41 私とデートしてくださるって仰ったのに!
「わぁ……!」
辿り着いたのは、王都の郊外に位置する自然公園だ。
そこには、王都の喧騒から離れた穏やかな光景が広がっていた。
広大な芝生には色とりどりの敷き布が広げられ、多くの人たちがピクニックを楽しんでいる。
池のほとりには小さなボートが浮かび、水しぶきが太陽の光を反射してきらめいている。
遠くに目をやれば小さな森が広がっており、その近くには簡素な球戯場も見える。
公園全体が活気に包まれ、笑顔や楽しそうな声が溢れているようだった。
(そうよ。こういう場所を探していたのよ……!)
いつもは「死神侯爵」の名に恥じず、狭い室内で仕事に興じている(と思われる)ユベールだが、こういう場所なら多少は開放的になるのではないか。
(ふふ……なんとかみんなで遊んでいい雰囲気にして、アロイスの誤解を解くように仕向けないと……)
そう意気込むシュゼットの傍らで、ついてきた使用人たちがてきぱきと木陰に敷き布と簡単なテーブルセットを広げる。
ユベールは大儀そうに椅子に腰を下ろすと、シュゼットへと声をかけた。
「それでは、私はここにいますのでどうぞご自由に」
「ちょっと待った! なに普通に仕事しようとしてるんですか!」
使用人に声をかけ書類を広げようとしたユベールの腕を、慌ててシュゼットは引っ張った。
「私たちはピクニックに来たんですよ!? ちょっと気分を変えて屋外で仕事しに来たんじゃないですよぉ!?」
「これが僕なりのピクニックでの過ごし方です」
「認めません! 私とピクニックデートしてくれるって言ったじゃないですか!」
ユベールと兄妹との和解が一筋縄ではいかないことは予想していた。
だがまさか、こんな最初の最初で躓くなんて!
(ここで「はいそうですか」と諦めたら今までの苦労が水の泡! なんとか侯爵閣下を引っ張り出さないと……!)
ここで折れては、今までの計画も演技も何もかも台無しだ。
諦めるものかと、シュゼットはユベールの腕を掴む指に力を込めた。
「閣下の嘘つき! 私とデートしてくださるって仰ったのに!」
大声で喚くシュゼットを、コレットは不思議そうに、アロイスは呆れたような目で見ている。
我関せずと静かな顔をしていたユベールも、さすがに居心地悪そうに目を細めた。
「……少し、声が大きいのでは」
「だって閣下が嘘をつくんですもの! せっかくピクニックデートに来たのにここで放り出されたなんて、社交界の笑い者になっちゃうじゃないですかー!」
「いや、そうではなくて――」
「私、すっごく楽しみにしてたのに!!」
声を張り上げるシュゼットと困った様子のユベールに、周囲の者たちの注目が集まりつつある。
「喧嘩か?」「修羅場か」という囁きもちらほら聞こえてくるほどだ。
「シュゼット、落ち着いて――」
「今日は私とデートしてくれる約束じゃないですかー!」
ユベールの顔にもだんだんと焦りが滲み始めた。
さすがにこの状況はまずいと悟ったのだろう。
吹けば飛ぶような下級貴族の娘であるシュゼットとは違い、ユベールは社交界でも有名人だ。
「死神侯爵が白昼堂々女性とトラブルになっていた」などと社交界で広がるのは、彼だって勘弁したいに違いない。
……だからこそ、シュゼットはこうして粘っているのだ。
「まったく……わかりましたよ」
やはり、折れたのはユベールの方だった。
今回もまた、シュゼットの作戦勝ちだ。
(ふふ……だんだんとユベール閣下の攻略法がわかってきたわ……!)
なんて内心でほくそ笑みながら、シュゼットはころっと騒ぐのを止めて満足げな笑みを浮かべる。
「嬉しい! 閣下ならそう仰ってくださると信じていました!」
シュゼットの笑顔を向けられたユベールは、少し困ったように視線を逸らす。
もっと文句を言われるかと思いきや、意外と彼は何も言わなかった。
その代わりに、一連のやりとりを横から見ていたアロイスが呆れたように口を開く。
「……なかなかに恥ずかしい奴だな、お前」
そんな可愛くないことを言うアロイスに、シュゼットは自信満々の笑顔を向けてやる。
「甘いわね、少年。世の中声が大きい方が勝つことも多いのよ」
「そうだとしても、コレットに変なこと教えんなよ!」
「うっ……それは肝に銘じておくわ……」
ずぶとく生きてきたシュゼットと違い、コレットはまさに深窓の令嬢。
……あまり、こういった振舞いを学習してほしくないのは確かだ。
「……ほら! そうと決まったら皆で遊びに行きましょう? あっ、あの池のボートなんてどうですか? ほらほら、とっても楽しそうですよ」
慌てて誤魔化すように、シュゼットはボート遊びに興じる人々の方を指さした。
「わぁ、楽しそう……!」
コレットの興味がそちらへ移ったのを確認して、逃がさないようにユベールの腕をとる。
「さぁ参りましょう、閣下?」
「……まったく、あなたは恐ろしい女性ですね」
「お褒めに与り光栄ですわ」
にっこりと微笑むと、ユベールは言葉に詰まったように視線を逸らした。
(……なんでも、言ってくださればいいのに)
だんだんと彼のことがわかってきたのは確かだ。
だが一番肝心な部分は謎に包まれたまま。
彼がなぜ「死神侯爵」として誹りを受けながらも、事実を訂正しないのか。
大衆だけならまだしも、身近な人間にまで誤解を受けているというのに。
(……なんとか、今日の雰囲気で和解できるといいのだけれど)
ボートが気になるのか駆け出した兄妹の後を追いながら、シュゼットはそう願わずにはいられなかった。