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27 侯爵閣下を信じなきゃ

 シュゼットは例の横領事件の顛末がどうなったのか、二人の兄妹の境遇が改善されたのかが知りたくてたまらなかったが、しばらくの間は自室での謹慎となってしまった。


「えー! なんでよぉ!」

「いえ、奥様。それがその……侯爵閣下からのお達しでして――」


 シュゼットを宥めるように、レアがそっと教えてくれる。

 なんでもユベールは「婚約者は例の件で心を痛めているようだから、ゆっくり休息を取らせてほしい」などという方便で、シュゼットの行動を封じてきたのだ。


「本人は平気だというだろうが、本当は深く傷ついているので外出したいといっても聞かないように」と厳命し、お付きの侍女(という名の監視)を一人増やすという徹底っぷりである。

 おおかた使用人に扮して情報収集をしていたような、シュゼットの奇行を案じているのだろう。

 おかげでシュゼットはろくに散歩もできず、自室で退屈な生活を強いられている。


「はぁ、つまんない……」


 ここに来た時に危惧していたような、退屈な侯爵夫人の日常そのものだ。


「ほら奥様、編み物はいかがですか?」

「ハンカチに刺繍をして侯爵閣下に贈られるのはどうでしょう」


 レアともう一人の使用人にそう勧められ、シュゼットは小さくため息をついた。

 別に、編み物も刺繍も嫌いなわけではない。

 だが今はそれよりも、あの兄妹のことが気になって仕方ないのだ。


(仕方ない、か……)


 使用人の罪を糾弾することはできた。

 ユベールの兄妹に対する意識も……多少はましになっているだろう。


(「善処します」って言っていたんだもの。侯爵閣下を信じなきゃ)


 いまだに彼が何を考えているのかはさっぱりわからない。

 だが少なくとも、彼は噂されているように父や兄を殺して侯爵家当主の地位についたわけではなさそうだ。

 それに……残された幼い兄妹のことも、どうでもいいとは思っていないだろう。


(使用人の罪を暴いた時、閣下は怒っているように見えたのよね。それはやっぱり、あの子たちが不当に虐げられていたからじゃないかしら……)


 そもそもそんな事態を防げなかったのもユベールの手落ちなのだが、今はそれを言っても仕方ないだろう。

 頭を動かすよりも、手を動かした方が良い気分転換になりそうだ。


「そうね……刺繍でもしようかしら」

「今すぐ用意いたします」


 侍女の一人が刺繍の用意を始めたのを見て、レアがこそりと囁いてくる。


「もしかして……侯爵閣下への贈り物ですか?」

「あはは、まさかぁ。アロイス坊ちゃまとコレットお嬢様へよ」

「そうなんですか、残念……」


 少しだけ残念そうなレアの様子に、シュゼットは首を傾げた。




 数日後、再びシュゼットはユベールの執務室の前へやってきていた。

 なんと今日は、彼に呼び出されてきたのである。

 これは何か進展があったに違いないと、シュゼットははやる胸のうちを抑えながら執務室の扉を叩く。

 すぐに入室を促す声が聞こえ、シュゼットは深呼吸をして部屋の中へと足を踏み入れた。


「お越しいただき感謝します、どうぞお掛けください」

「あ、ありがとうございます……」


 ユベールに促され、シュゼットはドキドキとソファに腰掛ける。

 ちらりと視線を投げかけると、ユベールの作り物めいた横顔が目に入る。

 いつも隙の無いオーラを纏っている彼だが、今だけはどこか疲れているように見えた。


(いろいろ忙しかったのかしら……)


 そんなことを内心で考えていると、シュゼットの向かいに腰を下ろしたユベールはゆっくりと口を開く。


「まず……先日は、我が屋敷内での横領事件の発見、調査にご協力いただきお礼を申し上げます」

「いえ、そんなあらたまってお礼を言われるようなことじゃ――」

「ですが」


 ユベールが強い視線でこちらを見据える。

 彼に礼を言われて調子に乗りかけていたシュゼットは、慌てて喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「使用人に扮して、実際に使用人が行うような業務まで行うなど言語道断。いくら契約結婚だと言っても、あなたは僕の婚約者、ゆくゆくはアッシュヴィル侯爵夫人となるのです。しっかりと立場を自覚し、今後は慎みを持って行動していただきたい。あなたのこんな振舞いが社交界に知られれば、言い笑い者です」

「う…………」


 言葉の矢が胸に突き刺され、シュゼットは言葉に詰まってしまった。

 確かに、今回はたまたまシュゼットの行動が功を奏したが、下手したら何の成果もなくただ使用人の振りをして遊んでいたとも捉えられないのだ。

 シュゼットには今更失うような評判は残っていないが、ユベール――アッシュヴィル家はそうではないのだろう。


(そう考えると、少し考えなしだったかもしれないわ……)


 シュゼットは「どうせバレても婚約を破棄されてここを追い出されるくらいだろう」と思っていた。

 だが自分だけではなく、アッシュヴィル家全体に迷惑をかける可能性があることを忘れていたのだ。


(それは、反省しなきゃ……)


 今回の件について、首を突っ込むべきではなかったとは決して思わない。

 だが今考えれば……もう少し、別の手もあったかもしれないと思えてくるのだ。


「えっと、閣下、その……申し訳ありませんでした……」


 シュゼットが素直に謝罪すると、ユベールは不思議そうに目を丸くした。


「……珍しいですね。あなたがそんなにしおらしいなんて」

「私だって反省する時は反省します。閣下もそうだとよいのですが」


 少しムッとしながらそう言い返すと、ユベールは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「まぁ、それはさておき……」

(誤魔化したわね……)

「例の横領事件の進展についてお知らせします」

「は、はい!」


 話が核心に入り、シュゼットは慌てて姿勢を正す。

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