33 私が泥くらい被ってもいいわ
それからも、シュゼットは根気よくアロイスとの勝負に興じた。
ある時はおにごっこ、ある時は缶蹴り、またある時はバドミントン……。
シュゼットも全勝とはいかず、時には敗北を喫することもあった。
だが、そうやって勝負を繰り返すうちに……少しずつ、アロイスの本心へと近づいていく確信があった。
――「わざとそういう態度を取るのは、皆を困らせたいから?」
――「……別に、使用人を困らせたいわけじゃない」
使用人ではない、気を引きたい相手がいること。
――「コレットが困った状況にあることを伝えたかった?」
――「……それはもう解決した」
使用人の横暴の件ではなく、別に話したいことがあること。
――「私が悪女だって噂を聞いて、追い出したかったの?」
――「お前が来る前からこんな態度なのは知ってるだろ。……あと、別にお前に出てけとか思ってない」
――(初対面の時は思いっきり「出てけ」って言ってたじゃない)
今はもう、シュゼットのことを追い出そうとは思っていないこと。
少しずつピースを集め、シュゼットは少しずつ仮説を作り上げていく。
(アロイスが気を引きたい相手は……侯爵閣下ね)
無茶を言って、わがままに振舞って、何度も何度も家庭教師を変えさせて……そこまでして、彼は待っているのだ。
直接、ユベールが自分の所に注意をしにくる時を。
(肝心の侯爵閣下は、使用人任せで全然向き合おうとしてないんだけど……)
ユベールが向き合おうとしないからこそ、アロイスは態度をあらためようとはしない。
そんな彼が、ユベールと話したいこととは――。
(自分や妹が使用人のせいで窮状に置かれている事じゃない。「悪女」と呼ばれる私を屋敷に引き入れたことでもない。ならば――)
この推測には、あまり自信が持てなかった。
だが、ユベールとアロイスの関係や、どうしてこのいびつな状態が出来上がったのかを考えると……。
(一年前の、事故に関すること……)
先代の侯爵夫妻や、幼い兄妹の両親が亡くなった火事――。
そのことについて、アロイスはユベールを問い詰めたいのではないのだろうか。
(まさか、父と兄を殺したなんていう噂を信じてるの……?)
世間が面白おかしくそう噂しているのはシュゼットも知っている。
一年前の事故、それに伴うゴシップは、しばらくの間紙面をにぎわせていた。
アロイスがその噂について知っていてもおかしくはないのだが――。
(まさか、自分の保護者である叔父を疑っているなんて――)
シュゼットだって、本当に事故の真相を知っているわけじゃない。
だが、ユベールと接していればわかる。
彼は、決して良くに目がくらんで身内殺しを行うような人間ではないと。
(だったら――)
少しでも、二人の間の誤解を解きたい。
「はぁ……」
「あら、ため息なんてついてどうなさったんです? またドレスを汚されましたか?」
「ち、違うわ! 冤罪よ!」
お付きのメイドであるレアにじっとりとした視線を向けられ、シュゼットは慌てて弁解する。
「ふふ、冗談ですよ。奥様がアロイス様のために頑張っていらっしゃることはよくわかってますから。多少洗濯が面倒になるくらい、なんてことはないです」
「本当に悪いと思っているのよ……」
シュゼットは身を縮こませて謝った。
やんちゃな少年であるアロイスとの勝負についていくには、こちらもなりふり構っていられないのだ。
その結果、とても淑女とは思えないほど衣類を汚すことも多かった。
先日泥団子のぶつけあいの勝負をした時には、さすがのレアも目を吊り上げて怒ったものだ。
「どうせ汚れるんだから、もっと安物の服でいいのに。古着屋ならこのリボン一本分の値段で一式揃うわよ」
ひらひらと胸元のリボンを引っ張りながらそう口にすると、レアは口を尖らせた。
「それはいけません! 奥様は侯爵夫人となられる方なのですから、それ相応のお召し物を身に着けていただかなくては!」
「そのお召し物を泥だらけにするのが申し訳ないから言ってるんだけど……」
まぁ、シュゼットにそれらしい格好をさせるのも彼女の仕事のうちなのだ。
あまりぶーぶー言うのもよくないだろう。
(はぁ、本当に侯爵夫人って大変ね……)
まだろくに侯爵夫人らしい仕事をしていないシュゼットでも、こういう気苦労があるのだ。
いきなり侯爵位を継いだユベールは、どれほど大変だったのだろうか。
(……絶対に、聞いても教えてくれないわよね)
彼の鉄面皮を思い出し、シュゼットは大きくため息をついた。
ユベールに関してはあの横領の一件で、少しわかったような気がしたのだが……冷静に考えると、彼について何も知らないのは変わっていない。
(……別に、知りたいわけじゃないけど)
シュゼットはともかく、あの小さな兄妹とはもう少し話し合わないとまずいだろう。
そのためには……まずはアロイスと腹を割って話さなければ。
(最後のピースは、あの子を傷つけるかもしれない)
まだ親を喪って間もない子どもに、嫌なことを思い出させるかもしれない。
でも、それでも……この状況を乗り越えなければ、じわじわと侯爵家の命運は悪い方へと進んでいく。
(そのためなら、私が泥くらい被ってもいいわ)
そう決意し、シュゼットはぎゅっと拳を握り締めた。