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57 さすがは侯爵家の血筋

 ――「それよりも、僕はあなたによく似合うと思ったから贈りました」


「いや社交辞令よ社交辞令。絶対にそうだわ。そうに決まってるわ」

「おい、何いきなりわけのわからないこと言ってんだ」

「はっ!」


 アロイスに呆れたような声を掛けられ、シュゼットはやっと今の状況を思い出した。

 慌てて視線を戻せば、アロイスは呆れたように、その隣のコレットは不思議そうな顔でこちらを見つめていた。

 そうだ。今は二人に勉強を教えている最中なのだった。

 意識が別のところに飛んでいたのをごまかすように、シュゼットは慌てて明るい笑みを浮かべてみせる。


「おほほ、ごめんあそばせ。今度偉い人に会ったらどんな社交辞令を言うか考えてたのよ」

「はぁ~? お前が考えるより誰かに考えさせたのを丸暗記してった方がいいと思うぞ」


 アロイスがそんな生意気なことを言い出したので、それならば……とシュゼットはにっこり笑った。


「あら、いいこと言うのね。なら『私が次の夜会で覚えておくべき社交辞令を考えること』――これがあなたの宿題よ!」


 威勢よくそう告げると、アロイスはあからさまに「しまった!」というような表情を浮かべた。


「まったく……そのくらい自分で考えろよな」


 先ほどとは真逆のことをぶつぶつ呟くアロイスに、シュゼットはくすりと笑う。

 ……別に、シュゼットは冗談を言ったつもりはない。

 アロイスなら可能だと、本心でそう思ったから口にしたのだ。(……からかわれた意趣返しがないといえば嘘にはなるが)。

 ……こうして本格的に二人の勉強を見るようになってわかったことがある。

 それは、二人がすこぶる優秀だということだ。


「聞いて、シュゼット。今日は古典全集を四巻まで読んだの。おもしろかったけど、ちょっとわからないところがあって……」

「どれどれ……あっ、これはちょっとコレットには早いわね……。改訂版はもう読んだ? 別のお話が入っているからこっちも面白いのよ」

「読んでみたい!」


 うきうきと目を輝かせるシュゼットに古典全集の改訂版を手渡しながら、シュゼットは冷や汗をかいた。


(危ない……コレットの学習能力を甘く見てたわ。私がこのくらいの年齢の時なんて、まだ絵本に夢中だったのに……)


 コレットの話し方やふるまいは幼い少女特有の愛らしさがあって、彼女と接するたびにシュゼットは笑顔になってしまう。

 だが、その愛くるしさに反してコレットの学習能力は底知れなかった。

 今までは抑圧された状況だったこともあり、うまく本来のポテンシャルが発揮できなかったのだろう。

 のびのびと暮らせるようになったコレットは、元来読書好きだったようで、おとなしく本を読んでいることが多かった。

 彼女が手にしている本は子ども向けの可愛らしいものもあれば、どう考えても大人が読むような学術書であることもあった。


(子どもの吸収能力……恐ろしいわ)


 コレットが貪欲に知識を吸収していくのは望ましいが、あまりに年齢にそぐわない、よろしくない知識を吸収すれば「あなたは幼い子どもに何を教えているんですか」とユベールに詰問されてしまう可能性もある。

 というわけで、シュゼットは家庭教師の責務としてさりげなくコレット周りの本を安全なものに変えているのであった。

 少々危険な描写が多い初版を回収し、描写がマイルドになった改訂版を手渡す。


「……残りの古典全集も改訂版に入れ替えておいてくれる?」

「はい、承知いたしました」


 こっそりレアにそう指示を出し、シュゼットはほっと安堵の息を吐く。


(まったく、こんな調子じゃすぐ私に教えられることなんてなくなっちゃいそう……)


 頑張る二人を見ていると、自分も何かしなければ……という気にさせられる。

 というわけで、最近のシュゼットはこっそり侯爵邸の帳簿を勉強し始めたのだが――。


「……おい、そこの数字間違ってるぞ」

「え?」


 シュゼットの申し渡した「宿題」に専念していたはずのアロイスが、横からそう声をかけてくる。


「桁が一つズレてる。そのまま計算したら大変なことになるぞ」

「え、そんなわけ……ってほんとだ!」


 シュゼットは慌ててアロイスが指摘した箇所を修正した。

 危ない危ない。まだ練習段階とはいえ、こんなものを誰かに見せたら盛大に呆れられるところだった。


「横目で見てただけなのによくわかったわね……」

「こんなの普通だろ。見落とす方がおかしいんだよ」

「うぐっ……」


 何でもないことのようにそう告げるアロイスに、シュゼットは打ちのめされた気分だった。


(まったく……侯爵閣下とは別のタイプかと思ってたのに、変なところが似てるのよね……)


 シュゼットはアロイスのことを、ユベールとは異なり「頭より体、理論より感情で動くタイプ」だと思っていた。

 だがそれは大きな間違いだった。

 何を考えているのかわからないユベールとは違い、確かにアロイスの感情はわかりやすい。

 だが彼は、頭脳の方もすこぶる優秀だったのだ。


「ほら、さっきの宿題終わったぞ。見てみろよ」

「どれどれ……わぁ!」


 アロイスが差し出した紙に目を通し、シュゼットは思わず感嘆の声を上げてしまった。

 そこには生意気でやんちゃな少年が考えたとは思えないほどの、美辞麗句や丁重な表現を尽くした社交辞令の言葉が書き連ねられていたのだ。


「初対面の相手ならこれ言っとけばなんとかなるだろ。二回目以降はお前次第だけどな」

「……そうね。肝に銘じておくわ」


 シュゼットはアロイスが考えてくれた社交辞令文を丁寧に懐にしまい込んだ。

 今度社交の場に行く前に、しっかり暗記しておかなければ。


(それにしても、さすがは侯爵家の血筋というべきか……)


 ここに来た当初はどうなることかと思ったが、アッシュヴィル家の兄妹はシュゼットの理解が追い付かないほどの優秀さを発揮し始めている。

 シュゼットの弟であるロジェも幼いころから神童と呼ばれていたが、それに勝るとも劣らないほどだ。


(……私も、頑張らないと)


 ユベールの過去がどうであれ、今のシュゼットのやるべきことは決まっている。

 きっちり、「仕事」をやり遂げなくては。

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