48 後悔はしてないわ
和気あいあいのピクニックの帰り道、ユベールから衝撃的な事実を聞いてしまったシュゼットは……侯爵邸に帰り着いたのち、非常に珍しいことに熱を出して寝込んでしまった。
「随分とはしゃいでいらっしゃいましたから、お疲れになったのかもしれませんね」
メイドのレアはそう笑って、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
……彼女は知らないのだ。
帰りの馬車の中で、シュゼットとユベールがどんな話をしたのかなんて。
「奥様はここに来てから頑張りすぎでしたから、この機会に少しお休みになった方がよろしいでしょう。大丈夫です、坊ちゃまとお嬢様のことは私がきちんと見ておきますので!」
「そうね……ありがとう、レア」
レアの気遣いに、シュゼットは素直に礼を言った。
今アロイスやコレットと顔を合わせても、いつものように笑える自信がない。
ましてや、ユベールとなんてどんな顔をして会えばいいのかわからない。
(……だって、全部ただの噂だと思っていたんだもの)
死神侯爵ユベールが両親と兄夫婦を殺しただなんて、ただの外部のやっかみだと思っていた。
本当の彼は冷たい仮面の下に優しい心を秘めていて、ただ不器用すぎるゆえに誤解されているだけだと思っていたのに……。
――「僕が兄――二人の父親を殺したことは事実です。残念ながら誤解でも何でもない」
ユベールは自ら、そう口にしたのだ。
(だったら、どうして? なんだかんだであの二人のことは大事にしているのに、どうして家族を殺したりなんか……)
考えれば考えるほど、何もわからず深みにはまっていくようだった。
実家ではもっぱら頭脳担当は弟のロジェに任せていたシュゼットの、知恵熱なのかもしれなかった。
「はぁ……」
普段よりも熱い額に手を当て、シュゼットは大きくため息をついた。
◇◇◇
シュゼットが知恵熱(推定)で寝込んだ翌日、アロイスとコレットがお見舞いに来てくれた。
本当はたいしたことはなかったが、レアにベッドに押し込まれてしまったため無駄に重病人のような風体で、ベッドに腰かけ二人を迎え入れる。
「シュゼット、だいじょうぶ?」
「お前大人の癖にはしゃぎまくってたからな! ……まぁ、疲れたのならゆっくり休めよ」
「ふふ、ありがとう」
素直に心配してくれるコレットに、意地を張りつつもこちらを気遣ってくれるアロイス。
ここに来た当初の二人を思えば、喜ばしい変化だ。
(本当に、いい子なのよね……)
二人のこんな姿を見られたというだけで、シュゼットがここに来た意味はあったのではないかと思えてくる。
だが――。
(このまま、二人とユベール閣下が本当に和解する日は来ないのかしら……)
ユベールが口にした通り、彼が二人の幼子の両親を殺したというのが真実だったのならば。
……きっと、二人は決してユベールを許さないだろう。
(私は、どうすれば……)
そんなことを考え、自然と暗い顔になってしまっていたのかもしれない。
固く握られたシュゼットの手に、コレットの小さな指先がそっと触れる。
「どこかいたいの? いたいのいたいのとんでけーしてあげるね」
コレットの優しい心遣いに、目の奥が熱くなる。
(こんなに、優しい子なのに……)
どうして、そんな残酷なことができるのだろう。
シュゼットの中で、ユベールに対する不信感が募っていく。
(私はユベール閣下の契約妻。彼が善人であろうが悪人であろうが、あくまで公の場で妻としてふるまうのが私の仕事)
その条件をのんだのはシュゼット自身だ。
あくまでユベールとシュゼットの関係はビジネスパートナーであり、シュゼットが苦しむのはユベールの忠告を無視してこの家の事情に首を突っ込みすぎたからだ。
彼の言うとおりに幼い兄妹のことなど放っておいて、未来の侯爵夫人として優雅に暮らしていれば楽だったのかもしれない。
でも――。
(私、後悔はしてないわ)
アッシュヴィル侯爵家の事情に首を突っ込み、幼い兄妹の境遇を改善するように訴えたこと。
ユベールと兄妹の仲を改善させようと、必死に頑張ったこと。
今だって……間違っていたとは、思えないのだ。
(これからどうするべきかは、まだわからないけど……)
じっと黙り込んだシュゼットの様子を伺う幼い二人を見ていると、やはり自分の思った通りに進むのが一番だと思えてならない。
「アロイス、コレット。ちょっとこっちへ来てくれる」
ちょいちょい、と手招きすると、二人は不思議そうに顔を見合わせベッドに腰かけるシュゼットに近づいてきた。
「なになに?」
「また変なこと考えてるんじゃないだろうな」
すぐ傍まで二人が来たことを確認し……シュゼットは大きく腕を伸ばし、二人をぎゅっと抱き込んだ。
「えいっ!」
「ひゃー!」
「おい、何すんだ!」
コレットは嬉しそうに、アロイスは少し照れたように声を上げる。
そんな二人に向かって、シュゼットはにっこりと笑って見せた。
「ありがと! 元気が出たわ!」
「本当? 明日からまた遊んでくれる?」
「……ふん。はしゃぎすぎてまたぶっ倒れるなよ」
「大丈夫大丈夫、明日からまた二人の家庭教師として頑張るからね!」
温かなぬくもりを抱きしめ、シュゼットは自分自身に言い聞かせるようにそう口にした。