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60 相変わらず殿方を惑わせる小悪魔ね

 突然の元婚約者と彼を奪った親友との再会に、シュゼットは思わず固まってしまった。

 元婚約者――ニコルも、シュゼットの姿を見て驚いているようだった。

 だがそんな緊迫した状況の中、メラニーだけはにこにこと笑いながら近づいてくる。


「久しぶり、シュゼット! しばらく見ないから心配していたのよ?」


 かつてシュゼットをどん底に叩き落したその女性は、まるでその事実を忘れたかのように親しげに近づいてきたのだ。


「少し瘦せたんじゃない? 私、ずっと気になっていたの。あなたがどうしているか……」


 シュゼットには理解できなかった。

 人の婚約者を奪い取り、大勢の前で「男をたぶらかす悪女」などとシュゼットを糾弾し、社交界だけでなく仕事先にまで顔を出せないほどに追い詰められたのに。

 ……いったいなぜ、メラニーは何事もなかったかのように話しかけてくるのか。


「『死神侯爵』と婚約したそうね。あんな、悪評しかないような方と――」


 メラニーは天使のような笑みを浮かべていた。

 だが、シュゼットは気づいてしまった。

 彼女のその瞳の奥には、隠し切れない嘲りの色が宿っていることに。

 ……なるほど。声をかけるのに躊躇しないわけだ。


 メラニーはシュゼットのことを心配しているのではない。

 悪名高い「死神侯爵」に身売りし、不幸のどん底にいるであろうシュゼットの打ちひしがれた姿を嘲笑しにやって来たのだから。


「あら? そのドレスとアクセサリー、流行最先端のものじゃない! 私もまだ手に入れてないのに……」


 値踏みするようにシュゼットの全身に視線を這わせるメラニーに、シュゼットは呆れてしまった。

 以前は彼女のこういった部分も愛嬌ゆえに可愛らしいと思っていたが、あらためて見ると失礼極まりない。

 少なくともユベールと共に訪れた上位貴族のパーティーではありえない行動だ。

 お返しにとばかりに、シュゼットはじろじろとシュゼットのネックレスに不躾な視線を注ぐメラニーの衣装に目をやった。


 お洒落なメラニーは依然と変わらず、彼女によく似合う可愛らしいドレスを身に着けている。

 だがメラニーが今凝視している大粒の真珠のアクセサリーは手に入れられなかったのか、雰囲気を似せた小粒の真珠のものを身に着けていた・

 ユベールや彼の商売仲間が流行らせようとしているドレスやアクセサリーは丁度ブームに火がついたところで、どこも品薄状態になっている。

 相応の伝手がないと手に入れられないような状況なのだ。


 いくら裕福といえども、メラニーの家は歴史の浅い男爵家。

 流行に敏感な彼女であっても、まだ手に入れられていないのだろう。

 見下していたシュゼットが自分の欲しいものを持っているのが気に入らなかったのか、メラニーは不満そうに口を尖らせた。


「……これ、アッシュヴィル侯爵に買っていただいたの? でもあの方って、その……財産への執着がすごいのでしょう? あまりねだりすぎるのはよくないんじゃないかしら。ほら……彼のご家族の末路をあなたも知ってるでしょ?」


 声を潜めるようにしてそう言うメラニーに、シュゼットはムカッと来てしまった。

 ……何も知らないくせに、ユベールのことを知ったような口を利かないでほしい。

 シュゼットだって、彼の家族殺しの真相を知っているわけではない。

 だが、少なくとも無差別に人を殺すような人物でないことはわかっている。

 カチンときたシュゼットは、思わず言い返してしまった。


「……私がねだったわけではないわ。侯爵閣下が自ら私に贈ってくださったのよ」


 その途端メラニーは信じられないとでもいうように目を見開いた。

 彼女の表情が、一瞬だけ悔しげに歪む。

 だが次の瞬間、メラニーはわざとらしい笑みを浮かべてとんでもないことを言い出したのだ。


「まぁ、シュゼットったら! 相変わらず殿方を惑わせる小悪魔ね! 憧れちゃう!!」


 周囲に聞こえるような大きい声で、メラニーはそんなことをのたまったのだ。

 当然、メラニーの声を聞いた者たちの注目がこちらに集まった。


(しまった……)


 シュゼットはメラニーを甘く見ていたのかもしれない。

 彼女は今一度シュゼットを「男をたぶらかす悪女」と吹聴し、どん底に叩き落したいのだ。


「見ろよ、あれ……」

「確かあの女は……」


 周囲からひそひそ話が聞こえ始め、シュゼットの背筋に冷や汗が伝う。

 何か言わなければ。そうわかっているのに、頭がごちゃごちゃになって言葉が出てこない。

 そんな時だった。


「何かありましたか」


 落ち着いた声が耳に届き、シュゼットははっとした。

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