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62 大切な契約相手

「あの、侯爵閣下……」


 まだ賑やかな会場を後にし、二人の乗り込んだ馬車は侯爵邸へと進み始める。

 じっと押し黙るユベールに、シュゼットはおそるおそる声をかける。


「まだ途中なのに、帰ってしまっていいんですか? 商談に差し障りがあるのでは――」

「別に問題ありませんよ。元々顔つなぎ程度の予定でしたから。それより……あのままあの場にいては、いらぬトラブルを招きかねない」

「っ……!」


 やはりユベールはあの場の緊迫した雰囲気に気づいていたのだろう。


「あの……申し訳ございませんでした」

 たまらず謝罪すると、ユベールは驚いたように目を丸くする。

「……何故、あなたが謝る必要が?」

「だって、私のせいでトラブルに発展しかねない状況でしたし……」

「そんなことですか」


 ユベールは窓の外に視線を投げかけながら、穏やかに告げる。


「別に構いませんよ。僕はあなたが過去に巻き込まれたトラブルの件を承知の上で、あなたと婚約したのですから。このくらいは想定済みです」


 驚くシュゼットに、彼は続けた。


「それに、悪評に関して言うのなら僕の方があなたの何倍も評判が悪いことはご存じでしょう。今更あなたに不名誉な噂が一つ二つ加わった時点で、たいした影響はありません」

 珍しく饒舌なユベールに、シュゼットは驚いてしまった。

 だが、すぐに気づく。

(もしかして……私のこと、慰めようとしてくれてるの?)


 仕事ではその手腕を遺憾なく発揮しているのに、私生活……特に身内との関係においては不器用な彼らしい、遠回しな慰めだ。

 だがそれが嬉しくて、シュゼットは知らず知らずのうちに微笑んでいた。


「ありがとうございます。あの場に来ていただけて、心強かったです」


 シュゼットがそう口にすると、ユベールの視線がこちらをへ向けられた。


「……メラニー・ラヴェルとニコル・フロベール。あそこにいたのは、その二人で間違いないですか」

 ユベールがその名前を出したのにシュゼットは少し驚いたが、すぐに思い直す。

(そうよ、もともと彼は私が社交界で「悪女」呼ばわりされていることを承知で結婚を申し込んできたのだから。発端となった二人のことも調べたのでしょうね……)

「…………はい」


 頷いて肯定すると、ユベールは小さくため息をついた。


「やはりそうでしたか。どうにも厄介そうな女性だ」

「でも、メラニーに笑いかけられると誰もがあの子魅力の虜になってしまうんです。私だって、裏切られるまではあの子のことを疑ったことなんてなかったし……」

「……そうですか? 僕からすれば、あのようにやかましい女性はできる限り傍にいてほしくはないのですが」


 ユベールのあんまりな言葉に、思わずシュゼットは笑ってしまった。


「メラニーに対してそんなことを仰る方、初めて見ました。というか……」

 どうにもユベールの言い方に引っ掛かりを覚えたシュゼットは、おそるおそる問いかける。

「あの、閣下はあの噂を信じていないんですか? 私が男を手玉に取る悪女で、メラニーは私に振り回された可哀そうなニコルを癒したっていう……」


 そう口にした途端、ユベールは呆れたような視線をこちらに向けた。


「馬鹿馬鹿しい。あなたを見ていれば、その噂が嘘だということくらいすぐにわかる」

「ぇ…………」

「アッシュヴィル家に来てから、あなたは余所の男と通じる素振りの一つも見せませんでした。僕が『必要なら外に恋人でも愛人でも作って構わない』と言ったにもかかわらず。……あなたが侯爵家で何をしてきたかを考えれば、おのずと答えは出てきます」


 ユベールのその言葉に、シュゼットの胸は熱くなる。


(私のこと、ちゃんと見ててくれたんだ……)


 最初は何を話してもそっけなかったのに。

 シュゼットのことなど、どうでもいいというそぶりを見せていたのに。

 ……彼は、ちゃんとシュゼットのことを見ていてくれた。

 曲がりなりにも、信頼関係が築かれていたのだ。


「ふふ、ありがとうございます、閣下」


 シュゼットがくすりと笑うと、ユベールも少しだけ表情を緩めたのがわかった。


「今後は、末端の出席者にも注意するようにします。あの二人がいるような場所には、あなたは行かなくても――」

「いいえ、大丈夫です」


 ユベールの気遣いに、シュゼットは首を横に振った。


「逃げると負けた気になるじゃないですか。だから私、大丈夫です。正々堂々と、今の私をあの二人に見せつけてやりたいんです」


 どれだけ卑怯な真似をされても、シュゼットは不幸のどん底になど落ちていないのだと。

 今いるこの場所で、頑張っているのだと二人の目に焼き付けたかった。


「実は、メラニーの悔しそうな顔を見た時にちょっとすっきりしたんです。きっと……裏切られる前から、私はあの子に馬鹿にされていただろうから」


 ――安心して見下せる引き立て役。


 かつてのシュゼットは、メラニーにそう思われていたのだろう。

 もう、そんな立場に甘んじる気はない。

 メラニーやニコルの前から逃げたりしたくはない。

 正々堂々と、二人の前に立って見せたいのだ。

 そう話すと、ユベールはゆっくりと頷いた。


「……わかりました。あなたは大切な契約相手ですから、あなたが望むのならそうしましょう」


 ――大切な契約相手。


 ユベールが告げた言葉に、胸がぽわぽわと温かくなる。

 きっとユベールからすればシュゼットなど、いくらでも替わりがいる相手だ。

 でも……彼は、シュゼットの意思を尊重し、したいようにさせてくれるというのだ。

 それが、たまらなく嬉しかった。


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