53 馬子にも衣裳
「すごい……お綺麗です、奥様!」
傍らではしゃぐレアの声を聴きながら、シュゼット自身も鏡の前で驚きに声を失っていた。
目の前の姿見には、まるで舞台女優か……と疑ってしまうほど華やかな女性が映っている。
……とても、これが自分自身の姿だとは信じられないほどだ。
念入りに手入れされた髪は艶やかで、日の光を浴びて美しくきらめいている。
実家にいた時は仕事に忙殺され、あまりゆっくりと手入れをする時間もなかったのだが……この侯爵邸に来てからは「これが私たちの仕事ですから!」とレアを始めとするメイドが丹念に手入れをしてくれているのだ。
髪質も随分と改善されたような気がする。
身にまとうドレスは滑らかなシルクサテンで、夜空で柔らかな光を放つ月のように美しいクリーム色をしている。
袖と襟元にはまるで蜘蛛の巣のように細やかなレースがあしらわれ、うっかり破いてしまうのでは……と恐ろしくなるほどだ。
ドレスのスカート部分には幾重にも生地が重なり、シュゼットが動くたびにさざ波のように美しく揺れる。
用意されたネックレスやイヤリングには傷一つない艶やかな、大粒の真珠が用いられている。
まさにアッシュヴィル家の富と権威を示すようかのだった。
決して下品ではなく、全体的に気品を感じる装いだ。
控え目でありながらも、確実な存在感。それこそが「死神侯爵の妻」のお披露目にふさわしいのだろう。
今までのシュゼットとは見違えるような姿だが、どう考えてもシュゼットの力ではなくアッシュヴィル家の力だ。
言ってしまえば、素材が誰でも同じなのである。
「馬子にも衣裳、って感じね……」
シュゼットが率直な感想を漏らすと、傍らのレアが頬を膨らませる。
「そんなことありませんよぉ、奥様はお綺麗です!」
「……ありがとう」
あまり出来栄えを自虐すると、彼女たちの仕事を疑うように聞こえてしまうかもしれない。
とりあえず笑顔で礼を言うと、レアはうきうきと口を開いた。
「ふふ、きっと閣下も驚かれますよ! 奥様にメロメロになること間違いなしです!」
(……それは100%ありえないと思うけど)
相手がどんな絶世の美女であろうとも、あのユベールがメロメロになっている姿など想像がつかない。
ましてや相手はシュゼットなのだ。
礼儀として褒めるようなことがあれば上出来。
どうせ内心で「多少はマシになったか……」などと考えているにきまっている。
内心でため息をつきながら、シュゼットは部屋を出てユベールが待っているエントランスへと向かった。
「あら?」
たどり着いたエントランスには、なぜかユベールだけではなくアロイスとコレットの姿もあった。
驚くシュゼットに、レアが耳打ちしてくれる。
「お二人に今日のことをお話したら、是非奥様をお見送りしたいと……」
その言葉に、胸がじぃんと熱くなる。
ユベールの婚約者としての社交界デビューを前に、柄にもなく緊張してしまっていたが、幼い二人の応援に今なら何でもできるような気分だ。
小走りで駆け寄るシュゼットに、コレットは目を輝かせる。
「わぁ……! シュゼットお姫様みたい!」
「ありがと~、コレットの方がよっぽどお姫様よ!!」
ドレスがしわにならないように気を付けながら抱きしめると、傍らのアロイスが声をかけてくる。
「ふん。ま、まぁ……いつもよりはましなんじゃねーの」
「褒めてくれてありがとう。すごく嬉しいわ」
「別に褒めてねーよ!」
顔を真っ赤にしてぷい、とそっぽを向くアロイスに、シュゼットはくすりと笑う。
そうしていると、不意に視線を感じた。
顔を上げれば、ユベールがじっとこちらを見つめているのが目に入る。
彼はどこか驚いたような表情で、こちらを凝視していたのだ。
(なによ……似合ってないのはわかってるわよ)
シュゼットが観察する限り、普段のユベールの傍に女性の影はない。
だがいろいろな意味で有名人である「死神侯爵」なのだ。
それこそ寄ってくる女性は絶えないだろうし、相当目が肥えているのも確かだろう。
シュゼットが多少着飾ったところで、彼からすれば不満なのはわかるが……。
(でも、私を契約妻にしたのはあなたなんですからね!? こっちに文句を言われても困りますからね!)
そんな思いを抱えながら、シュゼットはユベールに微笑んで見せる。
「お待たせいたしました、閣下。本日はよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げると、なぜかユベールはいつになく挙動不審な様子を見せる。
「え、あぁ……はい。どうぞ……」
いったいなにが「どうぞ」なのか。
シュゼットの心の中は「?」でいっぱいになる。
(何か考え事でもしてたのかしら。それにしても……アロイスでさえ私のドレスアップに言及してくれたのに、ユベール閣下はノーコメントなのね……)
確かにシュゼットが普段着でいようと、気合を入れて着飾ろうと、ユベールの目から見ればそんなに変わらないのかもしれない。
だが、あくまで「マナー」として、パートナーのドレスアップにまったくノーコメントとはどういうことなのか!
(まったく……私があなたの家庭教師だったら補習を申し付けているところよ!)
内心ぷりぷりしながら、シュゼットはユベールがエスコートのために差し出した手を取る。
意地を張って彼と視線を合わさずにいたシュゼットは気づかなかった。
……隣を歩くユベールの耳が、ほんのり赤く色づいていたことに。