68 聞くべき言葉
「まぁ、亡くなられた先代侯爵の御令息の忘れ形見だなんて……可哀そうに……」
結局、アロイスとコレットはシュゼットの傍から離れず、メラニーを交えてのティータイムとなってしまった。
下手に二人の正体を隠し立てしても、メラニーが変な勘繰りを入れてとんでもないことを仕出かすかもしれない。
そう考えたシュゼットが「二人は亡くなられたユベールの兄の忘れ形見である」と正直に話すと、メラニーは声を震わせ目元を押さえていた。
何も知らない者が見れば、「なんと心優しい御方だろうか……」と感激したかもしれない。
だがシュゼットにはしらじらしいとしか思えなかったし、アロイスとコレットも疑うような目つきで大げさに肩を震わせるメラニーを眺めている。
「私にできることがあったら何でもおっしゃってね。是非、あなたたちの力になりたいわ」
「じゃあさっさと帰れよ」
「こら、アロイス……!」
相も変わらず塩対応なアロイスに、シュゼットは焦ってしまった。
「お客様になんてこと言うの!」
「いきなり押しかけてくる奴を俺は客だと認めない。『なにかできることがあったら』なんて言う前に常識を身に着け直せよ」
そのはっきりとした態度に、シュゼットは呆れるべきか感心するべきなのかわからなくなってしまった。
アロイスの態度は褒められたものではないが、アッシュヴィル侯爵家の跡継ぎたるものこのくらい強気な方がいいのかもしれない。
……もっとも、この状況ではもっと穏便に発言してほしかったのも確かだが。
「…………そう」
先ほどまでの慈愛に満ちた表情から一変して、メラニーの視線がすっと冷たくなる。
「……今は、シュゼットがこの子たちの面倒を見てるの?」
「え、えぇ……もちろん私だけじゃなく、使用人の皆の力を借りてるけど……」
シュゼットがそう言うと、メラニーはふっと笑った。
「私が侯爵家の方針に口出しするべきではないとわかっているけど……もう少し、きちんと躾をするべきなのではないかしら」
シュゼットはひゅっと息をのむ。
それは、あからさまにこちらを嘲るような言葉だった。
「ご家族が亡くなられて荒んでいるのはよくわかるわ。でも、だからこそ……あなたがなんとかしてあげなきゃ。アッシュヴィル侯爵の婚約者なのに、こんな体たらくでどうするの」
メラニーの言葉の一つ一つが、シュゼットの心に突き刺さるようだった。
……過去のことはもういい。
ニコルを奪われたことだって、騙され悪評をばらまかれたことだって、気にしないようにしているつもりだった。
だが、今の侯爵家でのシュゼットのことをチクチクと言われると……思いのほか、ショックを受けてしまうものだと思い知る。
黙り込んだシュゼットに、メラニーは「してやったり」とでもいうように余裕の笑みを浮かべた。
「本当にあなたのそういうところは変わってないのね、シュゼット。そんな風で侯爵夫人が務まるの? 全然ダメじゃない。侯爵閣下だって愛想を尽かすわよ」
メラニーに陥れられたあの日の光景が脳裏にフラッシュバックする。
結局、シュゼットでは駄目なのだろうか。
普段は胸の奥底に沈んでいる、そんな考えが心を覆っていく。
そんなシュゼットの心を見透かしたかのように、メラニーはうっそりと笑う。
「だから、私が――」
だがメラニーが続く言葉を紡ごうとしたとき、必死な声がその場の空気を切り裂いた。
「ちがうもん! シュゼットは駄目じゃないもん!!」
見れば、先ほどまでおどおどと兄の陰に隠れていたはずのコレットが、目に涙をいっぱいためてメラニーを睨んでいるではないか。
メラニーも驚いただろうが、それ以上にシュゼットは衝撃を受けていた。
コレットはおとなしくほんわかした雰囲気の少女で、このように初対面の相手に激情をぶつける場面など初めて見たからだ。
「シュゼットはわたしとおにいさまのことを助けてくれたもん! またおいしいお菓子を食べられるようにしてくれたし、好きな本だって読めるようになったもん!」
涙目で必死にそう訴えるコレットの姿に、シュゼットの胸は熱くなる。
……そうだ。メラニーなんて何も知らない外部の人間の言葉に、何を不安になることがあるというのだろう。
シュゼットが聞くべきなのはメラニーの戯言ではなく、コレットやアロイスの言葉の方だ。
だがシュゼットが口を挟もうとしたとき、コレットはとんでもないことを言い出した。
「それに……おじさまだってシュゼットのこと大好きだもん! 愛想尽かしたりしないもん!」
「ちょっ、コレット……!」
シュゼットは焦った。
コレットのいう「おじさま」とはここアッシュヴィル家の主――ユベールのことだ。
ユベールは確かにシュゼットのことをある程度は評価してくれているだろうが、「大好き」なんて言うのは明らかに語弊がある。
だが、コレットは止まらない。