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75 だって、彼は泣くのが下手だから

「……最後に出てきた僕は、当然疑われました。地位や財産が目当てで親族を殺したのではないかと」


 ユベールは淡々とそう語る。

 シュゼットは彼の壮絶な過去に、何と言っていいのかわからなかった。


「でも、あなたは……」


 かすれた声で、言葉を絞り出す。

 うまく言葉にまとまらない。でも、ユベールに聞かなければならないことがある。


「あなたは、家族を殺したわけじゃなかった。ご両親や兄夫婦がなくなったのは、事故だったんじゃないですか! だったら、どうして釈明しないんですか!?」


 状況からしてユベールが疑われるのはわかる。

 だが、彼は無罪なのだ。

 何故「死神」と謗りを受けるのに甘んじているのか。

 そんな憤りを込めてシュゼットが問いかけると、ユベールは苦い表情をした。


「……見殺しにしたのと同じです。僕がもっと説得すれば、最悪殴ってでも、引きずってでも、あの場から連れ出せば今も兄さんは生きていたかもしれない。でも……それができなかった」


 ユベールの痛々しい吐露に、シュゼットは思わず唇を噛んだ。


(この人は冷酷なんじゃない。むしろ……優しすぎるんだ)


 彼が侯爵家のことを一番に考えていたのなら、次期当主である兄を何としてでも連れ帰っただろう。

 だが、彼はそうしなかった。できなかったのだ。

 兄自身の「最後まで妻の傍にいたい」という意志を尊重したために。

 そして、自分一人ですべての罪を背負おうとしている。

 その痛々しいまでの自己犠牲精神は、シュゼットには彼の「優しさ」だと感じられた。


「……あの子たちには言えなかったんです。本当のことを話してしまったら、父親に見捨てられたと思ってしまうのではないかと……。あるいは兄さんのことを恨むかもしれない。それならば、僕は恨んでくれた方がよほどいい」

「だから……あならはアロイスに『自分が兄を殺した』なんて言ったんですか」

「……僕が兄さんを見殺しにしたのは事実ですから」

「そんなのっ……!」


 気づけば、シュゼットの目からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていた。

 それに気づいたユベールがぎょっとした顔をになる。


「な、なんであなたが泣くんですか……」

「閣下が泣かないからです! 本当は泣きたいくせに!!」

「……泣いたってなんの解決にもなりません。むしろ相手に弱みを見せることに――」

「あぁもう!」


 衝動のままに、シュゼットは立ち上がる。

 そしてユベールの目の前まで移動すると、力いっぱい彼の体を抱きしめた。


「こういう時くらい弱みを見せてくれたっていいじゃないですか……!」


 弱っている時こそ、寄り添いたい。

 ほんの少しでも、彼の抱えるものを分けてほしい。


「私はあなたの婚約者、パートナーですよ!? いつでも頼ってもらっていいんですから!」


 そうぶちまけると、ユベールは驚いたように目を見開く。

 そして、どうしていいのかわからず彷徨っていた彼の手が……おそるおそるシュゼットの背に触れる。


「……すみません。こういうのは慣れていなくて」

「じゃあ慣れてください」

「あなたも無茶を言う……」


 ユベールの額が、シュゼットの肩口に押し付けられる。

 ……きっと、泣いてはいないだろう。

 だって、彼は泣くのが下手だから。

 こういう時にきちんと泣いてもらえるような関係を、これから築いていきたいとシュゼットは切実にそう思った。


「……あなたは本当に変わった人間だ」

「誉め言葉ですよね? それ」

「……そうですよ」


 ユベールが顔を上げ、まっすぐにシュゼットを見つめる。


「これからも、あなたは僕の傍にいてくれると思っていいんですか」

「当たり前じゃないですか。だって、そういう契約ですし」

「……契約がなかったら傍にいてくれないんですか」


 少し不満そうにそう零すユベールに、シュゼットはくすりと笑う。


「ふふっ、それはどうでしょう。あんまり閣下が他人行儀だと他に目移りしちゃうかもしれませんね」

 この場の空気を和らげようと、シュゼットはわざとおどけてそう口にする。


 だがユベールはその途端、むっとしたように表情を歪める。


「……それは困ります」


 今度はユベールの方から、しっかりとシュゼットを抱きしめてくれた。

 こうしているとなんだか本当に恋人同士のようで、今更ながらにシュゼットはどきどきしてしまう。


「……外に恋人や愛人を作っていいと言った件は撤回します。禁止です」

「私、これから一生恋愛禁止ですか?」

「…………目の前にいる男では不満ですか」


 なんとも回りくどい言葉に、シュゼットはくすりと笑う。


「それはこれからのあなた次第ですね」


 ユベールがひとりで罪を背負おうとし、アロイスやコレットとうまくいかなかったように。

 シュゼットはユベールに寄りかかるだけの存在にはなりたくなかった。


(あなたが私にちゃんと弱い部分を見せてくれるのなら、受け止める準備はできてしますから)


 だから、きっともう少しだ。

 二人が本当の婚約者、そして夫婦になるまでの時間は。


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― 新着の感想 ―
[一言] 泣くんだが………不器用すぎるだろ…… 子供たちが憎まないために自分を憎ませるなんて あんまりじゃないか…奥様を最後まで愛してたでいいだろ… 隠される方が傷つくこともあるだろ…家族にとって大事…
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