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63 あなたでよかった

 それからというもの、ユベールの行動はよくわからない方向に進化を始めた。


「奥様! 新しいドレスが届きました!」

「……え? また?」


 アロイスとコレットと一緒にのんびりティータイムを楽しんでいたシュゼットは、嬉しそうに駆け込んできたレアに思わず顔を引きつらせてしまった。

 だがそんなシュゼットの態度など意に介さずに、レアはにやにやしながら近づいてくる。


「もちろん、侯爵閣下からの贈り物です!」

「…………そう」


 少しだけ照れくさくなって、シュゼットは慌てて紅茶を飲むふりをして自分の表情を隠した。


「うわ、あいつまたかよ……」


 呆れたようにそう呟くアロイスに対し、コレットは目を輝かせている。


「どんなドレスかな? ねぇシュゼット、見に行ってもいい?」

「もちろんですお嬢様。これから奥様のファッションショーを始めましょう!」


 キャッキャとレアと一緒のはしゃぐコレットを見ていると、シュゼットはこれが喜ぶべきなのか呆れるべきなのかわからなくなってしまった。


 メラニーと遭遇した夜会の帰りに、シュゼットは彼女のことを掻い摘んでユベールに説明した。

 今まで貧乏貴族だったシュゼットは、いいように彼女の引き立て役にされていたのだと――。

 その時は素知らぬ顔で聞いていたユベールだが、仮にも侯爵夫人(予定)であるシュゼットがまたメラニーに馬鹿にされては、アッシュヴィル侯爵家の格が落ちると考えたのかもしれない。

 頼んでもないのに、ドレスやら装飾品やらを過剰に贈ってくるようになったのだ。


(確かに閣下の心配もわかるわ。でも……いくらなんでもやりすぎじゃない!?)


 アッシュヴィル侯爵夫人になるであろう女が舐められてはたまらない。

 ……というのはわかるが、こう連日いろいろと贈られると、さすがにげんなりしてしまうものだ。


「はぁ……ねぇレア。これどうにかならないの?」

「何を仰るのですか奥様。これは侯爵閣下から奥様への愛の形です!」

「そんなわけないじゃない……」

「まぁまぁ、まずは着てみてはいかがですか? お嬢様も見てみたいですよね?」

「うん!」


 コレットの期待に満ちた目で見つめられると、シュゼットも嫌とは言えなかった。


「コレット、アロイス、あなたたちも何か欲しいものがあったら遠慮くなく侯爵閣下におねだりするのよ……!」


 二人にそう言い聞かせ、シュゼットはため息交じりに着せ替え人形と化すのだった。





「そちらのドレスはこの間贈ったものですね」

「……あれだけの量を贈ったのによく覚えていますね」


 今夜の夜会に向かう道中の馬車にて。

 ユベールが口にした言葉に、シュゼットは思わず感心してしまった。

 忙しいユベールがドレスの一枚一枚を覚えていることなどないと思っていたが、自分が贈ったものについてはちゃんと記憶にとどめていたようだ。

 そんなシュゼットの言葉を聞いて、ユベールは当然だとでもいうように告げる。


「もちろん、あなたに似合うよう厳選したものですから」

「…………へ?」


 てっきり適当に選んだと思っていたシュゼットは驚いた。


「あの、もしかして……侯爵閣下が選んだんですか?」

「……? 僕が贈ったものなのだから当然では?」

(そうなのぉ!?)


 てっきり侯爵家の使用人に「侯爵の婚約者として舐められないような衣装を揃えておけ」と命じただけかと思いきや……。


(しかも厳選したって……侯爵閣下がひとつひとつ選んだってこと……?)


 予想外の事態に、シュゼットは急にユベールが贈ったドレスを身にまとっているのが恥ずかしくなってきた。


「こっ、これも商売の一環なんですよね!?」

「確かに、顔つなぎとしての側面はあります。ですが、僕はあなたのためを思って贈りました」

「わぁ……!」


 いつも以上に直球なユベールの言葉に、シュゼットは眩暈がしそうだった。

 あわあわするシュゼットを見て、ユベールは少しだけ困ったように眉根を寄せた。


「……気に入りませんでしたか」


 その反応に、シュゼットは慌てて言い繕う。


「いえっ、そうではなくて……すごく素敵なんですけど……」


 ドレスや装飾品に文句があるわけではない。

 シュゼットだって年頃の女性なのだ。

 人並みに物欲はあるし、美しいドレスを見たらうっとりしてしまう。

 だが――。


「私……こんなにしてもらえるほど、閣下のお役には立ててませんし……」


 どうにも、気が引けてしまうのだ。

 こんなに手厚くされるほどアッシュヴィル侯爵家に貢献できているかと考えると……ドレスに袖を通すのも気後れしてしまう。

 もそもそとそう告げると。ユベールは驚いたように目を丸くした。


「役に、立ってない……?」

「私って教養もないし、美人でもないし、閣下の商売のための広告塔としても微妙ですよね……。かといって、侯爵家の中での仕事も全然だし……」


 もちろん、自分なりに努力はしている。

 だがやはり、今の待遇に見合うような活躍ができているとは思えないのだ。


「……そんなことですか」


 シュゼットの言葉を聞いたユベールは、こともなさげにそう言った。

 そのどうでもよさそうな反応に、シュゼットは少しだけむっとしてしまう。


「そりゃあ、閣下からすれば面子を保つための『婚約者』という存在がいればそれでいいのかもしれないですけど……私だって気後れしたりはするんですからね!?」

(身内とのコミュニケーション能力を除いて)何もかもが優秀なユベールからすれば、シュゼット出来不出来など誤差にしか感じられないのかもしれない。

 だがそこまで興味なさそうにされると……多少は気落ちするというものだ。

 シュゼットの機嫌を損ねたのを察したのか、ユベールは彼には珍しく慌てた様子で口を開いた。


「いえ、その……そうではなく……」


 妙に歯切れが悪いな、と思った途端、ユベールは意を決したようにシュゼットを見つめ、告げた。


「あなたのことを『役に立っていない』などとは、考えたことがなかったので……」

「……え?」

「あなたは僕の予想もしない方向に侯爵家を変えてくれた。本来期待していた役割などよりも、もっと重要なことをしてくれた。……きっとあなたでなければ、できなかったことです」


 ぽかんとするシュゼットに、ユベールは少しだけ微笑んだ。


「……婚約者として来てくれたのが、あなたでよかった」


 その言葉が耳に届いた途端、シュゼットの胸に様々な感情があふれ出した。

 ……何の役にも立てていないと思っていた。

 よけいなことばかりしているのではないかと、不安になることもあった。

 でも、そうではなかった。

 これまでユベールと接してきたからこそわかる。

 今の彼の言葉は単なるお世辞ではない。

 心から、そう思ってくれているのだと。


「……ありがとうございます」


 小声でそう礼を言うと、ユベールはにやりと笑う。


「ですから、ドレスも装飾品も遠慮なく受け取ってください」

「そ、それはまた別問題じゃないですか!? あんまり多すぎるとありがたみが薄れるというか……」


 じゃれあいのようなやり取りを繰り返す二人を乗せて、馬車はゆっくりと進んでいった。


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