30 秘密の場所
「それにしても……思ったより広いんですね……」
あらためて散策すると侯爵邸の敷地は思ったよりも広大だった。
闇雲に探していては、日が暮れてしまうのではないかと思うくらいに。
「コレット様、お兄様がいそうな場所はわかります?」
「うーん、えっとね……」
きょろきょろとあちこちを見回していたコレットが、くいくいとシュゼットのスカートの裾を引っ張る。
意図を察してシュゼットが屈みこむと、コレットは内緒話をするように耳元でこしょこしょと話してくれた。
「あのね、お兄様が気に入ってる秘密の場所があるの」
「秘密の場所……?」
「うん、わたしと、お兄様と……お父様だけの秘密の場所だったんだけど――」
――お父様。
シュゼットは会ったことのない、ユベールの亡き兄のことだろう。
「もしかしたら、そこにいるかも」
「……私は、行かない方がいいですか?」
その場所が、兄妹にとって本当に大切な思い出の場所ならば。
無遠慮に踏み荒らすような真似はしたくなかった。
だが遠慮がちなシュゼットの言葉を聞いて、コレットはしばしの間逡巡した後……ふるふると首を横に振る。
「ううん、シュゼットにも教えてあげる!」
「……ありがとうございます、コレットお嬢様」
……少なくとも自分は、大切な思い出の場所を教えてもいいというくらいに目の前の少女に信頼されているのだ。
そう思うと嬉しくなって、シュゼットは例の言葉を述べる。
だがコレットは少し不満げな顔をした後……恥ずかしそうに口を開く。
「あの、あのね、シュゼット……」
「はい、何でしょうかコレット様?」
「その……コレット『さま』っていうの……なくていいよ」
「えっ?」
「だってシュゼットは、おじさまの『婚約者』なんでしょ? だから、その……わたしたちの家族に、なってくれるんだよね……?」
もにょもにょとそう口にする少女の姿に、シュゼットの胸に熱いものがこみ上げる。
その思いのままに、シュゼットは目の前の少女を抱きしめた。
「ありがとう、コレット」
そう言うと、コレットが嬉しそうに笑った。
そのあどけない表情に、歓喜と共に一抹の罪悪感が胸を刺す。
(確かに私は侯爵閣下の婚約者で、いずれ結婚する予定もあるけど……)
あまり、胸を張って「侯爵夫人です!」といえるような立場ではないのだ。
でも、それでも……。
(ここから追い出されない限りは、精一杯この子たちの寂しさを埋めてあげなくちゃ……!)
そんな使命感が、シュゼットの中で強くなっていった。
「ここね、もっと奥まで行けるのよ」
コレットがシュゼットを連れてきたのは、侯爵邸の敷地の隅にある、あまり手入れのされていない生け垣の通路だった。
あたりにはひとけがなく、庭師でさえもあまりこのあたりを整備することはないのだろう。
周囲の野草はののびと背丈を伸ばしており、自然に近い光景が広がっている。
コレットは生け垣の一点を指さすと、四つん這いになり生け垣の向こうへと姿を消してしまう。
「あっ、コレット!」
シュゼットもドレスを汚す覚悟で、慌てて小さな少女の後に続いた。
(うっ、戻ったらレアに怒られるかしら……)
「いったい何をしたらこんなに汚れるんですか、奥様!」とぷりぷりするレアを想像し、シュゼットはくすりと笑った。
かつての恋人――ニコルと婚約してからは、淑女らしくなろうと努力し、こういった「はしたない」行動は控えていた。
だが弟や妹の相手をすることが多かったシュゼットにとって、こういう行動は慣れっこだ。
なんだか懐かしい気分でコレットの後に続き……やがて、生け垣を抜け視界が開ける。
「わぁ……!」
そこはまさに「秘密の場所」といった趣の場所だった。
元々はなんらかの建物があったのだろうか。
隙間から雑草が生えたレンガの床に、朽ちかけ、蔦に侵食された石壁がまばらに残っている。
その中心に、探し人はいた。