49 死神のお見舞い
決意を固めた数時間後……再びシュゼットの部屋の扉を叩く者がいた。
「具合はいかがですか」
らしくもなく花束などを抱えて、いつもと同じく何を考えているのかわからない表情で、ユベール・アッシュヴィルはそう口にする。
まさか彼が自身の見舞いに来るとは思っていなかったのと、常に冷徹な彼と花束というアイテムのミスマッチに……シュゼットはまるで苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
「……何か御用ですか」
「いえ、あなたが倒れたと聞きましたので。婚約者としては容体を確認する義務があるかと」
(義務、か……)
たったそれだけのことなら、放っておいてほしかった。
シュゼットの様子など、一言使用人に尋ねればわかるだろうに……。
(ほんっとに、デリカシーがないのよね……!)
帰りの馬車で彼がした話に、シュゼットが動揺しないと思っていたのだろうか。
恨みがましい目で見つめると、ユベールはすっと目を細めた。
「……失礼ですが、そこまでショックを受けるとは思いませんでした」
「私は、そこまでずぶとく見えますか」
「いえ、『死神侯爵』に嫁ぐ以上、最初からそのあたりのことは織り込み済みかと思っておりましたので」
つまりは、一人で勝手にユベールを「実は善人」だと思い込んでいたシュゼットが悪いということか。
「父や兄のように、いずれあなたを殺すのではないかと恐れているのなら……その必要はありません。あなたが自らここを去らない以上は、あなたの命と立場は保証します」
「……もしも、ここから去るとしたら?」
「別に何もしませんよ。ただ、最初に約束したご実家への援助は見送らせていただきますが」
(くっ……)
淡々とそう口にするユベールに、シュゼットは心の中で憤った。
そうだ。シュゼットには可愛い弟や妹のために、彼の――アッシュヴィル家の援助が必要なのだ。
どれだけ彼が信用できなくても、契約妻としての立場を失うわけにはいかない。
「さて、どうしますか」
花束を差し出しながら、ユベールがそう尋ねてくる。
穏便にここから立ち去るチャンスをくれるということだろうか。
だが――。
「あなたが婚約者として扱ってくださるのなら、ここに居続けます」
花束を受け取り、シュゼットははっきりとそう宣言した。
実家の弟や妹たちのためという理由ももちろんある。
だが、シュゼット自身がアロイスやコレットを今の中途半端な状態でこの屋敷に置き去りにしたくなかった。
それに――。
(どうしても、彼のことが気になるんだもの……)
たとえ本人から「自分は非道な殺人鬼だ」と言われても、シュゼットはユベールから目が離せないのだ。
まだ何か、隠している秘密があるのではないかと……どうしても、そんな風に思ってしまう。
「そうですか、それは安心しました」
本心か、口からの出まかせか。ユベールはいけしゃあしゃあとそう口にする。
シュゼットがじっと見つめると、彼は不思議そうに目を瞬かせた。
「少し、お尋ねしてもよろしいですか」
「……答えられるとは限りませんが、どうぞ」
「…………あなたが両親と兄夫婦を手にかけたというのなら、どうして……そんな真似を?」
そう口にした途端、ユベールは表情を強張らせる。
やはりこれは、彼の心の奥深くに切り込む問いかけなのだろうか。
ユベールの温度のない視線が、まっすぐにシュゼットに注がれる。
シュゼットも負けじと、ユベールを見つめ返した。
「……あなたは、なぜだと思いますか」
随分と間をおいてから、ユベールの口から出てきたのはそんな言葉だった。
質問を質問で返すな、と怒りたかったが、少なくとも今のユベールはシュゼットと対話をしてくれる気があるようだ。
このチャンスを、無駄にはしたくない。
「……普通に考えれば、世間が噂するように地位や財産が目当てという線が一番有力かと。でも……私は、そうは思えないんです」