58 なんだか、嬉しい
「……近頃のあなたは、随分と精力的に活動しているようですね」
「え?」
今宵の夜会へ向かう途中の馬車の中。
突然ユベールから投げかけられた言葉に、シュゼットはぱちくりと目を瞬かせた。
(え、どういう意味? もしかして嫌味とか……? 私、気づかない間に何かやらかしてるー!?)
目を白黒させるシュゼットの様子に、ユベールも意図が伝わっていないことに気づいたのだろう。
「いえ、よい意味なのでご安心を」
「そ、そうですか……よかった……」
ほっと胸をなでおろすシュゼットに、ユベールは何故かふい、と視線を逸らしながら告げる。
「……侯爵邸の管理について学んでいると、使用人から報告がありました」
「うぇっ!?」
まさかユベールに知られているとは思わなかったので、喉から素っ頓狂な声が飛び出してしまう。
(ちょっ……閣下には内緒にしたかったのに! ばらしたの誰よ!)
ユベールのことだ。
「ただの雇われ人の分際で出過ぎた真似を」と不愉快になり、それとなく苦言を呈してきたのだろう。
「その……申し訳ございませんでした」
シュゼットはとりあえず謝っておいた。
だがシュゼットの予想に反し、ユベールは驚いたような表情でこちらを見つめてきたではないか。
「何故謝るのですか?」
「えっ? だって……閣下は不快に思われたのでは……」
「いずれ侯爵夫人となるべきあなたが、侯爵家の管理について学ぶのになぜ不快になる必要が? 確かに契約条件には入っていませんでしたが、あなたが自らの意思で関わるというのなら反対するつもりは毛頭ありません」
ユベールはしっかりとそう言い切った。
一拍遅れて言葉の意味を理解したシュゼットは、じわじわと頬が熱を帯びていくのを意識せずにはいられなかった。
(私のこと、ちゃんと侯爵家の人間として受け入れてくれてるんだ……)
今までシュゼットは、ユベールはシュゼットが侯爵家の内部事情に関わるのを嫌がると思っていた。
実際、最初にアロイスとコレットに関わろうとしたときは婉曲的に止められたくらいなのだから。
だが、今はそうじゃない。
契約上の関係とはいえ、彼はシュゼットを侯爵夫人として迎え入れ、シュゼット自身が望むなら侯爵家の管理仕事にも関わらせてくれるというのだ。
(閣下の考え方が変わったのか……私のこと、ある程度は認めてくれるようになったのかしら)
ユベールの考えはいまいちわからないが、シュゼットは嬉しかった。
何がユベールの琴線に触れたのかはわからないが、少なくともシュゼットと出会ってから彼の意識に変化が訪れたのだから。
「子どもたちも最近は積極的に学習に取り組んでいると聞いています。あなたの指導がいいのでしょうね」
「そんな……あの調子だとあの二人はすぐに私なんて追い越してしまいますよ。私の力じゃなく、元から筋がいいんです」
「それでも、真面目に取り組むことができる環境を作り上げたのはあなたでしょう。……社交界でも、あなたの評判は上々ですから」
「え、そうなんですか!?」
下級貴族の出身であり、「男をたぶらかす悪女」などと噂されたシュゼットからしたらにわかに信じられない話だった。
「でも私、ここに来るまでとんでもない噂をされていて……」
「だからこそでしょう。『とんでもない悪女』だと噂されていたあなたと実際に会ってみたら、まったくそんなことはなかった。先入観がひっくり返され、実際のあなたへの印象はよくなる」
「えっと、悪いイメージを持たれていたけど実際はそうでもないから、採点が甘くなるってことですか?」
「そういうことです」
「なるほど……」
なんとなくわかったようなわからないような気分で、シュゼットは曖昧に頷いた。
ユベールはシュゼットにマネキンとしての価値を見出したのか、最初のドレス以外にも次々とドレスやアクセサリーを贈ってくれるようになった。
よほど次の流行を牽引したいのだろう。
シュゼットでは力不足な気もするが、マネキン役くらいなら甘んじて受けようではないか。
「閣下のお役に立てているようならよかったです」
最初の頃こそユベールの言われた通り彼の隣で微笑んでいるだけだったが、最近はアロイスに考えてもらった社交辞令で挨拶してみたり、付け焼刃の知識で会話に加わってみたりとシュゼットなりに努力はしていたのだ。
どうやら無駄なあがきではなかったようで、シュゼットはほっとした。
(互いの利益を第一にした関係だってことはわかっているけど……それでも、閣下に認めてもらえていると思うと……)
なんだか、嬉しい。
くすぐったさを覚えてシュゼットが微笑むと、ユベールは慌てたように目を逸らすのだった。