのだ。
「しかし、これは困りましたね」
「ええ。本当に、どうやって聖剣が盗まれたのか……」
「いえ、それは分かっているからいいのです」
……全員が、発言者──ぽやっとした顔のシーズリー一代男爵を二度見した。