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59 きちんと『お仕事』してみせますから

 シュゼットとユベールが到着したとき、夜会の場には既に多くの人が集まっていた。

 主催者はとある伯爵で、社交界の中でも特に人脈が広い人物なのだと出発前にレアが教えてくれた。

 そう意識していたからだろうか。

 会場に足を踏み入れたシュゼットは、今までとは違う違和感に気づいてしまった。


(なんとなく……今までとは雰囲気が違うのね)


 さりげなく周囲を見回し、シュゼットはすぐにその理由に気づいた。


(あれ、あの人……知ってる……)


 そこにいたのは、シュゼットがユベールと婚約する前……「マリシェール子爵令嬢」として社交界に出ていた時に、顔を合わせたことのある相手だった。


(人脈が広いって、そういうこと……!)


 思い返せば今までユベールと共に出席していたパーティーの参加者は、主に上位貴族の者ばかりだった。

 もちろん商人や芸術家、下位貴族の者などもいるにはいたが、そう言った者たちも上位貴族のパーティーに顔を出せるような「お墨付き」の者ばかりだったのだ。

 もちろん彼らは社交界の常識をわきまえており、シュゼットの悪評を知らなわけがないだろうが、それを顔に出すことはなかった。

 だからこそシュゼットは緊張こそすれども、直接的な悪意をぶつけられることなどなかったのだ。

 ……だが、今日は違うかもしれない。

 ちらっと周囲を見回しただけでも、下位貴族のパーティーにいたような顔見知り――婚約破棄されたあの日に、シュゼットを「とんでもない悪女だ」と謗った者たちの姿を見つけてしまう。

 今宵の夜会の参加者は、主催者の人脈の広さゆえに上位貴族と下位貴族が入り混じっているのだろう。

 そう考えると、すっと指先が冷たくなったような気がした。

 だがそんなシュゼットの異変に気付いたのか、ユベールが小声で声をかけてくる。


「どうかしましたか」


 その声に、シュゼットははっと我に返った。

 視線を向ければ、ユベールがじっとこちらを見つめていた。


「……少し顔色が悪いようですが、何か――」

「い、いえ……思ったよりも人が多いので、緊張してしまっただけで……」


 シュゼットはとっさに誤魔化してしまった。


「ユベールの婚約者として社交界に顔を出す」というのは、契約に定められた事項だ。だからそれを守れなければ、ユベールの求める「死神侯爵の妻」としての役目を果たせず、解雇されてし

 まうかもしれない。

 ……だが、それ以上に――。


(侯爵閣下に、情けない姿は見せたくないもの……)


「あの人たちは私を悪女だと決めつけて罵ってきたんです! 冤罪なのに!」なんて、ユベールに泣きつきたくはなかった。

 ユベールが同情してくれるとも思えないし、何よりユベール自身がそれ以上にひどい悪意に晒されながらも「侯爵」という地位を守り続けているのだ。

 そんな彼に、失望されたくはなかった。


「……体調がすぐれないのなら、あなただけでも侯爵邸に戻――」

「大丈夫です! きちんと『お仕事』してみせますから」


 微笑みながら小声でそう告げたが、それでもユベールは納得していないような顔をしていた。

 それでも、シュゼットの頑固さは彼も身をもって知っている。

 無理にシュゼットを帰そうとはしなかった。


「……わかりました。ですが、無理だけはしないように。何かあったらすぐに言ってください」

「承知いたしました、閣下」


 そう返し、シュゼットは気持ちを切り替えるように息を吸う。


(大丈夫。私が気にしなければいいだけよ)


 踏み出した足が震えそうになったが、それでもシュゼットはまっすぐに前を向いた。

 今夜も「死神侯爵」の下には多くの人が集まってくる。

 かつてのシュゼットの顔見知りたちは驚いたようにこちらに視線をやったり、何事かひそひそ囁きあったりしていたが、シュゼットは気にしないように努めた。

 だが、聡いユベールはすぐに今夜の異変に気付いたのだろう。

 何度かちらちらとシュゼットの方へ気づかわしげな視線をよこしたが、シュゼットはあえて気づかないふりをした。


(後で聞かれたらなんて言い訳しよう……)


 そう考えると気が重くなってしまうが、今は目の前のことに集中しなければ。

 ある程度場数を踏んできたおかげで、世間話程度なら問題なくぼろを出さずにこなせるようになった。

 会話に一区切りがつき、ふぅ……と息を吐くと、隣にいたユベールがそっと囁いた。


「……お疲れさまでした。飲み物を取ってきますので、あなたはここにいてください」

「あ、ありがとうございます……」


 ……やはり、気を遣われている。


(閣下に迷惑、かけたくないのにな……)


 なんだか自分自身にも嫌気がさして、シュゼットは想いため息をつく。

 その時だった。


「……シュゼット?」


 背後から聞こえた声に、シュゼットは反射的に振り返ってしまった。

 ……もしもシュゼットに冷静な思考力があれば、聞こえないふりをして立ち去ることもできたのかもしれない。

 だが弱気になっていたのとその声に聞き覚えがありすぎたので、考える間もなく振り返ってしまったのだ。

 ……相手が誰かなんて、振り返るまでもなくわかっていたはずなのに。


「……メラニー、ニコル」


 唇からこぼれ出たのは、かつての親友と婚約者――シュゼットを裏切り、絶望へと叩き落した二人の名だった。


(まさか、こんなところで会ってしまうなんて……)


 驚いたようにこちらを凝視する因縁の二人に、シュゼットはどんな顔をすればいいのかわからなくなってしまった。



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