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79 新しい始まり

「あぁ~大丈夫かしら! 心配だわ……」


 かつかつと落ち着きなく屋敷内を歩き回るシュゼットに、同行していたレアがくすりと笑う。


「大丈夫ですよ奥様。もう十二回も確認したじゃないですか」

「でも心配なのよ……。あっ、この絵とかほんのちょっと傾いてない?」

「奥様の目の錯覚ですよ。ちゃんとまっすぐです」


 神経質にあちこちを見回すシュゼットに、レアは微笑まし気に目を細める。


「ふふ、本当に……こんなに屋敷が明るく見えたのは久しぶりです」

「いろいろいじってしまったけど大丈夫かしら……」

「問題ありません! だって、今は奥様がこの屋敷の女主人なのですから!」


 その言葉に、シュゼットは照れたように頬を染める。

 初めてこの屋敷に来た時、綺麗だが寂しい場所だと感じた。

 それは間違いじゃない。

 あの時はまだ、屋敷も使用人も喪に服していたのだろう。

 シュゼットは正式にユベールの婚約者……いずれは妻になることを決めた。

 契約妻ではなく、本当の妻に。

 そのことをレアに伝えた時、彼女が提案したのが侯爵邸の模様替えだった。


「この際ですから、奥様の色に染めちゃいましょう!」


 元々、今までシュゼットが免除されていただけで基本的に屋敷の管理は女主人の仕事だ。

 どこかもの寂しい雰囲気を一掃するためにも、がらっと変えてしまえと言うのがレアの意見だった。


「でも、いいのかしら。……これは、先代の侯爵夫妻が遺したものでしょう?」

「もちろん、遺すべきところは遺します。そして、変えるべきところは変えましょう。……私たちも、そういう時期に来ているんだと思います」


 そう言ってくれたレアに、シュゼットは大きく頷いた。

 今でもこの屋敷やここの人々は、一年前の悲しい事故に捕らわれている。

 全てを忘れるわけじゃない。

 きちんと記憶に残したまま、前に進むことも必要なのだろう。

 そのためには、目に見えるところから変えていくのがいいのかもしれない。


「……そうね! 頼りにしてるわ、レア」

「はい、奥様!」


 そうして、シュゼットは少しずつ侯爵邸を変えていった。

 廊下にはコレットと一緒に庭園で摘んだ花を飾った。

 カーテンの色は、アロイスの好みを取り入れた。

 絨毯についてユベールに相談したら、彼が呼び寄せた各地の商人が屋敷に押しかけて大変なことにもなった。

 そうしてかなり屋敷内の雰囲気が変わった今、先代の侯爵夫妻が亡くなってから初めて、この屋敷でパーティーが開かれることとなった。

 何か不備があればシュゼットの責任だ。

 ということで何度も何度も不備がないかの確認をしているのだが、どうしても不安になってしまう。


「あ~大丈夫かしら……。最初の挨拶で詰まったらどうしよう……」

「大丈夫です奥様! 五十回は練習したじゃないですか!」

「でも――」

「奥様、ここにいらっしゃったのですか」


 その時、はきはきとした声が聞こえシュゼットとイレーヌは同時に背筋を正す。

 見れば、メイド長のイレーヌが早足でこちらへやってくるではないか。


「そろそろお客様をお迎えする時間です。エントランスへお向かいください」

「あ、もうそんな時間。……わかったわ」


 まだまだ不安は尽きないが、お客様をお待たせするという大ポカをやらかすわけにはいかない。

 シュゼットがイレーヌに続いて足を進めようとしたところ、さらなる乱入者が現れた。


「シュゼット、ここにいましたか」

「ユベール閣下」


 やって来たのは侯爵邸の主――ユベールだ。

 今日の彼はいつもより心なしか華やかな装いをしている。

 どういうわけか「あなたが選んでください」と言われ、シュゼットが冷や汗をかきながら選んだ衣装だ。

 シュゼットとしては変じゃないか、浮いてはいないかと気が気じゃないのだが、当のユベールはまったく気にしていないようだ。


「今からエントランスへ向かうところです」

「そうですか……。イレーヌ、レア」


 ユベールに声をかけられた二人は、少し驚いたように目を瞬かせた。


「少しだけ、シュゼットと二人にしてもらえないか」


 その言葉に、イレーヌとレアは正反対の反応を見せた。

 イレーヌは少し苛立ったように眉間にしわを寄せ、レアは「これは一大事!」とばかりに表情を輝かせたのだ。


「……僭越ですが旦那様。そろそろお客様が到着なさる時間です。旦那様も奥様もお迎えにあがらないとなると、アッシュヴィル家の品位が疑われます」

「あぁ、わかっている。そんなに時間は取らせない。すぐに行く」

「ですが――」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。お客様がいらっしゃる兆候がありましたらすぐにお知らせに参りますので!」


 渋るイレーヌの背を押すようにして、レアは「くふふ」と笑いながら去っていく。

 残されたのは、シュゼットとユベールの二人だけだ。


「今日のドレス、よくお似合いですよ」

「あ、ありがとうございます……」


 ストレートに褒められ、シュゼットはらしくもなくもじもじしてしまう。

 彼と本当の夫婦になると決めてから、今まで「どうせお世辞でしょ」と聞き流してきた言葉にもどきどきしてしまうのだ。


「いよいよ、今日はあなたの『侯爵夫人』としての……そして、新たな侯爵家のお披露目日です」

「うっ、プレッシャーが……」

「そう気を張ることはありませんよ。……僕がついていますから」


 そう言って、ユベールは微笑む。

 最初に出会った時のような冷笑じゃない。

 心からこちらを気遣う、優しい微笑みだ。


「でも、心配なんです。やっぱり私なんかに侯爵夫人が務まるのかと考えると……」

「……一般的に、結婚前の半年間を夫の屋敷で過ごすのは、相手の家の慣習を覚えるためだと言われています。その点、この家では継ぐべき特殊な慣習はありません。僕も、見よう見真似で『侯爵』をやっているだけですから」


 ユベールの口からそんな言葉が出てきて、シュゼットは驚いてしまった。

 だって、シュゼットからは完璧に「侯爵」として振舞っているように見えたのだから。


「だから……その、うまく言えませんが、あなたはあなたらしくしているのが一番かと」


 肝心なところで照れたようにそう口にするユベールに、シュゼットはくすりと笑った。


「うふふ。その言葉、後悔しないでくださいね」


 こうなったら、思うようにやってみよう。

 今のユベールが望んでいるのは「侯爵夫人役を務める女性」ではなく「シュゼット自身」なのだから。


「奥様! 道の向こうに馬車が見えました!」

「わかった! 今行くわ!!」


 階下からレアの声が聞こえ、シュゼットとユベールは慌ててエントランスへと急ぐ。

 どうやら最初のお客様がやって来たようだ。

 エントランスでは既にアロイスとコレットも待っていた。

 二人を伴い屋敷の玄関前へと出ると、ちょうど馬車が到着したようだった。

 頭の中で挨拶の言葉を反芻するシュゼットの前で、馬車から降りてきたのは――。


「まぁシュゼット! 立派になって……!!」

「元気そうで安心したよ、シュゼット」

「へぇ、ほんとに侯爵夫人みたいに見えるじゃん」

「シュゼット姉様きれ~い!」

「お姫様みたい!」


 両親に弟のロジェ、それに妹のファニーとソニア。

 そこにいたのは、シュゼットの生家であるマリシェール家の面々だったのだ。


「みんな!?」


 シュゼットは驚きのあまり、用意していた挨拶の言葉が吹っ飛んでしまった。

 マリシェール家は確かに貴族の端くれだが、とてもアッシュヴィル家のような高位貴族のパーティーに招かれるような家柄ではない。

 当然、今回だって招待客のリストからは外れているはずなのに……。


「僕が招待しました」


 しれっとそう口にしたのはユベールだ。


「えぇっ!? ユベール閣下が!? なんで!?」

「今回のパーティーはアッシュヴィル家の再出発を象徴するものです。未来の侯爵夫人たるあなたの家族を呼ぶのは当然でしょう?」

「っ……!」


 してやったり、という顔をするユベールに、シュゼットは胸がいっぱいになってしまった。


 ……嬉しかった。

 彼がシュゼットのことを「ただの契約妻」ではなく、きちんと未来の侯爵夫人として大切にしてくれることが。


「わぁ~あなたのドレスとってもきれい!」

「お姫様だ~」

「あ、ありがとう……。あの、向こうでいっしょに遊ばない?」

「「うん!」」


 コレットは緊張気味にシュゼットの妹たちと話している。

 その微笑ましい光景に、シュゼットは思わず笑みをこぼしてしまった。


「えっ、マリシェールってあの論文を書いた!? シュゼットの弟だったのかよ!」

「へぇ、そこまでチェックしてるなんてやるね、君」


 アロイスとシュゼットの弟であるロジェは何やら小難しそうな会話を交わしている。

 ここに首を突っ込んでもついていけなさそうね……と悟ったシュゼットは、おとなしく静観することにした。


「それにしても本当に素敵なところね……」

「中へどうぞ。ご案内いたします」

「まぁ!」


 ユベールに声をかけられた母はすっかり舞い上がっている。

 最初にシュゼットに縁談が来た時「死神侯爵なんて恐ろしい人物に決まってるわ!」と騒いでいたのとは大違いだ。


(これが、私たちの新しい始まりね)


 紆余曲折あったが、きっとすべては今日に繋がっていたのだ。

 最初のお客様は意外だったが、今日はシュゼットの未来の侯爵夫人としての大舞台。

 大きく息を吸い、シュゼットは歩き出した。

これにて完結です! 

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

本作についてはす~ぱ~火力先生の描かれるコミカライズも連載中です。

シュゼットやユベール、兄妹二人もとても生き生きと描いてくださっているので、是非そちらもチェックしてみてください!


また、新作投稿も始めました。


「祖国滅亡の未来を視てしまった王女は、運命改変のため冷酷皇子の妃を目指します!」

( https://ncode.syosetu.com/n9619jn/ )


しばらく連続投稿予定ですので、是非こちらも読んで頂けると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] セリーヌ嬢放置? 監禁の実行犯で殺人幇助なのに野放しにするのやばくないてますか?口封じに来るかもしれないのに
[良い点] 面白かったです!アロイスとコレットかわいい! [気になる点] 最初に閉じ込めた人は何かお咎めはあったのでしょうか? 脅されたとしても従うのが悪いと思ったので...
[一言] 彼女の家族が招待されてこれでようやく本当のスタートライン。 文字通り人生山あり谷ありですがこれからは緩やかなのぼり坂が続くといいですね。 連載完結おめでとうございます。
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