76 最後の真実だけは、秘密にしましょう
「……約束してください、閣下。私には本当のことを話してくださるって」
そう声をかけると、ユベールはわずかに頷いた。
「あなたが『死神侯爵』と呼ばれるようになったのは、火事の調査報告で何らかの事実をもみ消したからだった」
そう口にした途端、ユベールの体がぴくりと動く。
「……そこまでして、いったい何を隠し通したかったのですか?」
やはり彼が身内を殺したのではないかと恐れた日もあった。
だが、今は違う。
彼は「死神」と称されるような冷酷な人間ではない。
だから……たとえどんな真実が告げられようとも、受け止める覚悟はできている。
ユベールは逡巡した様子を見せたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……このことだけは、絶対に子どもたちに知られたくなかったんです」
弱弱しく告げられた言葉に、シュゼットはごくりと息をのむ。
アロイスとコレットには絶対に知られたくなかった事実。
それは――。
「……火事の後、建物は崩壊しました。ですが、その後の調査で奇跡的に火元及び火事の原因が特定されたんです」
「えっ!?」
シュゼットは驚いた。
対外的には、あの火事は「原因不明」とされているからだ。
……ならば、ユベールが隠し通したかったことは――。
「……火元は兄さんの部屋でした。彼はよく煙草を吸っていた。おそらくは、それが原因だったのでしょう」
「っ……!」
鉛を飲み込んだかのような重く苦しい感覚がシュゼットを襲う。
(だから、言えなかったんだ……)
アロイスとコレット。
一気に二人の両親と祖父母を失くしたあの火事の原因が、まさか二人の父親にあったなんて。
たとえシュゼットがユベールの立場でも、言えるわけがなかった。
「……兄さんがあの場に残ったのは自責の念もあったのでしょう。きっと彼は火事の原因が自分にあることを知っていた。だから、義姉さんを置いてはいけなかったのだと思います」
「その事実を知っている人は……」
「火事の調査に関わったわずかな者。それに僕だけです。報告書が上に回る前に金を積んで改ざんさせましたから」
シュゼットにはユベールの行動を責めることはできなかった。
だって、あの小さな子どもたちにとってあまりに残酷な真実だ。
もしも事実が世間に明るみになってしまったら、あの二人がどんな目で見られるのか……。
考えただけでも寒気がするようだった。
「死神と呼ばれようとも、兄の名誉と二人の未来を守れるのならそれでよかった。……なんて、とんだ思い上がりだとあなたと会って思い知らされました。二人との対話を恐れていた僕は、あなたに直談判されるまで使用人の横暴に気づいてさえいなかった」
ユベールの自身を責めるような声に、シュゼットの心も痛む。
あの頃、シュゼットはユベールのことをとんでもない男だと思っていた。
ずっと二人の境遇を放置していたのも、興味がないからだと。
無責任で心無い人物だと、そんな風に思ってさえいた。
(でも、違ったんだわ)
彼はずっと恐れていたのだ。
純真な子供たちが真実を知ってしまうのを。
自身の取った行動を、決断を、糾弾されるのではないかと。
(ある意味、この人は誰よりも人間らしいのかもしれない)
シュゼットはそっとユベールの手を取る。
驚いたように顔を上げるユベールに、シュゼットは微笑んだ。
「大丈夫です。まだ間に合います」
今ならまだ、やり直せる。
複雑に絡んでしまった糸を、ほどくことだってできるはずだ。
「何度も言いますが、アロイスとコレットは賢い子です。……お兄さんのことも、ユベール閣下の決断も、時間は必要かもしれないけど受け入れられるはずです」
「ですが……」
「……最後の真実だけは、秘密にしましょう」
そう言って、シュゼットはユベールの手を強く握った。
「火事の原因は不明のまま。私も秘密は墓場まで持っていきます。……絶対に」
ユベールもシュゼットの言いたいことを察したのだろう。
……火事の本当の原因だけは伏せたまま、アロイスとコレットの二人に真実を話すべきだと。
「大丈夫、私がついていますから」
ユベールは少しだけ迷ったようなそぶりを見せたが、それでも頷いてくれた。
(きっと……これで前に進めるようになるわ)
ある意味、この屋敷の時間は一年前から止まっていたのかもしれない。
少し遅くなってしまったが、シュゼットも加えた四人で再出発ができるだろう。