61 親友……ですか
反射的に声をの方へ視線をやれば、丁度ユベールがこちらへ近づいてくるところだった。
彼は周囲の雰囲気で何かトラブルの気配を察したのだろう。
足早にシュゼットの隣へやってくると、シュゼット向かい合っていたメラニーとニコルに視線をやった。
「まさかこの方が、アッシュヴィル侯爵…………?」
ユベールの姿を目にしたメラニーが、驚いたように目を丸くする。
どうやら彼女とメラニーの間に面識はなかったようだ。
「そうですが……あなたは?」
訝し気にそう問いかけるユベールに、メラニーはぱっと顔を輝かせる。
そして、満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「初めまして、侯爵様! メラニー・ラヴェルと申します。シュゼットとは昔からの大親友なんです!!」
はきはきとそう告げるメラニーに、シュゼットは思わず表情が引きつりそうになってしまった。
あれだけの仕打ちをしておいて、よくも堂々と「昔からの大親友」などと言えたものだ。
さすがのニコルもメラニーの変貌に驚いたのか、信じられないとでもいうような表情を浮かべていた。
「親友……ですか」
感情を読み取らせないような平坦な声で、ユベールがそう呟く。
「えぇ、そうなんです! 侯爵様の下へ花嫁修業に行ってからは忙しいのか会えなかったけど……こうしてパーティーにも出てくるようになったってことは、シュゼットも成長したんでしょ? これからは前みたいに仲良くしましょうね! ねぇ、侯爵邸でパーティーを開いたりはしないの? なんだったら私も手伝うわよ?」
メラニーは興奮したように一人でべらべらと喋り続けている。
これはいけない。メラニーに愛らしい笑顔を向けられれば、誰だってころっと騙されてしまうのだ。
かつてのシュゼットもそうだったからよくわかる。
このままだとユベールが「ではよろしくお願いします」などと了承してしまうかもしれない……!
シュゼットは慌ててユベールの表情を確認したが……。
(…………あれ?)
何故かユベールは、ひどく冷めたような視線でメラニーを眺めていた。
メラニーに笑顔を向けられて、こんな冷たい態度ができる人間なんて初めてだ。
だがメラニー自身はそんなユベールの冷めた様子に気づかないのか、一人ではしゃいでいた。
「でも侯爵様にこうしてお会いできて嬉しいです! アッシュヴィル侯爵の名声は私もよく存じておりますから! ねぇ、よろしければ向こうでお話でも――」
「すみませんが、シュゼットの体調がすぐれないようなのでここで失礼します」
「…………え?」
ユベールに話を遮られ、メラニーは信じられないと言った表情を浮かべた。
……きっと今まで彼女の人生において、こんな風に愛想よく話しかけたのにそっけなくされるという経験がなかったのだろう。
「行きますよ」
「あ、はい…………」
ユベールに手を取られ、シュゼットははっと我に返る。
ユベールはメラニーにもニコルにも用はないとでもいうように、シュゼットの手を取るとさっさとその場を後にしようとした。
シュゼットは最後に一度、ちらりと残された二人の方を振り返る。
ニコルの方は何とも言えない表情で、しきりに隣のメラニーの様子を伺っているようだった。
そしてメラニーは……。
(っ……!)
メラニーの方へ視線をやった途端、彼女と目が合ってしまいシュゼットは戦慄する。
先ほどの可愛らしい笑みは鳴りを潜め……今のメラニーは怒りと憎悪を宿した瞳でシュゼットのことを睨みつけていたのだから。
「……前を見ないと転びますよ」
「は、はいっ……!」
ユベールにそう声を掛けられ、シュゼットは慌てて二人に背を向け歩き出す。
だが気がそぞろになっていたのか……何回か段差やカーペットの端に躓きかけ、ユベールに支えられるという醜態を冒してしまった。