22 しっかり見極めないと
静かにサービングカートを押しながら、シュゼットは別館へと足を踏み入れた。
――「アロイス坊ちゃまとコレットお嬢様のデザートは、いったん別館のキッチンへと運ぶ手筈になっているようです」
そうレアが教えてくれた通りに、まず向かうのはキッチンだ。
シュゼットの運ぶサービングカートには、なんとも食欲をそそる美味しそうなケーキが乗せられている。
本館の料理人たちが、家族を喪い悲嘆に暮れている幼い兄妹のために……と真心を込めて作った一品である。
それなのに……今まで通りであれば、このケーキが彼らの口に入ることはないのだ。
(一体誰がこんな非道なことをしているのか、しっかり見極めないと……!)
まずは通常通りにデザートをキッチンへ運ぶ。
そして本館に戻る振りをして……別館の使用人たちがそのデザートをどうするのかこっそりと調べるのだ。
難なくキッチンの前へとたどり着いたシュゼットは、一呼吸おいて中へと声をかけた。
「……失礼いたします。アロイス様とコレット様のデザートをお持ちいたしました」
すぐに、目の前の扉が開いた。
「ご苦労ね……あら?」
ツンと取り澄ました様子の別館の使用人が、シュゼットの姿を見て眉をひそめた。
「……いつもの人じゃないのね」
一瞬どきりとしながらも、シュゼットは朗らかな笑みを浮かべてみせる。
「申し訳ございません。普段の担当者が風邪を引いておりまして、こちらの皆さまに移してはいけないと思い私が代わりに運ばせていただきました」
「ふぅん……まぁいいわ。カートは私が預かります。あなたはもう戻りなさい」
「はい、ありがとうございます!」
元気よく礼をして、わざと大きく足音を立てながら、シュゼットはその場を後にする。
そして、しばらく歩いたのち……足音を殺してすぐにキッチンの扉の前へと舞い戻った。
そうして、周囲に誰もいないのを確認し……中の様子を窺う。
扉の隙間から漏れ聞こえるのは、数人の声だ。
「見てよこれ! すっごい美味しそうじゃない?」
「えぇ~いいなぁ。私も昨日のエクレアよりこっちが良かったわ」
「私なんて前回はビスケットの日だったのよ? 大ハズレもいいところだわ」
(何が大ハズレよ……! 料理人たちがどんな思いで作っているのかも知らないで……!)
この会話を聞く限り、やはりシュゼットが予想したように幼い兄妹のためのデザートは、別館の使用人たちに食べられていたのだろう。
あまりにやっていることがくだらなすぎて、追及しようとしている自分が馬鹿みたいに思えてくるほどだ。
だが――。
(身勝手に他人の想いを踏みにじるのは、許せないわ……!)
たとえデザート一つでも、幼いコレットにとっては大きな心の支えだったはずなのに。
料理人たちだって栄養素が偏らないように、うっかり太りすぎないようにと、いろいろと考えながら作っているのに。
それなのに……扉の向こうの者たちは、そんな彼らの想いを踏みつけているのだ。
「できればもっと大人向けのも作ってほしいんだけどね~」
「あらぁ、これ一応はお坊ちゃまとお嬢様のためのものなのよ? まぁ、結局は私たちの口に入るんだけど!」
「どうせばれやしないわ。なんていったって『死神侯爵』は、残された子供二人のことなんて動物程度にしか思っていないんだもの。むしろ消えてくれた方が嬉しいんじゃないかしら」
そんな言葉と共に笑い声が聞こえ、シュゼットは怒りのあまり爪が肌に食い込むほど拳を握り締めていた。