67 あんたこそ誰だよ、不審者
(いや、落ち着いて。あのメラニーよ? 本心だと思わない方がいいわ……)
シュゼットは一度彼女に騙された身。
今のしおらしい態度を、そのまま彼女の本意だと受け取るほど学習能力がないわけではなかった。
(ここで、追い返せば……)
果たして、丸く収まるのだろうか。
わざわざ侯爵邸まで押しかけて来た彼女のことだ。
一度追い返したところで、おとなしく諦めるとは思わなかった。
シュゼットはちらりと先ほどまでメラニーの相手をしていた使用人の様子を伺う。
侯爵邸の使用人らしく取り澄ました表情をしているが、それでもにじみ出る疲労を隠しきれてはいなかった。
(ここでメラニーを追い返せば、きっとまたこの繰り返しだ……)
彼女は諦めずに何度も何度もここへ押しかけてくるだろう。
……「私はシュゼットの親友だ」と主張をして。
そんなことが続けば、屋敷内でシュゼットの立場が揺らいでしまう危険性もある。
それに何より、使用人にいらぬ心労をかけたくはなかった。
(元はと言えば私が招いたことだもの。私がちゃんと始末をつけなきゃ)
シュゼットはぎゅっとこぶしを握り、メラニーと視線を合わせる。
「……わかったわ。話をしましょう」
シュゼットがそう告げた途端、ぱぁっとメラニーの顔が輝く。
「やったぁ! シュゼットならそう言ってくれると思ってたのよ!」
まさかシュゼットが「もうこんなことをするのはやめてほしい」と説得を考えているとはつゆ知らず、メラニーは嬉しそうに笑っている。
覚悟を決めてメラニーを屋敷内に招こうとしたところで、シュゼットははっと思い出した。
(ダメじゃない! あの子たちを待たせたままだわ!)
メラニーのような危険な人物を、アロイスとコレットに会わせるわけにはいかない。
早く避難させなければ。
「ごめん! 私ちょっと準備があるから! しばらく庭園を案内してもらって!!」
「あっ、シュゼット! ちょっと待って!!」
引き留めるメラニーの声にも振り返らず、シュゼットはその場から駆け出した。
二人はおとなしく、元の場所で待っていてくれた。
「あっ、シュゼット!」
「なんか騒いでたみたいだけど大丈夫か?」
「ありがとう、大丈夫よ。急な話で悪いのだけれど、ちょっとお客さんが来ちゃって……。今日は予定を変更して、お屋敷の中でレアと遊んでいてくれる?」
シュゼットの様子にただならぬものを感じたのだろう。
二人は文句を言うこともなく了承してくれた。
「ありがとう、本当にごめんね……。それじゃあ屋敷の中に――」
「もぉ! シュゼットったら私の話も聞かずに先行っちゃうんだから!!」
「っ!」
その時背後から聞こえてきた声に、シュゼットは戦慄した。
まさか、使用人に庭園を案内してもらっているはずなのに。
「きゃあ! この子たち誰? かわいい~」
表情を引きつらせながら振り返ると、案の定そこにははしゃいだ様子のメラニーがいた。
「……メラニー。使用人に案内を任せたはずなのだけれど」
「もぉ、私とシュゼットの仲じゃない! 準備なんて気を遣わなくてもいいわよ」
すぐにメラニーを追いかけて先ほどの使用人たちがやってきた。
その様子を見る限り、メラニーは使用人を振り切ってシュゼットを追いかけてきたのだろう。
(初めて来た侯爵家の屋敷でそんなことする!?)
あまりの無礼さに、シュゼットは言葉に詰まってしまう。
そんなシュゼットをどう思ったのか、メラニーはアロイスとコレットを見て騒いでいる。
「ねぇ、この子たち誰? まさかアッシュヴィル侯爵の隠し子!?」
(私だって最初はそう思ったけど……小さな子どもの前でそんな失礼なこと言わなかったわよ!)
メラニーのあんまりな態度に、シュゼットは眩暈がするほどだった。
いきなり現れた見知らぬ女性に、コレットは怯えたように兄の背に隠れる。
「隠し子」といわれなき疑いをかけられたのが気に障ったのか、アロイスは憮然とした表情でメラニーを見つめている。
そして――。
「あんたこそ誰だよ、不審者」
アロイスがそう口にした途端、メラニーの表情がぴしりと固まった。
蝶よ花よと持て囃されてきた彼女は、相手が子供とはいえこんなことを言われたのは初めてだったのかもしれない。
だが、さすがはシュゼットを騙しきったメラニーだ。
すぐに取り繕うように、愛らしい笑みを浮かべ、口を開く。
「こんにちは、初めまして。私はメラニー・ラヴェル。シュゼットの一番のお友達よ」
いけしゃあしゃあとそんなことをのたまうメラニーに、シュゼットは呆れてしまった。
よくもまあ、そんなことが言えるものだ。
メラニーは誰もが好感を抱かざるを得ないような愛らしい笑みを浮かべているが、アロイスとコレットは騙されなかったようだ。
相も変わらず、不審者を見るような目をしている。
「……あんたが来るってこと、聞いてないけど」
「うまく伝わってなかったのかしら。でも大丈夫よ、私とシュゼットの仲だもの!」
いかにも親密そうな空気を醸し出しながら腕を組んできたメラニーに、シュゼットは頬が引きつってしまった。
アロイスはますます怪訝そうな顔をし、嫌そうに吐き捨てる。
「どんな関係だとしても、いきなり押しかけてくるのは非常識だろ。いい年してそんなこともわかんねーのかよ」
アロイスがそう言い放った途端、メラニーの動きがぴたりと止まった。
「…………は?」
彼女は「愛らしい令嬢」らしからぬ恐ろしい形相で、アロイスを見下ろしている。
(まずい……!)
本能的な危機感を覚えたシュゼットは、慌ててその場を取り成そうと二人の間に割って入る。
「もー! アロイスは本当にしっかり者ね! でも私の友達なのは本当! 身元だって私が保証するわ! だから大丈夫よ!!」
これ以上アロイスがメラニーに食って掛かれば、メラニーがアロイスを敵視するかもしれない。
それだけは避けたかった。
シュゼットの演技が功を奏したのか、メラニーはころっと機嫌を直したようにはつらつとした笑顔を浮かべている。
「そうよね、シュゼット! 私たち大親友だもの!! 約束なんて必要がないくらいのね!」
「そうそう! さぁ、中へ入りましょう」
これ以上揉める前に……と、シュゼットは慌ててメラニーを引き連れて屋敷の中へと足を進める。
「わぁ、ここがアッシュヴィル侯爵邸……本当に素敵ね……!」
メラニーは初めて訪れた屋敷の中を見て、目を輝かせていた。
今のうちに……と、シュゼットは傍らのアロイスへ耳打ちする。
「ここは私がなんとかするから、コレットと一緒にレアのところで待っててくれる?」
「は? 嫌だけど」
まさかメラニーの危険性に気づいていないわけはないだろうに、アロイスは何故か言うことを聞いてくれなかった。
拒否されると思っていなかったシュゼットは焦ってしまう。
「嫌とかじゃなくて、お願いだから……!」
「ねぇシュゼット、この絵なんだけど――」
「あ、うん! ちょっと待って!」
話の途中でメラニーに呼ばれ、シュゼットは慌てて応じる。
アロイスは相変わらず憮然と腕を組んでいて、コレットも兄の背中に隠れたまま動こうとはしない。
(はぁ、どうしてこうなるのかしら……)
何もかもが思うようにはいかず、シュゼットは大きなため息をつきたくなった。