38 話が違います
「お願いです、閣下。この惨めな婚約者を助けると思って、どうか私とピクニックに行ってくださいませんか!?」
「え、いやその……」
「あぁ、閣下が約束してくださらないと食事も喉を通らないかもしれません……」
今朝も朝食をモリモリ食べたという事実を押し隠して、シュゼットはくらりとよろめいたふりをして椅子に腰かけた。
ユベールはやはり困惑していた。
きっと彼の人生において、今のシュゼットのようにわけのわからない言動をする人間と関わる機会は少なかったのだろう。
「準備はすべてこちらでいたします。閣下はただ頷いてさえくださればよいのです。ですから、閣下……」
だめ押しとばかりにユベールに視線を投げかけると、彼は困ったように視線を逸らした。
そして、逡巡した後……。
「……わかりました」
確かに、承諾の返事をしたのだ。
(やったー! その場の雰囲気で押し切る作戦に舵を切ってよかったわ!)
最初は、理論整然とピクニックのメリットを提示し、「なるほど、これは行ってみる価値がありそうですね」と正攻法でユベールを納得させる予定だった。
だが、駄目だった。
何回イメージトレーニングしても、ユベールを納得させるヴィジョンが思い浮かばなかったのだ。
――「馬鹿馬鹿しい」
――「非合理なことこのうえないですね」
――「契約外の事項で僕を煩わせないでいただきたい」
――「行きたいのならご勝手にどうぞ。僕は仕事があるので失礼します」
そう言ってせせら笑うユベールの姿が何度も脳裏をよぎる。
それも当然だ。
弁論でシュゼットが彼に勝てるはずがないのだから。
だからと言って、感情面で攻めてもユベールが頷くとは思えなかった。
何日も悩み、シュゼットが導き出した答えこそが……「最初は理論的にメリットを提示し、途中で泣き落としに切り替えてユベールの混乱を誘い、勢いで押し切る」というものだった。
結果はご覧の通り。
次回から同じ手は通じないだろうが、今回に関してはきちんと約束を取り付けることができたのである。
(ユベール閣下の性格上、一度合意した約束を反故にするとは思えないわ)
正気に返ったユベールは、きっと何故頷いてしまったのかと後悔するだろう。
だが当日は、嫌そうな顔をしながらピクニックに付き合ってくれるに違いない。
そうなれば、もう後はこちらのものだ。
「それでは閣下、当日を楽しみにしておりますね! では!」
「あ、はい……」
急に元気になったシュゼットを、ユベールは未知の生物を眺めるような目で見ていた。
そんな彼に向かって元気よくお辞儀をし、シュゼットは踊り出したいような気分で執務室を後にする。
「やりましたね、奥様!」
「えぇ、やってやったわ! あなたの集めてくれた資料のおかげよ、レア!!」
目を輝かせて賞賛してくれるレアと勝利をわかちあいながら、シュゼットは早速ピクニックの準備に取り掛かろうと思考を巡らせていた。
◇◇◇
「……話が違います」
「違いません」
約束のピクニック当日、律義にやって来たユベールは待ち構えていたシュゼット……とその両隣を見て、あからさまに顔をしかめた。
「……なんだよ、こいつも来るのかよ」
「もう、そんなこと言わないの。みんなで楽しくお出掛けしましょう?」
「……うん。コレット、おでかけたのしみ」
少し緊張しながらも、シュゼットにぴっとりと寄り添うコレット。
ぴりぴりと緊張を露にしつつも、ちらちらユベールの方を窺うアロイス。
シュゼットとのピクニックとは聞いていたが、まさか二人がいるとは思っていなかったのだろう。
ユベールは恨みがましい目をシュゼットに向けてきた。
「……僕を嵌めましたね」
「嵌めてませーん! 私は二人っきりのデートなんて言ってませんもの」
「変なとんちはやめてください」
ユベールは大きくため息をつくと、あからさまに帰りたそうな顔をした。
だが、自室や執務室へ戻ろうとはしない。
不本意ながらも、シュゼットとの約束を守ろうとしてくれているのだろうか。
そんな彼の想いが嬉しくて、シュゼットはくすりと笑う。