28 侯爵閣下がそんな気遣いを…
「あなたが告発した使用人たちは、治安隊へ引き渡しました。裁判の後、刑罰が下ることでしょう」
「もちろん、屋敷には戻ってきませんよね?」
「当たり前です。次に僕の前に姿を現わすようなら……それこそ治安隊の手をわずらわせることなく処理しましょう。二度と目に入らないように」
「わぁ……」
彼の言う「処理」がかなり過激な意味を含むことを察して、シュゼットは顔をひきつらせた。
「あの場にいた者以外にも、横領に関わったものはすべて治安隊に身柄を引き渡しました。また、別館の使用人たちは横領に気づいていながら見て見ぬふりをしていたということで……全員解雇しました」
「全員解雇!?」
ユベールの思い切った決断に、シュゼットは素っ頓狂な声を上げてしまった。
(この人、思い切りがいいというかなんというか……)
「人員の補充と教育が完了するまでは、本館の使用人に兼任という形で別館の方へ出向かせます。メイド長に確認したところ、とりあえずは何とかなりそうだと」
「なるほど……あ」
そこでシュゼットは、あることに気が付いた。
(そういえば、本館で聞き込み調査をしている時――)
本館の使用人たちは、様子のわからない兄妹のことをひどく心配していた。
もしかしたら……そんな彼らの思いを汲んで、幼い兄妹と関わることができるように手配をしたのかもしれない。
(侯爵閣下が、そんな気遣いを……いや、ないわね。メイド長のイレーヌがそう取り計らってくれたに決まってるわ)
残念ながらシュゼットは、ユベールがそこまで気の利く人間だとは思っていなかった。
まぁでも、これで幼い兄妹を取り巻く環境が一変したのだ。
とりあえずは、大きく前進したと思っていいだろう。
シュゼットがそう自分を納得させていると、不意にユベールが意味深な視線をこちらに注いでいるのに気が付いた。シュゼットが視線を返すと、彼は一拍置いて口を開く。
「それで……使用人の解雇と同時に、家庭教師からも辞職の申し出がありました」
「あぁ、そうでしょうね……。すぐにでも辞めそうな雰囲気でしたから……」
その時のことを思い出しながらシュゼットがそう言うと、ユベールは真面目な顔で告げる。
「残念ながら、現在は家庭教師が不在の状態です。そこで……もしよろしければ、当面の間、あなたが家庭教師役を務めてはくださいませんか?」
「ほぇあ!?」
ユベールが突拍子もないことを言いだしたので、シュゼットは思わず変な声を出してしまった。
「わわ、私が!?」
「えぇ、もちろん当初の契約内容にはないものですから、断っていただいても構いませんが――」
「やるやる! やります!」
ユベールにどんな心変わりがあったのかはわからないが、シュゼットにとっては願ってもない申し出だ。
シュゼットが二人の家庭教師のポジションにつくことができれば、もうこそこそすることなく堂々と会いに行けるのだから。
身を乗り出す勢いで引き受けたシュゼットに、ユベールは愉快そうに口角を上げた。
「引き受けてくだり感謝いたします」
「でも……どうして私に……?」
もしかしたら、彼はシュゼットのことをそれなりに評価してくれているのだろうか。
おそるおそるそう問いかけると、ユベールは至極真面目に告げた。
「あなたの行動は時に私の予想を凌駕します。禁止事項を増やして、また使用人に扮して潜入捜査を行うような真似をされるよりも、ある程度の裁量を持たせた方がマシだと判断したまでです」
(……見直して損した)
シュゼットはがっくりしてしまった。
彼は別にシュゼットを評価しているわけではなく、『別館に近づくな』『おとなしく部屋に閉じこもっていろ』と言っても聞くわけがないと思っていただけなのだ。
(まぁ、その通りなのだけれど……でも、それでも私を追い出さずにいてくださるんだ)
普通ならシュゼットのような何をしでかすかわからない者を、婚約者として屋敷に置いておきたくはないだろう。
「死神侯爵」として悪名高い彼には、シュゼットの後釜を探すのも一苦労なのかもしれない。
だが、それでも……シュゼットは嬉しかった。
「ありがとうございます、侯爵閣下!」
シュゼットが笑顔で礼を言うと、ユベールは一瞬驚いたように目を丸くした後……気まずそうに視線をそらしてしまった。
「……別に、礼を言われるようなことはしていません。むしろ、礼を言わなければならないのは――」
「あっ、それで……あの二人とはお話されました? 仲直りは?」
「……すみませんが。他にもまだ事務処理が残っていますので失礼します」
「えっ、ちょっと! あなたの執務室はここですよ!?」
そそくさと逃げ出したユベールの後姿に、シュゼットは怒ろうとして……なぜか、自分が知らず知らずのうちに笑みを浮かべていることに気づくのだった。