45 いざ勝負です、閣下!
(くっ、強っ……!)
ユベールの力強いサーブにより、シュゼットの健闘むなしくシャトルがコートのこちら側に落下してしまう。
何度目かの敗北に、シュゼットは肩を落とした。
「やりますね、閣下……!」
「……その恰好でここまで健闘したあなたの方が異常だとは思いますが」
「むぅ……」
褒めているのかけなしているのかわからないユベールの言葉に、シュゼットは頬を膨らませる。
ただ今二人は球戯場の一角で、ラケットで羽根のついたシャトルを打ち合う「羽根打ち」という球技に興じている。
ユベールはシュゼット相手でも決して手を抜いたり、わざと勝ちを譲ったりはしなかった。
その結果、シュゼットもなんとか食らいつこうとしているのだが、悔しいことに連敗中なのである。
「ハッ! 負けっぱなしでダッセーな!」
「なによぉ、そんなに言うならあなたがやってみる?」
ニヤニヤしながらからかってきたアロイスにラケットを差し出すと、彼はぷい、とそっぽを向いてしまった。
「やだね。なんであの根暗野郎の相手なんてしなきゃいけないんだよ」
「あれ、もしかして……負けるのが怖いとか?」
シュゼットにも年少の弟がいる。
負けず嫌いの少年を勝負の場に引っ張り出す手段など、いくらでも心得ているのだ。
弟のロジェなら「その手には乗らないよ、姉さん」とクールに言い返してくるところだが、わがままお坊ちゃんのアロイスはこういった挑発に耐性がなかったのだろう。
「別に怖くねーよ! ……ていうか、負けねーし」
「あらあら、ならかっこいい所見せてね。私はコレットと応援してるから」
木陰でもぐもぐとお菓子を食べながら観戦していたコレットの横へ引っ込むと、アロイスはキャンキャン吠える子犬のようにラケットをブンブン振ってみせた。
「見てろよ! あの野郎をぶっ飛ばしてやるからな!」
「私のかたき討ちよろしくね~」
「おにいさま、がんばって~!」
コレットにならってお菓子をもぐもぐと頬張りながら、シュゼットはユベールとアロイスの勝負の行方を見守った。
「クソ! もう一回!」
「構わないが……何度やっても同じだろう」
「くっ……つまんねーこと言いやがって……!」
シュゼットが予想していた通り、勝負はユベールの圧勝だった。
どうやら栄えあるアッシュヴィル侯爵閣下には、子ども相手でも接待プレイを行うなどの気遣いは存在しないようである。
「閣下……少し手加減してあげては?」
みかねたシュゼットがそう声をかけると、ユベールは呆れたように目を細める。
「それではアロイスのためにならないでしょう。早いうちから世界の厳しさを、敗北の経験を積むことも重要かと」
(……ちゃんと、そういうことは考えているんだ)
徹底的に兄妹に関わらないようにしているユベールだからこそ、手を抜くことすら面倒がっているかと思いきや……きちんと、意味のある行動だったらしい。
そこまで考えられるのなら普段の無関心っぷりは何なのよ……と思いつつ、シュゼットはくすりと笑う。
何度負けても、ユベールを手を抜かないしアロイスは悔し気にきゃんきゃんと喚いている。
その様子も微笑ましいと言えば微笑ましいのだが……そろそろ、変化をつけてもいいはずだ。
「よし! 私も参戦します! アロイス側で!」
「はぁ? すっこんでろよ!」
「まぁまぁ……一回くらい、負けた時閣下がどんな顔するのか、見て見たくない?」
こそりとそう囁くと、アロイスの動きがぴたりと止まった。
「あのすかした顔が悔しがるのを見たくない? 引きつった顔で捨て台詞を吐くのを見たくない?」
シュゼットは、とても見たい。その思いは、きっとアロイスも同じはずだ。
案の定、アロイスはすぐに釣れた。
「ま、まぁ……一回くらいなら、付き合ってやらなくもないぞ」
「よし来た! それでは閣下、特別に二対一でお手合わせ願います」
ラケットを片手に張り切るシュゼットに、ユベールは何とも言えない顔をしていた。
「……時折、あなたの発想には驚きを禁じえません」
「お褒めに与り光栄ですわ」
実際、今の言葉はシュゼットを褒めているのかそれとも皮肉なのかはわからなかったが、シュゼットはあえて誉め言葉として受け取っておいた。
「いざ勝負です、閣下!」