31 さすがは悪女だ
「おにいさま!」
「コレット……とお前まで!」
やって来た妹の姿を見て驚いた顔をしたアロイスは、その後ろに続くシュゼットの姿を見た途端、あからさまに嫌そうに顔をしかめた。
「コレット……! なんでこいつにここを教えるんだよ!」
「えー、だって……シュゼットは家族になるんだもん」
「だから騙されてんだよ! そいつはとんでもない『悪女』なんだ!」
「お手玉をする悪女ですか?」
からかうようにそう声をかけると、アロイスは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
「あぁもう! 性悪なのは噂通りだな!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてない!」
打てば響くように言い返してくるアロイスの姿に、シュゼットは少しだけほっとした。
(よかった、元気だけは十分そうね)
シュゼットがぐるりと周囲を見回した。
子どもの遊び場にしかならなさそうな小さな空間だが、それがまた冒険心をくすぐるのだろう。
「さぁ、やっとついたことだしおやつにしましょうか」
「わぁい!」
ばさりと敷き布を広げ、持参していたバスケットを掲げると、コレットが嬉しそうに声を上げた。
「ほら、アロイスもいらっしゃい」
「……お前、俺たちの家庭教師になったんだろ。なに遊んでんだよ」
「たまにはこうやって遊ぶことも必要なんですよ。ご希望なら、ここで授業をしてみせますけど?」
「……別にいい」
「え~、こんなに美味しそうなのに? レモネードもありますよ?」
「いらない!」
シュゼットたちから少し距離を置いた場所に、アロイスはむすっとした表情で座り込む。
(頑固ね……)
まぁそれでも、ここまで近づけたのだ。
あまり一気に距離を詰めすぎると逆に警戒されるかもしれない。
今はこの距離で、彼を見守ろう。
「さぁ、今日のおやつよ!」
シュゼットが持参したバスケットを開くと、ドキドキと見守っていたコレットが目を輝かせる。
バスケットの中に鎮座しているのは、チョコチップをまぶし甘い匂いを漂わせるマフィンだ。
「おいしそう……もしかして、シュゼットが作ったの?」
「えぇ、今度コレットも一緒に作ってみる?」
「うん……!」
一瞬「変なことを教えないでください」というユベールが脳裏をよぎったが、シュゼットは脳内ユベールの忠告を無視することにした。
(ふん、私を家庭教師にしたんだもの。ここは私の好きなようにやらせてもらうわ。文句があるなら、きちんと二人と話をするべきなのよ)
コレットは嬉しそうにマフィンを頬張っている。
その表情は年相応の子どもらしくて、シュゼットの胸は温かくなる。
(よかった……。やっぱり、子どもはこうやって元気にしてるのが一番よね)
あの傷ついてボロボロになっていたコレットを見てきたからこそ、今こうして明るさを取り戻しつつある彼女を見守れるのが嬉しい。
やはりあの時の選択は間違っていなかったのだ……と感慨深く思っていると、不意に声をかけられた。
「おい……そうやって『ワイロ』で『カイジュー』するつもりだな? お前の手口なんて見え見えなんだよ!」
まるで「真実を掴んだ!」とでも言いたげなアロイスに、シュゼットは声を上げて笑ってしまった。
「ふふ……確かに、賄賂といえば賄賂ね。アロイス、あなたも懐柔されてみる?」
「なっ!? 馬鹿にするな! お前みたいな悪女に騙されるほど俺は馬鹿じゃない!」
「おにーさま、おいしいよ? あと『カイジュー』ってなに?」
「えっと……『カイジュー』っていうのはな、ほら、ドラゴンとか巨人とかそういう――」
(それは「怪獣」じゃない……!)
子供特有の可愛らしい間違いに、シュゼットは腹を抱えて笑いたいのを懸命に堪えた。
おそらくは大人たちの会話を断片的に耳にした結果、そんな勘違いが発生してしまったのだろう。
「えっ、これ食べると『カイジュー』になっちゃうの!?」
「そうだぞ! 悪女のおやつを食べたら『カイジュー』になるんだ! 今すぐ吐き出せ!」
「あはは、私は魔女じゃないんでそんなことできませんよ。ほら、コレットは今も可愛いままでしょう?」
シュゼットがマフィンを差し出すと、アロイスの瞳が迷うように揺れる。
にやりと笑い、シュゼットは更にぐりぐりとマフィンを彼の口元に押し付けた。
「ほれほれ、私の賄賂を受け取ってくれませんかね?」
「くっ……これは、毒見だからな! お前が変な物を食べさせていないか確認するだけだ!」
そう強がって、アロイスはぱくりとマフィンへと齧りつく。
次の瞬間、彼の瞳に歓喜の光が宿るのをシュゼットは見逃さなかった。
「ま、まぁ味は悪くないな……」
「それはそれは光栄です。さて、賄賂を受け取ったからには私の遊んでもらいますよ?」
「なっ!? 騙したな!? さすがは悪女だ……!」
褒められているのかけなされているのかわからないまま、シュゼットは周囲を見回す。