43 どっちも頑固なんだから
「お帰りなさいませ、閣下、奥様。……奥様は随分とお疲れのようで」
波乱のボート体験を終え戻って来た四人に、使用人は何とも言えない表情をしていた。
それもそのはずだろう。
ユベールとアロイスの間にはなんともいえない気まずい空気が漂っており、シュゼットは全力で小舟を漕いだ余韻でゼーハーと肩で息をしているのだ。
ただ一人、コレットだけが嬉しそうににこにこと愛らしい笑みを浮かべている。
「あのね、池の中にお魚さんがいっぱいいてね! 白鳥さんも泳いでて、それで――」
扱いにくい三人から目を逸らすように、使用人たちは「よかったですね~」とお嬢様をちやほやしている。
(まったく……ここまで頑なだとは予想外だわ)
レアが用意してくれた冷たいお茶を飲みながら、シュゼットはため息をついてしまった。
ユベールとアロイスの距離を近づけるのが本日の目的だというのに、相変わらず二人は冷戦状態だ。
アウトドアを通して気まずい雰囲気だった二人にも笑顔が……という展開には、なかなかならないものである。
(くっ、こんなに明るい天気なのに雰囲気が暗すぎるのよ……)
シュゼットは憤ったが、深呼吸をして思考を切り替えた。
大丈夫、まだ時刻はお昼前。
まだまだ、二人の距離を近づけるチャンスはあるはずだ。
「少し早いけど、昼食にしない? 思いっきり漕いだらお腹空いちゃったわ」
「え、奥様が漕がれたんですか?」
「……成り行きでね」
少し驚いた様子のレアに昼食の用意を頼み、シュゼットはちらりとユベールの方へ視線をやる。
すると彼もこちらを見ていて、ばっちり視線が合ってしまう。
「あの……何か?」
「……楽しめましたか?」
「え?」
「あなたが言ったんでしょう。未来の侯爵夫人として婚約者とのピクニックの経験が必要だと。今日を楽しみにしていると」
(そうだっけ……)
そういえば頑固なユベールを引っ張り出すために、建前としてそんなことを言ったような気がしないでもない。
(……一応は、私のことも気にかけてくださるのかしら)
聡い彼ならシュゼットがアロイスとコレットを連れてきた時点で、真の目的はそちらにあると気づきそうなものだが……そのうえで、シュゼットがちゃんと楽しんでいるかどうか気を遣ってくれているのだろうか。
そう思うと胸がほわりと温かくなり、シュゼットはユベールに向かって微笑んでみせた。
「えぇ、とても。普段は見られない閣下の一面も見られますし」
そう言うと、ユベールは慌てたように視線を逸らした。
何かまずいことを言ってしまっただろうか……とシュゼットは慌てたが――。
「……それは何よりです」
返ってきたのは、皮肉でも何でもなくシュゼットを気遣う言葉だった。
(やっぱり、本質は優しい人なのかしら)
シュゼットは未だに、ユベール・アッシュヴィルという人間の本質を掴めないでいる。
彼が何を考えているのか推し量るのは難しい。
だが……少なくとも、傍にいる人間に対する優しさは感じられるのだ。
(ちょっと空回りしてる気がしないでもないけど……私を気遣うくらいならもっとアロイスと話し合ってほしいんだけどね……!)
一瞬ほだされかけてしまったが、よくよく考えると本日の目標達成には程遠い。
何でそんなにアロイスと話し合うことを避けているのかはわからないが、シュゼットを楽しませたいならさっさと子供たちと和解してほしいものである。
(どっちも頑固なんだから……)
ある意味、似た者同士なのかもしれない。
「……ふん、スカしたこと言いやがって」
「……? それはよくわからないけど、侯爵閣下とあなた、けっこう似ている所もあると思うの」
「はぁ!? どこがだよ!」
反感たっぷりにぶつぶつユベールへの文句を言うアロイスにそう声をかけると、彼はあからさまに「心外だ」という顔をしていた。