23 見苦しいのはどっちよ
最低限の言質は取った。
(いいえ、顔も確認しなきゃ)
こんなことをのたまう者たちを、一人たりとも許せるわけがない。
ユベールが適切な処罰を下してくれると信じて、告発を行うのだから。
だから、万が一にでも逃げられないように……しっかりと顔を確認しておきたかった。
音をたてないようにキッチンのドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開く。
ほんのわずかな隙間から、ドアの向こうの光景が垣間見える。
……シュゼットはごくりと唾を飲み、中に居る者たちの顔を頭に叩き込んでいく。
だが、その時だった。
「そこで何をしているの!」
(しまった……!)
中の光景に集中するあまり、周囲への警戒がおろそかになってしまっていたのだ。
弾かれるように振り返ると、険しい顔の使用人がこちらへ駆けてくるところだった。
当然、キッチンの中も騒然となる。
「誰!?」
勢いよく扉が開かれ、中から先ほどシュゼットが顔を覚えたばかりの使用人たちが姿を現す。
彼らはシュゼットを見て、すぐに事態を察したようだった。
「あらあら……どこからかドブネズミが紛れ込んでいたようね」
「こそこそと見苦しいわ」
「泥棒みたいな真似をして……はしたない」
まったく悪びれる様子のない使用人たちに、シュゼットは挑戦的な笑みを浮かべてみせる。
「ふん……『泥棒』はどちらかしら? 子どもたちのために作られたケーキを横取りなんて、そんなみっともない真似をしている人たちには言われたくないわね」
そう吐き捨てた途端、周囲の者たちの顔色が変わる。
「今……なんて言ったの?」
「お望みならば何度でも言ってあげましょうか? 子ども用のケーキを盗み食いしている浅ましい泥棒に、はしたないなんて言われる筋合いはないわ。見苦しいのはどっちよ」
「なっ……!」
使用人たちが怒りに顔を赤らめる。
その中には、以前コレットに婚約を迫っていた使用人の顔もあった。
(ふん……あなたの思い通りになんてさせないんだから)
挑戦的な表情を崩さないシュゼットに、彼女たちはわなわなと体を震わせている。
「よくもそんな口が利けるものね……!」
「こんなことをしておいて、ただで帰れるとでも思っているの?」
「あの薄情な死神侯爵は、使用人一人消えたところで何とも思わないわよ」
口々に脅しを並べ立てる使用人たちにも、シュゼットは怯まなかった。
(頼むわよ、レア……!)
当然、別館の使用人にバレる可能性も考えてはいた。
そうなった時は、遠くで見張っているレアにメイド長のイレーヌを呼んできてもらうことになっている。
レアはあのメイド長は厳しいが、その分信頼できると言っていた。
彼女がこの現場に居合わせれば、当然大事になり話がユベールの耳にも届くだろう。
(だから私はそれまで踏ん張れば……!)
「あなたたちのやっていることは立派な横領よ。それも、笑ってしまうくらい低俗な」
わざと挑発するようにそう言うと、使用人たちはますます表情を歪めた。
もっと、怒らせなければ。彼女たちが冷静な判断力を取り戻さないように。
やがて、シュゼットの作戦が功を奏したのか遠くから複数の足音が聞こえてくる。
「こちらです!」
(レア……!)
先導するレアの声と共に、シュゼットの待ち望んだ者が姿を現した。
息を切らせたレアに、厳しい表情のメイド長イレーヌ。
だが、予想外だったのは――。
「……一体何の騒ぎですか、これは」
「な…………」
シュゼットも、別館の使用人たちも、驚きのあまり言葉を失ってしまった。
レアとメイド長だけでなく……なぜか、「死神侯爵」――ユベールがそこにいたのだから。