25 恥ずかしいとは思わないんですか!?
「……で」
ユベールに連れてこられた、彼の執務室にて。
じとりとこちらを見据えるユベールの視線に、シュゼットは目を逸らした。
「まずは、その恰好の理由について説明してもらいましょうか」
やはりユベールが真っ先に気になったのは、どうみても未来の侯爵夫人とは思えないシュゼットのいでたちのようだった。
「えっと……それを言うとかなり長い話になってしまうのですが」
「構いません。洗いざらい吐いてください」
まるで罪人の取り調べのような口調に、シュゼットは恐怖を通り越して笑い出したくなってしまった。
(はぁ……もうここまで来たら誤魔化しても無駄ね)
ユベールが本気で調べれば、ここ最近のシュゼットの動向など簡単に割れる。
ならば、素直に自分から吐いた方が彼の心証はよくなるだろう。
……マイナス100がマイナス80になる程度には。
「この屋敷へ来た初日に、私が侯爵閣下へ相談したことを覚えていらっしゃいますか」
シュゼットがそう切り出すと、ユベールはよどみなく答えて見せる。
「もちろん、覚えています。別館にいた子を私の隠し子だと勘違いした件でしょう」
「えぇ、まさにその通りです」
もはや開き直ったシュゼットは、思っていることをぶちまけた。
「いくら子どもとはいえ、初対面の相手に泥団子を投げつけるなんてありえません。ましてや侯爵家の跡取りともなれば、それなりの品格が求められて当然です。ですから、あの子の粗暴な態度には何か原因があるのではないかと考えたのです」
ユベールは何も言わない。それをいいことに、シュゼットは続けた。
「しかし『悪女』と噂される私はただでさえ侯爵家の皆さまには歓迎されていない身。そのまま別館を訪れ話を聞いても、真実は掴めないと思いました。ですから……こうして使用人に扮して内情を知ろうとしたのです」
シュゼットが堂々とそう告げると、ユベールは額を押さえため息をついた。
「……さすがに、その行動は予想外でした」
次にユベールが口を開いた時、出てくる言葉はシュゼットへの糾弾だろう。
そう覚悟して身構えたが……意外にも、ユベールの口から出てきたのは幾分か落ち着いた言葉だった。
「それで……あなたの目から見て、あの子たちは……どうでしたか」
「えっ?」
シュゼットは思わず声に出し、ユベールを見つめ返してしまった。
彼はいつものように、感情の読めない瞳でこちらを見据えている。
だがその瞳が……ほんの少しだけ、まるで縋るような色を宿しているように思えてならなかった。
だからこそ、シュゼットは思ったままをぶちまけることにしたのだ。
「お兄さんのアロイス様の方は、とても侯爵家のお坊ちゃまとは思えない粗暴な方ですね。家庭教師の方も匙を投げていました。ですが……きっとあの態度にも、何か理由があるのだと思います」
シュゼットはアロイスのことを良く知っているわけではない。
だが妹のコレットの話を聞く限り……本当のアロイスは、もっと思慮深く頼りになる存在のようだった。
もしかしたら、シュゼットが目にした粗暴なアロイスは……「わざと」演じている姿なのかもしれない。
「それよりも深刻なのは……コレットお嬢様ですね。まだ幼いのに、使用人に望まぬ婚約を押し付けられようとしています」
「……は? 婚約?」
「……やはり、ご存じないのですね」
寝耳に水だとでもいうようなユベールの態度に、シュゼットは呆れてしまった。
これも彼の無関心が招いた結果だと思うと、怒りすら湧いてくる。
だが今は、しっかりとコレットの窮状を伝えなくては。
「彼女に対する態度そのものも、威圧的でひどいものでした。婚約を強要され、大好きなデザートも取り上げられ……あれじゃあまるで洗脳です。コレットお嬢様はどれだけつらい思いをなさっていたことか……。ですから、多少はしたない方法だとは思いましたが私はこうせざるを得なかったのです」
「そうですか……」
ユベールは何か悩むように眉根を寄せた。
だがそれっきり黙り込んだ彼に、シュゼットはまたしてもむかむかしてしまう。
こんな状況を目にしても、彼は何とも思っていないのだろうか。
「あの、侯爵閣下……それで、今後はどうなさるおつもりなのですか?」
「どうする、とは?」
「そりゃあアロイス様とコレット様のことです。まさかあのまま、二人を別館に放置し続けたりはしませんよね?」
そう問いかけると、アロイスは少しだけ視線を逸らした。
まるで、痛いところを突かれたとでもいうように。
「……もちろん、今回の件に関わった使用人はすべて法の下に裁きます。法に触れなくとも、二人に悪意を持って接するようなものは解雇し、別の使用人を――」
「そうではなくて」
言葉の途中で、シュゼットは口を挟んでしまった。
それが淑女としてはよろしくない行いなのはよくわかっている。
だが、どうしても言いたかったのだ。
「私が聞きたいのは人事の話ではありません。『侯爵閣下が』どうなさるかということです」
「ですから適切な養育環境を――」
「あなた個人がどうするかっていう話ですよ!」
シュゼットは思わず声を荒げていた。
最後に残った理性が、ここは抑えろと囁きかけてくる。
だがシュゼットの中に眠る正義の心が、全部ぶちまけろと叫ぶのだ。
(……いいわ。どうせこんなことした私は婚約を破棄されるんだもの。だったら、言いたい放題言わせてもらおうじゃないの!)
そう決意し、大きく息を吸うと……シュゼットは一気にまくしたてる。
「あなたはあの子たちの保護者なんでしょう? なのに、今まで何も気づかなかったなんて恥ずかしいとは思わないんですか!?」
勢いよく立ち上がったシュゼットに、ユベールは驚いたように目を丸くした。
だが、そんな彼の様子は気にせずにシュゼットは続ける。