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64 あんな顔できたんだ……

(うわ、今日もいる……!)


 会場についてさりげなく周囲を見回し、シュゼットは思わず顔をしかめそうになってしまった。

 かつての親友と婚約者――メラニーとニコルが、またもや揃って会場にいたのだ。

 ユベールに「二人を避けるよう配慮してもらう必要はない」と言った以上、こうなることも覚悟していたが……実際に姿を目にすると、やはり心がざわついてしまうものだ。

 だが、弱音を吐いていては相手の思う壺だ。

 シュゼットはそっと息を吸い、ぴんと背筋を伸ばす。

 噂されるような後ろ暗いことは一切ないのだと、示すように。


「あ、シュゼット!」


 目ざとくシュゼットの存在に気が付いたメラニーが、ニコルを引っ張るようにして近づいてくる。

 シュゼットは緊張したが、その時隣に立っていたユベールが半歩前に出たので驚いてしまった。


(……大丈夫。ユベール閣下も隣にいてくれるんだもの)


 メラニーとニコルなど恐れる必要はない。

 どんなに姑息な手を使っても、思い通りになんてならないのだと知らしめてやらなければ。

 こちらに近づいてきたメラニーは、シュゼットの隣のユベールに気づくとにっこりと愛らしい笑みを浮かべた。


「ごきげんよう、アッシュヴィル侯爵閣下。こうしてお会いできて光栄ですわ」


 メラニーが丁寧にお辞儀をしてみせる。

 魅力的な笑顔、鈴を転がすような愛らしい声、思わず庇護欲をそそるような仕草。

 ニコルを含め、これで落ちない男はいないだろうとシュゼットですら思ってしまうほどだったが……。


「どうも、ラヴェル男爵令嬢」


 ユベールは愛想笑いすら浮かべず、ただただ冷たくそう口にしただけだった。

 その冷淡な態度に、一瞬メラニーの表情が凍り付いた。

 だがさすがはメラニーだ。

 すぐに取り繕うように明るい表情を浮かべると、今度はシュゼットの方へ声をかけてくる。


「ふふ、今日もアッシュヴィル侯爵と一緒なのね。こうして並んでいる姿を見ると、すごくお似合いよ!」


 メラニーは無邪気な声でそう言った。

 これが普通の相手だったら、シュゼットも照れるなり喜ぶなりしたのかもしれない。

 だがその時シュゼットが感じたのは、背筋が凍るような寒気だった。


(あ、これ……覚えてる……)


 デジャビュ、とでも言うべきなのだろうか。

 シュゼットの脳裏に過去の光景がよぎる。

 そう、あれは……初めて婚約者であるニコルと親友だったメラニーが顔を合わせた日だ。


 ――「まぁ、あなたがシュゼットの婚約者なのね!」

 ――「とても立派で素敵な方……さすがはシュゼット、お目が高いわ」

 ――「二人とも、すごくお似合いよ!」


(今思えば……あの時からメラニーは、ニコルのことを狙っていたのかしら)


 何も知らないシュゼットに隠れて、メラニーは悠々とニコルを篭絡したのだ。


(まさか、今度は侯爵閣下を……!?)


 シュゼットはぞっとするような思いで目の前の元親友を見つめた。

 メラニーは全く邪気を感じさせない愛らしい笑みを浮かべている。

 視線が合うと、メラニーは嬉しそうに顔をほころばせた。


「あらシュゼット、照れちゃってるの? 可愛いわね。そういえば、そのドレスまた新作じゃない?」


 メラニーはシュゼットとの距離を一気に縮めると、なんの断りもなくドレスの生地に触れた。


「なんて艶やかな手触りなのかしら……素敵……」


 うっとりした様子のメラニーに、シュゼットは嫌な予感を抱かずにはいられなかった。


「このドレス、もしかして侯爵閣下がシュゼットに贈られたものですか?」


 顔を上げたメラニーがユベールにそう問いかける。

 ユベールはその問いかけに、特に怒ることも喜ぶこともなく淡々と答えた。


「……そうです」

「きゃあ! 侯爵閣下は本当にシュゼットに甘いんですね!」


 前回会った時はシュゼットに対してもユベールに対しても散々な言いようだったのに、今日のメラニーは一段と猫かぶりがひどい。

 メラニーのパートナーであるニコルなど完全に置いてきぼりで、メラニーに対して若干引いたような視線を送っている。

 いったいこの状況でどうするのかと、シュゼットはちらりとユベールに視線を送る。

 するとユベールもこちらを見ていて、ばっちり視線が合ってしまう。

 その時、シュゼットは自分がどんな顔をしていたのかわからなかった。

 だがユベールはシュゼットの顔を見た途端一瞬だけ驚いたように目を丸くし……その直後に、誰もが見惚れそうな笑みを浮かべてみせたのだ。


(わっ、わぁ……!)


 シュゼットの知るユベールと言えば、基本的に無表情でたまに呆れた顔、笑顔と言っても商談用のどこか裏がありそうな表情しか見たことがなかった。

 だが今の笑みは、今まで見たどの表情とも違った。

 至近距離でこんな風に微笑まれては……たとえその気がなくても、心臓の鼓動が跳ね上がり彼から視線が外せなくなってしまう類のものだった。


(侯爵閣下……あんな顔できたんだ……)


 どきどきと鼓動を高鳴らせるシュゼットを尻目に、ユベールはメラニーへと向き直る。

 そして、余裕たっぷりの声で告げた。


「えぇ、もちろん。シュゼットは私の大切な婚約者ですから。愛する女性に自分の選んだ最高の物を身に着けてもらおうと思うのは当然です」


 ……もしもシュゼットが普段のユベールを知らなければ、「なんて情熱的で素敵な方!」と舞い上がっていたかもしれない。

 それほどまでに、ユベールの迫真の演技の破壊力は絶大だった。

 メラニーはうっとりと表情を溶けさせ、暗に格の違いを見せつけられたニコルは気まずそうに俯いてしまったのだから。


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