47 勘違い、ですか
「あーあ、勝てると思ったのに……」
がたごとと進む馬車の中、シュゼットは小声でそうぼやいた。
既に窓の外の日は傾き、一行は侯爵邸への帰路へ着いている。
「そう何度もしてやられませんよ。これでも観察眼は磨いているつもりですので」
「ですよね……」
静かにそう返してきたユベールに、シュゼットは苦笑した。
シュゼットとアロイスの作戦でユベールの意表を突き、このまま勝利を手にできるかと思っていたが……現実はそう甘くはなかった。
直後にはユベールは即座にシュゼットの作戦を見抜き、完璧に対策してきたのだ。
おかげで、二人はボコボコに負けてしまった。
あの後も何度か勝負を挑んだが、結局は勝てないままだ。
「ふふ、アロイスもコレットもよっぽど疲れたのかしら。気持ちよさそうにねちゃって……」
シュゼットの正面の席では、幼い兄妹が寄り添うようにして穏やかな寝息を立てている。
二人ともはしゃぎまわって疲れたのだろう。馬車に乗ってすぐに、こうして眠ってしまったのだ。
(二人とも楽しめたみたいね。よかった……あ、でも、閣下とアロイスの誤解が全然解けてないじゃない!)
満足しそうになったが、当初の目的が達成できていないことに気づき、シュゼットははっとした。
うっかり勝負に夢中になってしまった自分の落ち度である。
「はぁ……」
大きくため息をつくと、すぐ隣に腰掛けているユベールの視線を感じた。
「……何か、不満でも?」
「いえ、実は今日……閣下とアロイスに仲良くなってもらって、腹を割って話し合って、アロイスの誤解を解いてもらう所まで進む予定だったんですけど……」
ユベールになら、真の目的を話しても大丈夫だろう。彼にプレッシャーを与える意味も兼ねて。
そんな思いで本日の目論見を伝えると、ユベールは呆れたような目を向けてきた。
「……そんなことだろうと思いました。最初にピクニックに行きたいと行った時から、そう考えていたのでしょう」
「だって、こういう機会でもないと閣下は二人と向き合ってくださらないでしょう? 今日だって、腹を割って話すところまでは行かなかったけど……少しは、距離が縮まったんじゃないですか?」
「どうでしょうね……」
ユベールはシュゼットの視線から逃れるように、窓の外を眺めている。
「……あなたの目的はわかりました。ですが、僕はあなたの目論見通りに動くつもりはありません」
「何でですか……! アロイスの勘違いが解けた方が、閣下だって――」
「勘違い、ですか」
シュゼットの言葉を受けて、ユベールは小さくため息をついた。
「確かに勘違いをしているようですね」
「そうでしょう? だから、ちゃんと話し合うことができればアロイスとのわだかまりも解けて――」
「いいえ、勘違いしているのはアロイスじゃない……あなたです」
こちらへ振り向いたユベールにそう言われ、シュゼットは思わず息をのむ。
「……どういう意味ですか、それ」
「言葉通りの意味ですよ」
「だって、勘違いをしているのはアロイスでしょう? 閣下がお兄さん――二人の父親を含めた家族を殺したなんて――」
「勘違いじゃない」
「え……?」
思わぬ言葉に、シュゼットは言葉を飲み込んでしまう。
そんなシュゼットを真っすぐに見つめ、ユベールは感情の読めない声で告げた。
「……そういえば、あなたに話したことはありませんでしたね。そのせいで誤解を与えてしまったのならすみません」
……聞いてはいけない。聞きたくない。
だがシュゼットは凍り付いたように、何も言うことができなかった。
「世間は僕のことを身内殺しの『死神侯爵』と呼ぶ。……あなたはそれを勝手な誤解だと思っていたようですが」
指先が震える。心臓が嫌な音をたてる。
だって……あり得ないことだと思っていたのだ。
彼は誤解されやすいが、人の心がないわけじゃない。
非情に感じられることもあるが、きちんと周囲のことを考えている。
だから、根本の「死神侯爵」と呼ばれるようになった事件のことだって、ただ世間がやっかみでひどいことを言っているだけだと思っていた。
……ユベール本人は、一度もそう口にしたことなどなかったというのに。
「僕が兄――二人の父親を殺したことは事実です。残念ながら誤解でも何でもない」
淡々と告げられた言葉に、シュゼットは目の前が真っ黒になるような心地を味わった。