5 死神との契約
「……なるほど。聞いていたよりもよほど聡明な方のようだ。それならば話は早い」
ユベールはどこか狡猾さを感じさせる笑みを浮かべていた。
その表情を見ると、「死神侯爵」という彼の俗称も、あながち的外れではないのかと思えてくる。
「結婚相手としてあなたを選んだ理由は、単に都合がよかったからです。若くして侯爵位を継いだ身として、形だけでも妻が必要となったのですが……向こうから近づいてくるのは打算にまみれた女性ばかり。それもそのはずです。普通の女性であれば、望んで『死神』に嫁ぐなんてありえないでしょうから」
そう言うと、ユベールは自嘲するように笑った。
「いくら妻が必要だと言っても、自ら寄ってくるような女性はアッシュヴィル侯爵家を内部から崩そうとするスパイの可能性もあります。そこで、敵対する可能性のある有力家門との縁戚関係や付き合いがない年頃の貴族令嬢を調べ上げ、もっとも話を受けてくれる可能性が高い相手――それがあなたでした」
(なるほど……)
つまりはとてもじゃないが有力貴族との繋がりなどない、吹けば飛ぶような弱小貧乏貴族で。
おまえに婚約破棄され悪女呼ばわりされるシュゼットなら、弱みに付け込みやすいと踏んだわけだろう。
(くっ、我ながら情けない……!)
少しだけ打ちひしがれるシュゼットに、ユベールは続ける。
「あなたに求めるのは、あくまで形式的な『妻』としての役目です。それ以外のプライベートは好きにしていただいて構いません。もちろん、恋人や愛人を作っていただいても結構です。アッシュヴィル家の世継ぎを生んでいただく必要もありませんので」
「……?」
その言葉が少し気にかかったが、ユベールの申し出は願ってもないものだ。
あとはどうにかして、彼から好条件を引き出さなければ。
シュゼットは気を引き締め、緊張を悟られないように笑顔を作る。
「侯爵閣下のお考えはよくわかりました。ですがこのお話をお受けするかどうかお答えする前に……私から、お願いをよろしいでしょうか」
「えぇ、構いませんよ」
鷹揚に頷いてみせたユベールに、シュゼットは告げる。
「我がマリシェール子爵家には私の他に弟が一人、妹が二人おります。私が侯爵閣下に嫁いだ後は、三人が成人するまでの金銭援助、および後ろ盾となっていただくようお願い申し上げます」
――おとなしく妻として振舞う代わりに、こちらの要求を飲んでほしい。
そんなシュゼットのオブラートに包んだ言葉を、ユベールはしっかりと理解してくれたようだ。
「なるほど、そういうことでしたか。もちろん構いませんよ。こちらとしても、あなたの望みがはっきりしていた方が好都合です」
「死神侯爵」との異名を持つ彼のことだ。シュゼットが何か意に沿わぬ行動をすれば、彼らを人質にできるとでも思ったのかもしれない。
(別にいいわ。私がおとなしく彼の妻として振舞っていれば問題はないんだもの)
「……それでは、あらためて、私の妻となっていただけますか? マリシェール子爵令嬢」
試すような笑みを浮かべて、ユベールがそう問いかける。
一瞬、心のうちにニコルとの楽しい思い出が去来した。
だがすぐにそんな感傷を振り払い、シュゼットはにっこりと微笑んでみせる。
「えぇ、喜んで。それと、『シュゼット』で構いませんわ。侯爵閣下。これから私たちは伴侶となるのですから」
「……あなたが話の通じる方で助かります、シュゼット」
そうして、二人は握手を交わした。
氷のように冷たいと思っていたユベールの手は、案外温かかった。
(それもそうか。いくら「死神」と呼ばれていても、彼も普通の人間なのよね……)
相変わらず何を考えているかわからないユベールの顔を眺めながら、シュゼットはそんなことを考えていた。