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7 やってきました侯爵邸

 約束の日、シュゼットはユベールが迎えによこした馬車に乗り侯爵邸へと向かっていた。

 本来ならお付きのメイドの一人や二人が付き従うことになっているらしいが……マリシェール子爵家の使用人は家事全般を請け負ってくれるマノン一人のみ。

 そのマノンを連れて行けば、マリシェール家は生活が成り立たなくなってしまう。

 ということでユベールに相談したところ「それについてはこちらで用意するので問題ありません」とのおおらかな回答を貰えた。

 本当にシュゼットは、この身一つで死神の邸宅に乗り込むことになるのだ。


 ぼんやりと窓の外の景色を眺めていると、やがて道の先に荘厳な門構えとその向こうにそびえたつ邸宅が姿を現す。

 アッシュヴィル侯爵邸――こうして訪れるのは初めてだが、想像以上に立派な屋敷の姿にシュゼットは思わず息をのむ。


(わぁ……さすがは名高いアッシュヴィル家……)


 アッシュヴィル侯爵家は、国内でも随一の貿易港を所有している。

 通行税、船舶税、市場税、関税……きっとものすごい額が転がり込んでくることだろう。

 間違いなく、国内有数の富豪であるのだ。

 そのため王家ですらアッシュヴィル侯爵家の機嫌を損ねることはできないと噂されているとか……。

 ……ユベールに関して身内殺しという真偽不明の噂がまとわりつくのも、それだけ手に入れたものが多く、皆がやっかんでいるのだろう。


 そんなことを考えながら、シュゼットは屋敷へと足を踏み入れる。

 古代の神殿を模した門を抜け、たどり着いたエントランスでシュゼットは大きく息を吐いた。

 磨き抜かれた大理石の床にはぼんやりとシュゼットの姿が映っている。

 何もかもが美しく洗練され、調和のとれた空間だ。だが――。


(なぜかしら。まるで、伽藍洞みたい……)


 初めて出会った時、ユベールの瞳を見てまるでガラス玉のようだと感じた。

 それと同じだ。美しいが……どこか空虚で寂しく感じられる。

 こんな立派な屋敷になど足を踏み入れたことはないので、案外どこもこんな感じなのだろうか。

 それとも、家族と別れ実家を出たばかりの感傷が、そう思わせるのだろうか。

 通された応接間でそんなことを考えると、ほどなくしてユベールがやって来る。


「無事に到着したようで何よりです。僕はこれから仕事に戻りますので、何かありましたら侍女に申し付けてください」


 とても未来の花嫁を迎え入れたとは思えない、きわめて事務的な言葉だ。

 だが使用人も動じた様子はない。

 どうやらシュゼットがユベールに愛された花嫁でない――ありていに言えば「雇われ妻」であることは、既に周知されているらしい。


(まぁ、それなら好都合ね)


 少しだけほっとして、シュゼットは口を開く。


「あの、侯爵閣下。何か差し迫って私がやるべきことなどは――」

「ありません。どうぞ、ご自由になさってください。必要なものがあれば使用人に用意させましょう。ただ……」


 ユベールはそこで初めて言葉を切り、少しだけ表情を歪めた。

 それは、シュゼットが初めて目にした、彼の人間らしい部分なのかもしれなかった。


「……この屋敷には本館の他に別館が存在します。あまり、そちらには近づかない方がよろしいかと」

「理由を、お伺いしても?」

「あなたが気にする必要はありません」


 ぴしゃりと拒否され、シュゼットは口をつぐむ。

 どうも彼はその話に触れてほしくはないらしい。ならば、わざわざ地雷を踏みに行くこともないだろう。


(……案外、屋敷に愛人を囲っていたりするのかしら)


 それなら別に、そうと言ってくれればいいのに。

 シュゼットは別にユベールを恋い慕っているわけではない。

 彼が女性を囲っていようと、邪魔するつもりなど毛頭ないというのに。


「……わかりました。ご丁寧に感謝いたします」


 そう言って微笑むと、ユベールはすぐに興味をなくしたかのようにシュゼットから視線を外す。


「それでは、仕事に戻らせていただきます」


 それだけ言うと、ユベールはこちらを振り返ることなく部屋を出ていく。

 完全に扉が閉まり、シュゼットはようやく詰めていた息を吐きだすことができた。


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