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44 応じるのもやぶさかではありませんね

 簡易的なテーブルセットの席に着き、使用人が用意してくれたバスケットを開く。

 中には、美味しそうなサンドイッチが整然と並べられていた。


「わぁ~おいしそう~」


 その様子を見て、コレットは歓喜の声を上げる。

 その年相応の少女らしい愛らしい様子に、シュゼットだけでなく周囲の使用人たちも、兄であるアロイスでさえ微笑まし気に頬を緩ませた。

 ただ一人、ユベールだけはいつもと変わらず冷めた表情をしていたが。


「ふふ、たまにはこうやって太陽の下で食べるのもいいものでしょう?」


 サンドイッチを片手にシュゼットがそう声をかけると、アロイスはぶっきらぼうに頷く。


「……まぁな」

(もっと素直に喜んでくれてもいいのに。……でも、二人が嬉しそうでよかった)


 きっと両親が亡くなってからは、こんな風にどこかへ出かける機会もなかったのだろう。

 少しでも二人の気分が晴れるのならば何よりだ。


(まぁ、欲を言えば閣下にももっと積極的になってもらいたいんだけど……)


 ちらりとユベールの方へ視線をやると、彼が淡々とサンドイッチを口にしているのが目に入る。

 なんとなく物珍しくてじぃっと見つめていると、さすがにその視線が気になったのか、ユベールがこちらへ顔を向けた。


「……なにか?」

「いえ、閣下もサンドイッチとか食べるんだな、と思いまして」

「僕を何だと思っているんですか。普通に食べます」

「へぇ……」


 そういえば、婚約者といってもシュゼットとユベールは完全に敷地内別居状態。

 彼がこうして何かを食べる場面を見ることすら、滅多にないのだ。


「……そう見られていると食べにくいんですが」

「どうぞ、お構いなく。素敵な婚約者様を眺めているだけですので♡」


 あまりにもつれないユベールへの意趣返しの言葉だったが、ユベール本人は驚いたように目を見開いたのち――サンドイッチをのどに詰まらせたのかゴホゴホとせき込み始めたのだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……まったく、あなたは――」

「ほら、お水飲んでくださいお水!」


 慌てて水を飲ませると、ユベールからじとりと恨みがまし気な視線を向けられる。

 先ほどの言葉が誤解されたのかと思い、シュゼットは慌てて取り繕う。


「ただの冗談ですよ、冗談! そんなにご心配なさらなくても、閣下に恋愛感情を抱いたりはしていませんので大丈夫です!」


 シュゼットが明るくそう宣言した途端、ぴしりと周囲の空気が固まったような気がした。

 使用人たちは気まずげに視線を逸らし、アロイスですら苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ただ一人、コレットだけが「このフルーツサンドだいすき!」とはしゃいでいた。


「…………そうですか」


 長い沈黙の後、ユベールは俯き気味にそう口にする。

 その表情は窺えなかったが、とりあえず誤解は解けたと考えていいだろう。


(はぁ、ただの冗談なのに変な空気になっちゃった。まだ今日の目的は達成できてないし、気を付けないと……)


 あまり調子に乗りすぎると、「やはりあなたのような奔放な方は扱いかねます」と屋敷から放り出されてしまうかもしれない。

 ユベールを怒らせないようにしつつ、なんとか二人の兄妹との距離を縮めさせなくては。

 サンドイッチを味わいつつ、シュゼットはあらためてそう決意を固めた。


 ◇◇◇


「よし、次は球戯場へ行きましょう!」


 昼食を終え、心なしかまったりした空気の中シュゼットは間髪入れずにそう声を上げた。

 途端に、ユベールは面倒くさそうな表情を隠しもせずため息をつく。


「……私も、ですか」

「当然です! ほら、行きますよ!」


 座ったままのユベールの腕を引っ張るようにして立たせると、彼はまたしても大きなため息をつく。


「まったく、あなたは強引ですね。……あなたのような方は初めてです」


 侯爵相手にさすがに失礼すぎたか……? とシュゼットは周囲の様子を伺ったが、使用人たちは微笑ましそうな顔をしており特に焦った様子はない。

 さすがにシュゼットがとんでもないことを仕出かそうとした時は、彼らが止めてくれるだろう。

 だから、まだ大丈夫なはずだ。


「閣下の球技の腕前はどんな感じですか?」

「あまり得意だとはいえませんが、嗜み程度は」

「ふふ、なら私といい勝負になるかもしれませんね!」

「まさか……本気で勝負をするつもりですか?」

「え? もちろんです」

「……本当にあなたは、変わってますね」


 ふい、とシュゼットから視線を逸らしながら、ユベールがそう呟く。

 その言葉に、シュゼットはむっとした。


(むむ……私じゃ相手にならないと思ってるってこと?)


 これでも昔から家族と張り合い、腕を磨いてきたのだ。

 一度も対戦せずに舐められたとなると、おとなしく引き下がるのも癪だ。


「ふふん、全力でお相手させていただきますから!」


 負けじとばかりのそう言い返すシュゼットに、ユベールは何とも言えない顔をしていた。

 ……そもそもあまり他の貴族と交流のないシュゼットは知らなかったのだ。

 あくまで一般的な貴族令嬢が行う球技は嗜み程度で、それも女性同士の簡単な遊戯でしかないということも。

 今のように婚約者と本気で対戦するようなことは、はしたない行いだと忌避されるということも。

 ユベールはそんなシュゼットを複雑そうに眺め……ほんの少しだけ口元を緩めた。


「まぁ……あなたがそこまで言うのなら。応じるのもやぶさかではありませんね」

「本当ですか!? 約束ですからね! 逃げないでくださいね!!」


 にっこり笑うシュゼットに、ユベールは何とも言えない顔をして視線を逸らした。

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