36 方針は決まったわ
「い、いや……別に私、閣下と対等に話せたことなんて……」
「何をおっしゃるのですか、奥様! 奥様の介入のおかげで、別館の使用人による劣悪な環境が改善されたではないですか! 奥様が侯爵閣下にガツンと説教したと、使用人の間でも噂になって――」
「してない! してないから! 侯爵閣下に説教なんてできるわけないじゃない!」
確かに「保護者なんだからもっとちゃんとしろ」というようなことは言ったが、どちらかというと説教というよりも怒りをぶつけただけになってしまったのだ。
ユベールもあの場は「善処します」と言っていたが、単にシュゼットが面倒くさかったので折れたふりをしていただけなのだろう。
(実際、子どもたちとも10分しか話してないみたいだし……)
とてもじゃないが、シュゼットの言葉が響いているとは思えない。
だから、こうレアたち使用人から期待を寄せられると……。
(うっ、胃が……!)
なんだか胃がシクシク痛み始めた気がして、シュゼットはまたもやため息をついてしまった。
寄せられる期待は重い。
だが、こうして誰かに頼られるのは……。
(嬉しいと、思っちゃうのよね)
姉気質だとでもいうのだろうか。
できるかどうかはわからないが、できる限りは期待に応えたいと思ってしまう。
レアたち使用人のためにも、なんとかユベールと子供たちの仲を取り持ちたいのはやまやまなのだが……。
(いったい、どうしろと……)
三人の同じ場所に引き合わせたとしても、うまくいくビジョンが思い浮かばない。
侯爵邸の広い部屋が気まずい沈黙に支配する様がありありと脳裏に浮かび、シュゼットはため息をつきかけたが……。
(……ん? 確かに室内だとうまくいく気がしないのよね。でも、他の場所……たとえば、もっと開放的な空間だったら?)
たとえば陽の光が降り注ぐ大自然の中なら、日ごろの煩わしいあれこれから解放され、ユベールの口も少しは軽く……なったりはしないだろうか。
(私とアロイスも、辛抱強く外遊びを繰り返したからこそまともに話せるようになった……っていうのもあるしね)
すぐに家庭教師の下から逃げ出してしまうアロイスが、シュゼットの話を聞いてくれるようになったのは、シュゼットが辛抱強く追いかけたのもあるだろうが……その場所が閉塞的な室内ではなく主に屋外だったというのもあるのではないだろうか。
(つまりは……なんとか侯爵閣下を解放的な屋外に連れ出して、子どもたちとも話の場を設ければ、うまくいく……かも?)
陽の光を浴びてはつらつと笑うユベールの姿はとても想像できないが、少なくとも何もせずに手をこまねいているよりはマシだろう。
(そう……ピクニックなんていいじゃない)
シュゼットの生家――マリシェール家は昔からよく家族そろってのピクニックに出かけていた。
普段は些細なことで喧嘩を繰り返す弟や妹たちも、自然の中ではしゃいでいる時はみんな笑顔が絶えなかったことをよく覚えている。
「よし! 方針は決まったわ!」
「さすがです、奥様!」
決意が鈍らないうちにそう宣言すると、レアがぱちぱちと拍手を送ってくれる。
「でも問題は……どうやって閣下を連れ出すかよね……」
正直に話せば、一も二もなく断られるに決まっている。
かといって、真意を隠して「一緒にピクニックへ出かけませんか?」なんて誘っても、「使用人と行ってきてください」と却下されるのがオチだろう。
となると、シュゼットに求められるのは……。
「完璧なプレゼン能力ね」
あのユベールを納得させるだけのメリットを提示し、首を縦に振らせるのだ。
果てしなく無理難題な気がしないでもないが、やるしかない。
「レア、お願いがあるのだけど」
「何なりとお申し付けください。奥様の手足として、精一杯尽力いたします!」
「ふふ、ありがとう。じゃあまず、資料を集めてほしいのだけど……」