26 言いたいことは以上です
「お金だけ出していれば無関心でも許されますか!? あんな小さな子供二人が、両親を亡くしたばかりで、今まで通りに暮らせると思ってるんですか!? 保護者なら保護者としての責任があるでしょう! もっと、あの子たちを気にかけてあげてください!」
ユベールはじっと黙ってシュゼットの言葉を聞いている。
……言いすぎている、自覚はある。
だが彼に言いたい放題言えるのは、これが最後の機会かもしれないのだ。
だったら心ゆくまで言ってやろうと、シュゼットは真っすぐにユベールを見据えて思いをぶつける。
「私は貧乏貴族の生まれだから、侯爵家のルールや常識なんてわかりません。それでも、お金だけでは絶対に賄えないものもあると思っています。あの子たちに必要なのは、身近な大人からの愛情です! それなのにあなたはこんなに放置放置で……それでも保護者ですか!? せめてもう少しコミュニケーションを取ってあげてもいいじゃないですか!」
最後まで言いたいことを言い終えると、すっと怒りが収まり……代わりにこみ上げてくるのは、強烈な焦燥感だ。
(い、言ってしまった……)
アロイスとコレットのことを思えば、ユベールに言いたいことをぶちまけたのに後悔はない。
だが……どうしても「やってしまった感」は否めないのだ。
(私、大丈夫? 婚約を破棄されてここから追い出されるならまだしも、無慈悲な死神侯爵に普通に殺されたりしない?)
「……言いたいことは以上です」
とりあえずそれだけ告げて、シュゼットはすとんと再びソファに腰を下ろした。
ユベールは俯いていてここから表情は窺えない。
次に彼が顔を上げた時、シュゼットの目に映るのはどんな表情だろうか。
怒りに燃えているのか、「死神」の名にふさわしい冷徹な顔なのか……。
戦々恐々と状況を見守るシュゼットの前で、ユベールはゆっくりと顔を上げる。
彼の顔に浮かんでいる表情は、シュゼットの想像とは大きくかけ離れていた。
「……あなたの忠告、しかと受け止めました」
ユベールはまるで叱られた子どものような……非常に気まずそうな表情を浮かべていたのだ。
あまりに意外過ぎて、シュゼットはおそるおそる尋ねてしまう。
「あの……怒っていらっしゃらないのですか?」
「怒る、とは?」
「いや、その、私……とても、失礼なことを言ってしまったので……」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
身を縮こませたシュゼットはもごもごとそう口にする。
だがユベールは怒るでもなく、少し困ったようにため息をついた。
「あなたのおっしゃることはもっともです。……耳の痛い話ですが」
シュゼットは驚きに目を見開いた。
ユベールはシュゼットの言葉を、きちんと受け止めようとしているのだ。
「……侯爵なんて立場になると、あなたのように真正面から忠告をしてくれる人間も少なくなります。特に僕は、評判と性格が最悪ですから」
(自覚はあるんだ……)
シュゼットは今までになく、「死神侯爵」――ユベールに人間味を感じていた。
彼は苦悩している。それがはっきりとわかった。
「確かに僕は、あの子たちとの関わりを避けていました。その結果が、使用人の増長を招いたことも事実です。二人には……申し訳ないことをしてしまった」
そう言って、ユベールは大きくため息をついた。
その様子を見て、シュゼットは悟る。
(あぁ、やっぱりこの人は……望んでこの地位についたわけじゃないんだ……)
侯爵という立場も、残された小さな子供たちの保護者という立場も。
きっと、ユベールが望んで手に入れたものではないのだろう。
(だからといって、放任が許されるわけじゃないんだけどね)
「……まだ、遅くはありません」
いつの間にかシュゼットは、ユベールを元気づけたいとすら思うようになっていた。
さっきまでは彼に対して怒り心頭だったのに、自分でも不思議に思うくらいに。
「きちんと閣下自らがお話されれば、二人ともわかってくださるはずです」
そう告げると、ユベールは驚いたように目を丸くする。
そして、ふっと視線を逸らすと……小さく呟いた。
「……善処します」
その言葉に、シュゼットは少しだけ緊張が解けたような気がした。
ユベールは何か思案するように視線を宙に向け、小さく呟いた。
「それでは、僕は横領の件の事後処理に戻ります。あなたも……部屋に戻っていてください」
「え?」
婚約破棄を覚悟していたシュゼットは、まるでまだこの屋敷にいてもいいとでもいうような、彼の言葉に驚いてしまった。
「あの……私、まだここにいてもいいんですか?」
おそるおそるそう問いかけると、ユベールは不思議そうに瞬きした。
「そんなの当たり前でしょう。あなたは僕の妻としてこの屋敷で過ごす。その約束を忘れましたか?」
「いえ……ありがとうございます!」
シュゼットが大げさに頭を下げると、ユベールは再び不思議そうな顔をした。
……確かに彼は何を考えているかわからないし、周囲に対して冷たい……というよりも無関心すぎる傾向はあるだろう。
だが決して、話しの通じない相手ではないのだ。
この日、シュゼットは確かにそう思った。