4 死神侯爵
そうして、今。
シュゼットは死神侯爵と呼ばれる人物と向き合っている。
アッシュヴィル侯爵家当主――ユベール。
彼は一見穏やかな……それでいて一片の感情も窺わせない、ガラス玉のような瞳でこちらを見つめている。
「お招きいただき感謝します、マリシェール子爵令嬢」
ゆったりとそう告げるユベールには、確かな余裕が見て取れた。
まるで夜空を思わせる、昏い藍色の髪と瞳。
思わず見惚れてしまいそうなほど整った顔立ちをしているが、やはりどこか血の通っていない人形のような冷たさを感じる。
だが、椅子に腰を下ろすその姿勢、ティーカップを手に取るその所作は、何とも言えない優雅さを醸し出している。
古ぼけた屋敷の応接間が、まるで荘厳な宮殿にいるのではないかと錯覚してしまうほどに。
そこまで考えて相手のペースに飲まれかけていたシュゼットは、はっと意識を現実に戻す。
(ダメダメ、ぼけっとしてちゃ。これは「交渉」なんだから……!)
彼からの縁談の申し込みは、シュゼットに残された最後の手段だ。
死神への生贄だろうと構わない。
その分、こちらのリターンも弾ませてもらうだけなのだから。
「こちらこそ、身に余るお話を頂き光栄ですわ。アッシュヴィル侯爵閣下。ですが――」
シュゼットは緊張を抑えるように小さく息を吸い、本題へと話を進める。
「何故、閣下のような立派な御方が縁もゆかりもない私にこのようなお申し出を?」
シュゼットの問いかけに、ユベールはふっと笑う。
まるでこちらの心を見透かしているのではないかと疑うような、思わずぞくりとするような笑みだった。
「あなたは覚えていないでしょうが、以前出席した舞踏会であなたの姿を目にしたことがあります。それからずっと、密かにあなたを慕っておりました」
もしもシュゼットが以前のように恋に恋する少女であれば、そんな言葉にのぼせ上ったかもしれない。
だが、今ならわかる。
そう語るユベールの瞳には、まったくと言っていいほど情熱の光が宿っていない。
まるで氷のように、冷めきっていたのだ。
「……なんてストーリーは、期待しない方が身のためかと」
嘲るようにユベールがそう告げる。
シュゼットも静かに頷いた。
「えぇ、構いません。元より閣下の愛場など期待しておりませんので。ただ……どうして、並み居るご令嬢の仲から私が選ばれたのか知りたかっただけです。今後の振る舞いの参考になるかと思いますので」
そう告げると、ユベールは初めて表情を動かした。
少しだけ驚いたように目を丸くした後……愉快そうに口角を上げたのだ。